表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自殺大陸  作者: ししゃもふれでりっく
第一章~パンがなければドラゴンを食べればいいじゃない~
22/87

第22話 名も知らぬ彼女と共に

22。



 結局名前は教えてもらえなかった。何度聞いても知らなーいと言い逃れられる始末である。最も確かに今先ほど自分に危害を加えようとした相手に名乗る気はないと言われればそれまでであるが、そこは別に気にしてないらしい。後輩の跳ね返りなど可愛いものだとか。

 それなので、結局彼女の事は貴女とか貴女様とか呼ぶことにした。


「貴女なんかが序列一位だなんて……エリザが最上位なのかと思ってた」


「はんっ!何勘違いしていたんだか。元々私の方が稼ぎは上よ。さっきも言ったけどエリザベートなんてただの怪力馬鹿女じゃないの。洞穴で稼ぐのに怪力なんていらないっての。ほら見なさい、この私の美麗な肢体を」


「あぁ、死体ですか。なるほど低温そうですもんね。その白い感じとか」


「はんっ!それそれ。いいね。良いよ。それぐらい返してくれないと喋り掛ける気にもならないわ。ほんと奴隷は馬鹿が多くて困る」


 そんな言葉と共に先ほどよりも和気あいあいというか罵詈雑言というかを交わしながら現地へと向かう。

 ところでそもそもなぜ、副団長は解散と告げたのかという問いに対して彼女はこう考察していた。自殺志願者達は元来、それぞれ独自に自分達にできる範囲を行っている。それゆえに、ここでも無理部隊を作るのは得策ではないという事ではないか、と。


「貴女の話を聞くに前回は集団で固まっていたから失敗した。だから分けてみたというそんな阿呆みたいな単純な理由もあろうけど……」


 馬鹿な理由よね、と空を見上げながら笑う。空には雲が掛かり、森全体が陰り始めていた。雪が降るのだろうか。そういえば、日が沈むのも早くなってきていたな、と思い出す。


「……しかし、貴女様。私を連れているのは情報のためという事ですけれど、本当にそれだけですか?」


「ん?それだけよ?しいていえば、貴女の隠れていたって洞穴に行ってみたいから案内頼みたいって所ね。今回は情報も貰ったし案内もして貰うし山分けでいいわ」


「あそこ……ですか。何もなかったですけれども」


「何もないように見えたのかもしれないと、私はそう思っている。洞穴は異世界のような場所だよ。何があっても何がなくてもおかしくはない。けれど、全く何もないという事だけは、無い。ドラゴンを食べるために全ての生物がドラゴンに張り付いている?だったらそいつらを天敵としていた奴らは静かにくらしているだろうよ」


「…………真面目に喋る事もできるのですね」


「この油虫以下の虫けらがなに私を馬鹿にしているのかしら?千切りにしてプチドラゴンの餌にするわよ」


 怖い、怖い。


「そういえば、前回はプチドラゴンを見ませんでしたね……結局」


「仮説。プチドラゴンはそもそもドラゴンゾンビの餌だった。反論一。体についている蛆やそれを食べようとした生物はドラゴンについたままだという。プチドラゴンだけ餌になるとは思えない。逆にプチドラゴンがドラゴンに張り付く可能性はある」


 雲に陰る森を行きながら淡々と論を組み立てて行く。


「仮説二。いえ、状況証拠。地上へ出る出口があったのは確定。森が落下した際に形状を保ったまま落下したという事は、その地下には大きな空間があったと考えるのが妥当。ゆえにその地上へと至る道も隙間の多いものだと推定される。それらが森の落下と共に破壊された可能性は高い。であるならば、プチドラゴンが地上へ出てきたのは偶然か?」


「たまたまこの付近の洞穴……といってもここからすると地下ですが、その付近にいたのは一匹だけだったとか……」


 口を挟めば、にやりと口元を釣り上げる。


「それは、あり得ない。とはいえ、首都から遠く離れたこの場にも洞穴が広がっていたとは誰も知らなかった事。ゆえに……その可能性を否定するのはまだ早いか。良いわ、貴女はその案で考えなさい」


 罵詈と雑言で彩られた口調を欠片も見せず考察するその姿は彼女にはふさわしくないように思える。が、そもそも私をとっ捕まえて情報を得ようとしていたその行動からすれば当然だったのかもしれない。彼女はきっと相当に頭が良い。


「想像しなさい。それが起こる原因は何かを。たった一匹だけ森へと姿を現したその理由を」


 と、言われ考えてみてもすぐに答えがでるわけもない。洞穴に関してはまだ私自身分からない事だらけだ。だが、面白い、とそう思った。エリザがあのような状況に至ってから今、初めて面白いと思った。論を交わせる相手がいる、ならば……考えてみよう。

 もし仮に、私が産まれた場所を追われるとするならば、今の私自身が証明しているように金が原因である。貨幣制度のないドラゴンからすれば食糧であろう。食と住、これらが賄えるならば態々他の場所に行く必要もない。好奇心、確かにそれはあろうが、それを考え出すときりがない。ゆえに今は置いておこう。だから、考える。ただ一人で移動する理由を。他者の助けを得られず、さらに食糧がない。こんな状況で人はどうする?自暴自棄になる?それもある。が、まずは野に出るのではなかろうか?自分の知らない場所であれば何かが見つかる、そう考えてもおかしくはないのではないか?いや、違う。これは一人で移動する理由ではない。棄却だ。どうする?ではなく根本的な所だ。


「……逆?飢えた仲間がいた?いや、飢えた子ども?自分の子供のためなら知らない場所に、慣れない場所に出向く可能性はあるか?ある。あり得る」


「カルミー、それは良い。それは良い考えよ。流石、ディアナをだまくらかしてエリザベートをちょろまかした奴ね。それは一匹であり、けれど一匹ではないという事にも繋がる。であれば、洞穴にまだ多数の子らがいるってことになる。潰れたのもいるだろう。けれど、潰れてないのもいるかもしれない。プチドラゴンの幼生なんて見たことがない。そんなものが手に入ったなら、貴女の借金なんて帳消しね」


「……夢見過ぎですね、それは。洞穴由来の物で金を稼げてさらにその金で義手義足の金属も買えるかもしれないなんて、私の限界が1年なのは金の問題なんだからそれが一瞬で解決するなんて……目的も希望も通り越して夢ですよ」


「奴隷が夢みちゃいけないって?はんっ。いつか奴隷の身を抜け出す事ができると夢見て死んでいった奴の多い事多い事。そいつらの事を現実の直視できない馬鹿どもだって言うのかい?言うね。カルミー」


 破顔する。楽しそうだった。その楽しそうな声は、甲高い声は森の中に響いて、響いて残響を生み出す。


「けれど、カルミー。襤褸切れのようなエリザベートが治ると信じている貴女が一番夢見がちよ。それに比べればプチドラゴンの幼生の方がまだ現実味を帯びている。ここは天国でも地獄でも楽園でもなしにただの現実。けれど、夢を見る事も希望を持つことも可能なのは現実だからこそ。こんな世知辛い世の中、夢くらい見させなさいよ」


「私だって……奴隷だって夢ぐらいみたいですよ、けれど」


「現実は甘くないって?そりゃそうよ。現実はこんなにも残酷だわ。ほら。この穴なによ?これが現実だってんだから馬鹿馬鹿しい事限りない。だったら少しぐらい馬鹿馬鹿しい夢くらい見ても罰はあたらないわ」


 断崖である。

 対岸で縄を伝って下りる人の姿が見える。一人、また一人と下へと降りて行っている。中には途中で止まって横へ移動する者もいる。人それぞれに、人それぞれに下へと向かっていた。ここから下が洞穴。ここが洞穴の入り口。

 周囲から穴へ向けて風が流れ込み、その流れによって上昇気流が作らる。揺れる人の姿が見える。いいや、その風が淵まで届いて私までも。その穴は近づけばまさに人を飲み込む地獄のような世界。怖い、と思う。ここの下にドラゴンがいたのかと思えば、恐怖が蘇ってくる。生き延びたからこそ、生きているからこそ。死を間際に心を決めた時とは全く違う。いいや、あの時も恐れていた。恐れていた。

 じわりと滲み出る汗を拭いながら断崖へと近づく。傾斜はなく、すっぽりと抜け落ちたそれを彼女は興味深げに見ている。


「こんな直壁が産まれるなんて、地下に突然穴が空いたと言われた方がまだ分かるね。砂でも湧いてれば原因も分かりそうだけど……そんな跡もなしに……」


 白い髪を風に靡かせながら断崖の淵に沿って歩いて行く。ふわふわと風に触れるそれが鬱陶しいのか時折手で抑えていた。切れば良いのにというには私も女を捨てていない。それは私の目から見ても綺麗なのだから。

 しばらく、そんな彼女をただ見るだけの時間を過ごす。騎士団もとい調査団が降りる事の出来る場所は縄のある場所だけ。それ以外の場所で降りたければ縄を用意しなければならないが、結構な深さである事を思えば事前に準備していない限りどうしようもない。そのどうしようもないは私や彼女にとっても同様だった。

 顔を見合わせ、致し方なし、と順列をついている場所へと向かう。

 辿りつき、暫くの間順番を待つ。一人、一人と人を飲み込んでいく姿はまさに生き物のようで、この洞穴自体が生きているように思える。そんな馬鹿な想像をしながら時を過ごす。

 空がさらに陰り、ちらほらと雪が見られるようになってきた。

 手の平で受け止め、それが消えるのを見ながら更に待つ。そんな時間が、意外にも……楽しかったというと正解だろうか。エリザのために、彼女のためにと焦っていれば絶対に感じられなかったと思う。

 その事に苦笑していれば、傍にいた彼女が汚い物をみるような目で私を見ていた。


「何、にやにやしてんのよ、気色悪い……さ、行くよ」


 名前を教えてくれない意地悪な先輩だが、確かに先輩のようだった。だから、つい、こんな風に呼びかけてしまった。


「はい、先輩」


「うぇ!?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ