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自殺大陸  作者: ししゃもふれでりっく
第一章~パンがなければドラゴンを食べればいいじゃない~
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第25話 夢は叶わずされど希望は胸に

25。



 見事に切断された卵の中には羊水と産まれる前の奇妙な物体の姿が。あの気色悪い足は産まれる前からなのか、と何となしに思いながらも私は興奮を抑える事ができなかった。この状況で冷静であれなど無理な話だろう。これはプチドラゴンの卵なのだ。幼生ですら未だという所にこれだ。未だ誰にも発見されたことのない未解明のそれを私達が見つけたのだ。その事が嬉しくないわけがない。頬がほころび気が抜けてしまうのも今だけは許してほしいと思う。

 もっとも……それで夢が叶うわけでもなかったが。


「幼生なら言ってみれば小さいプチドラゴンだからまだしもなんだけど、卵はまずい。まずいよカルミー。まずいというのは取得物的な意味でこっちは学術的な意味がありすぎてもはや国管轄レベルだよカルミー。しかも今参加してるのが調査団だってんだから尚更だよ。これ、私らに与えられるのは名誉だけだよ。そんな飯のタネにもならないものいらないっての」


 少し前まできりっとして優雅だった先輩がどよーんとしていた。とはいえ、先輩も嬉しくないわけではないようでかなり言葉は柔らかい。そんな私達を手が相変わらず血まみれの妖精さんが改めて拍手でお祝いするという光景は中々見る機会はないであろうと思う。

 とりあえず、と妖精さんの手を拭いてあげて、切断されたものとそうでないものの両方を手に先輩が戻ってきたのを契機に帰り支度をはじめる。地面に落ちていた死骸も持てる範囲で回収する。もっとも、頭陀袋は蜘蛛女でほぼ埋まっていたので手慰み程度だ。そうして頭陀袋が満杯になった所で私達は洞穴から、その広間から帰り始めた。

 開けた場所、そこが終着だった。元々はまだ先があったであろうが、しかし周辺は崩れた土砂が流れ出ていたり、岩石で塞がれていたりしていた。ゆえにここで行き止まり。終わりだ。

 足元に広がった喰い散らかした感じを思うに、この辺りに住んでいたプチドラゴンが、餌がなくなり、餌を求めて地上へ出て私達と遭遇。エリザに殺されついで地震が起こるまでの間に蜘蛛女が住み始めて今に至る。その辺りが答えだろう。そんな話を先輩としながら帰路を行く。


「しかし、最近地震が多いなぁ。大きなのは半年前とちょっと前の奴ぐらいだけど、それにしても」


「小さいのも何度かありましたね、そういえば」


 地震がなければ私は今こうしてここにいない。こうして背に頭陀袋を背負って洞穴の中にいる事もそんな物がある事も知らずに生きていたに違いない。


「まだ続きそうだと私は予想する」


「じゃあ私もそう予想しておきます」


「それじゃあ賭けにならないじゃないの」


 そんな頭の悪い話をしながら洞穴から出て……いや、ここは洞穴の外でもないが、雪原に出て、即座に洞穴に戻る。


「う……」


 腐臭。

 鼻腔を擽る、いいや擽るなどというものではない。鼻腔から侵入し脳を侵食する臭いが、腐った臭いが雪原に充満していた。

 雪に埋もれて隠れて助かったという情報を伝えていたがため、調査団の皆が喰われているような悲惨な光景はなかったが……雪原の上に現れていた。


「あれが、個体名ドラゴンゾンビか」


 洞穴の入り口に隠れながら様子を見れば躰が腐敗に蝕まれ、体に種々の生物に這われているドラゴンが雪原を闊歩していた。ここ数週間の間観測されたことのないドラゴンが……このタイミングでまた観測された。


「なるほどなるほど。カルミーどうやら、奴はあれだ」


「あれですね。これは……」


 臭いだ。

 間違いない。

 人の臭いを感じて、いいや餌の臭いを感じて洞穴の奥深くから姿を現したのだ。なるほど、分かりやすい。生命活動そのものだ。腐っていても生物には違いないということだった。そして、きっと、恐らくだが……ドラゴンがいるであろう洞穴部分も暫く行けば塞がっているのだろう。

 でなければ、雪原を行く人間の臭いが届くわけもなし、だ。


「……しばらく待ちましょう」


 言ってその場に頭陀袋を降ろす。頭陀袋が埋まっている所為で肩に乗ったままの妖精さんはドラゴンを見て、震えていた。顔を隠し、手を頭に載せ足を曲げ、蹲りながら震えていた。蜘蛛女を呑気に解体していた妖精さんが震えているのが……その落差に可愛らしいと思ってしまった。蜘蛛女と同じように飛んで行って、小さな体を活かしてあのドラゴンの目に……


「……先輩」


「なんだ、後輩?」


「なんというのでしょうか……お願いというか、いえ、お知恵を貸して頂ければ良いだけなのですが」


「へぇ。まぁ、そうね。曲がりなりにも洞穴処女が洞穴非処女になったのだから、祝いに知恵くらいなら貸してあげるわ」


「では、一つ」


 座ったまま空を指さす。空に近い、ドラゴンの頭を……いいや、目を。腐った、本物の伽藍堂となっている部分を指さして、告げる。


「あそこに刺さっている剣を手に入れるにはどうすれば良いのでしょうか?」


 エリザの剣が、そこにあった。

 正確に言えばそこにあった、というよりも眼の中に入っている、と称した方が良いだろう。いいや、どちらでも良い。理解できるのは間違いなくあれがエリザの剣であるという事だ。あの無骨な剣がそこにあった。

 あれさえ、あれさえ手に入れられれば、エリザの義手義足が……。けれど、心がはやった所で成し得る事などない。いくら妖精さんに力があってもあの剣を取ってきてもらう事はできないだろう。だから、どうしたものだろうか。先輩なら、もしかしたら良い案をくれるのではないか?そんな甘えから出た台詞だった。

 その甘えた台詞に罵詈雑言が返ってくるかと思った。今までの先輩の発言を思えば、きっとそうだと思ったのだ。けれど、


「……諦めなさい」


 優しい声だった。


「夢を見る事は大事だって……」


「悪夢を見ることは大事ではないわ」


 叶わぬ夢を見続ける事は悪夢以外の何物でもない。それは、何もしていないのに何かが起きる事を期待するくらいに狂気の沙汰だ。確かにそうだ。だが、けれどあれがなければ……


「確かに、普通の剣ならば、確かに眼の中に入っているだけなら、ドラゴンが首を傾けたりすれば落ちてくる可能性もある」


 であれば、何かを餌にして……


「けれど、一カ月。あれが入りっぱなしだったと事を思えば……。あの剣、エリザベートのものよね。だったら尚更……あれの重さで落ちないというのならば、絶対に落ちないわ」


 エリザが吹き飛ばされた時、その勢いのままに相手の眼窩へと飛ばされ突き刺さったのだろう。そんな推測は容易に立てられた。が、そんな推測なぞどうでも良い。

 無情だった。無常だった。夢は悪夢で希望は絶望だ。一瞬、卵を売りはらおうとさえ思ってしまう程に。いや、売ろうとすればそれこそ国から目を付けられて終わりだという事は分かる。が、思ってしまう。


「先輩として貴女に与えられる助言があるとするならね、カルミー」


 変わらず優しい、きっと先輩の本質はこちらなのだろうと思わせるぐらいに優しい表情で彼女は言った。


「エリザベートの事は後に回しなさい。貴女が金を返す事から考えなさい。そうすれば、猶予ができるわ。だから……それを優先なさい」


 それが終わってからならば私も手伝う事もできると、そう暗に含めたような声音だった。

 それしか、ない。

 焦る気持ちは今でもある。けれど、ドラゴンを相手にどうこうしようなど烏滸がましいにも程がある。何もできなかったからエリザはあんな風になっているのだ。それを私なんかがどうにかできるものか。だから、そう……それしか、私に残された道はないのだ。

 諦めて、別の方法を探すしか、他にはないのだ。

 エリザが危篤だとかそんなわけではないのだ。ゆっくり時間を掛けていけば、私が洞穴に潜れるようになればきっと大丈夫。時間はかかるけれど、それでもいつかエリザに義手と義足をプレゼントする事はできるだろう。あぁ……残念だけれど、それしか……。

 ぽんぽん、と頭を撫でるのは……先輩だった。

 白い白い彼女が、優しく、私の頭を撫でていた。


「目的なんて持たない方が良いともいうけれど、でもねカルミー……そんな風に擦れるには貴女はまだ若いわ。目指して生きていきなさいな。ドラゴンを前にして、逃げても誰も文句を言わなかったのに、死に際にあったエルフでも死んでほしくないと助けて、自分の心痛めていた優しい貴女なら……大丈夫。きっと神様も見ていてくれるわ。人の神様は優しいのよ。だから、泣かないで」


 今は少しやすみなさい、と。先輩はそう言ってまるで母親のように、私を包んでくれた。柔らかい体に包まれ、その体温に包まれた私はいつしか眠りについていた。

 まったく……優しい先輩だ。



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