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自殺大陸  作者: ししゃもふれでりっく
第一章~パンがなければドラゴンを食べればいいじゃない~
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第21話 誰がために

21。




「エリザベートは怪力馬鹿な上に更に輪にかけて頭が悪くて固いのが難点ね。後輩守って死にかけるなんて。何、英雄なんて気取っているのよ。馬鹿を通り越してゲソよ。ほら、あそこにいるイカの足ね。あれ以下よ。気取りたかったら売女にでもなって化粧でもしてろっての」


 雪原を歩みながら先を行く女の罵倒を聞き流しながら歩く。罵倒はさておき、女の歩き方、特に背筋が通った芯の入った真っすぐな姿勢は神経質にさえ思えるが、しかし見る者に綺麗だと思わせる。

 止まる事なく速度も変えず雪原を行く。その難しさは今の私の状態を思えば良く分かろう。雪に足を取られ、体の線が歪み変に力が足にかかり転げそうになる。そのたびに振り向かれ、馬鹿にされるのにはいい加減に慣れたぐらいだ。


「はんっ。殺される心があったなんて驚きよ。鋼の躰の内側には硝子で出来た心なんて似合いもしない。ハシブトカラスが入っている方が御似合いってものよ。解剖してみなさい。心臓がカァカァ鳴いているわよ、きっと」


 こんな罵詈と雑言だけの彼女ではあるが、彼女が真に私に求めていたのは情報だった。

 曰く、洞穴で最も重要なのは情報であり、それを知ることが出来るのと出来ないのとでは雲泥であるとのことだった。御蔭で洗いざらい話をさせられた。その結果が今の状況でる。


「貴女も苦労したでしょう?いいえ、しているはずよ。あんな殺しても死なないような肉塊の事なんか気にしなくても勝手に這い蹲ってその内動き出すわ。単に恥ずかしいだけよ、きっと。折角守ろうとした後輩に助けられてさらに自分は醜態さらしているんだからこりゃ恥ずかしくて目も当てられないっ!きっと貴女がいない所ではちゃんと動いているわよ!隠れて見てみたら面白いんじゃない?アハハ」


 フォローしているのか貶しているのか罵倒しているのかさっぱり良く分からないが、ともかく良く喋る人だった。けれど周囲への警戒は怠っておらず、気配を感じるたびに声を潜めている辺りは流石だった。


「はんっ。直接面と向かって言えない奴隷なんて殺してしまえばいいのよ。誰も止めないわ。どうせ自殺志願者なんだから。汝気を抜くことなかれ、よ。街中だろうが寝ている最中だろうがどこでだって殺される覚悟くらいあるわよ。なけりゃ、そのまま死ぬだけよ」


「奴隷とはいえディアナ様が飼い主です。奴隷数名と私一人では釣合いがとれないでしょう。後に待つのは殺されるの一択では?」


「ディアナ様ぁ?あんな変態女に様なんか付けてどうすんのよ!あぁ見えて責められるのが好きな真性の変態よ、きっとね!豚みたいな野郎に拘束具付けられて息を止められてもがきながら罵倒されるのが好きな変態よ!おっと、豚みたいな女郎だったかしらね!」


「想像でそこまで相手を罵倒できるのは凄いですね……いや、本当に」


「想像だと思うって?はんっ。ま、信じないってならそれはそれよ。一つ言えるのは貴女より私の方があの女の事を良く知っているってことね」


「……見たことがないので何とも」


「目に見えない物の方がこの世には多いわよ。……はんっ。まぁ良いや。で、カルミー」


「あまり略されていないように思いますが……」


「カルビとかハラミぽくて美味しそうな感じがそこはかとなくするから良いのよ。そんな細かい事。んで、まぁ情報は感謝するわね。これだけは真面目に礼を言うわ」


 真面目という割には酷く軽かった。が、しかし先ほどから罵倒と雑言ばかりのこの女の態度からすれば相対的には凄く真面目だといえる。御蔭で、そんな大した情報あげたかな?とこちらがいぶかしげに思うほどだった。悪い人間が少しばかり良い事をすると持ち上げられるのと同じだろうか。


「謝礼に私が後輩の守り方ってのを教えてあげるわよ。エリザベートにはできなかった事をねぇ!ははっ楽しいなぁ」


「…………あの」


「何?何よ。死んでないんでしょ?それなら笑い飛ばしてればいいのよ。どうせ数年後にはあの時は本当に危なかったねって笑い合ってんでしょ?そんな予定なんでしょ?だったら今から笑ってなさいな。嗤って笑って、良い思い出だったと言って見せなよ。それぐらいの気概見せてみなさいよ。後輩」


 言われ、言葉に詰まる。確かにそのつもりだ。確かにそんな夢物語を想定している。けれど、そんなのは夢物語で……そんな簡単に物事が進むわけないのだ。


「夢も希望もないなんて、絶望しかない!なんて、そんな自慰行為で愉悦に浸ってんじゃないわよ。そんなに気持ちいいの?だったらお姉さんに教えてみなさいなその自慰行為。気持ち良くて私いっちゃいますぅなんて甘えた声だしながら逝ってみせてよ?」


 瞬間、脳を熱が埋め尽くす。

 貴女に何が分かるのだ、と。そう言いたかった。そう言ってしまえばどれほど楽なのだろうか。自分の理由を相手に求める事は酷く簡単だ。けれど、全ての責任は私で、他者に何を言われようとそれでも事を成さねばならない。冷静であれ。事を成すまでは怒りを抑え、冷静でいろ。……なんてそんな理性なぞ飛んでいた。

 自然、腰に手が行きディアナ様に頂いた包丁を抜く。抜いたそれが雪原からの光の反射で輝いていた。


「いいじゃない、いいじゃない。その意気よ。冷静なふりして、頭の良い振りしたって、あんたは結局経験不足の洞穴処女なのよ。処女膜破るにはまだまだ足りないのよ!だから、そんなあんたに……リヒテンシュタイン家が奴隷、序列一位の力ってのを見せてあげる」


 序列第一位が何だ。エリザがあんな状態になって繰り上がった序列などに何の意味もない。そんな階級なんてドラゴンの前では何の意味もないのだ。所詮この女だって人間だ。どうあがいても、敵わない代物なんかじゃあない。結局二足で歩いて二本の腕で事を行うのだから、何の恐怖があろうか。力なんて、あの洞穴では一切意味がないのだから。

 勢いに任せ、相手に向かっていき、包丁を振り抜く。


「汝、気を抜く事なかれってのは、頭に血登らせるなって意味でもあるんだけどねぇ。あぁもう聞こえないっかなー?」


 けたけたと笑いながら、私を避け、左の腰に刺した細い剣に左手を掛け、少し抜き、そして手を放した。

 同時、しゃらん、と鳴る音は腕輪の音か、それとも剣のなした音か。振り返り、相手を見つめれば再び剣に手を掛け、音を鳴らす。その繰り返し。いつでもお前なんか殺せるのだと、余裕を見せているようだった。その事がまた私を苛立たせる。


「貴女にっ!何がっ!」


「寂しかった所を優しくしてくれたから私嬉しくって命掛けちゃいますーなんて気分、分かるわけないわね……私はお前じゃないんだから」


 しゃらん、しゃらん、と何度も何度も音がなる。雪原に響く音はそれだけで、風の鳴る音すら今はない。辺りには調査団の人も見えず、私達だけ。その中を音が響く。その音が耳に障る。耳に障って……その音が次第、次第に大きくなっていく。反射、反響、増幅。高く、そして大きく。鳴り響き、その音が脳を揺らしだす。

 直接的打撃など、力など一切使われずに私の膝が折れる。その事実がさらに私の心を折る。体は前に進もうとしているのに、心は前に進もうとしているのに体がいう事を効かない。一瞬、目を閉じ意識を集中しても耳に鳴る音は消えず、体のいう事は変わらず効かない。


「メイドさんから聞いた話だと精神操作は効かないって話だったんだけどねぇ、やっぱあんた冷静じゃないってことね。自慰行為に浸ってるからそういう事になるってのよ」


「なにが……」


「敵に聞いて答えが返ってくると思ってんの?でも、私は敵でもないし、軽率な人間だから教えてあげる。メイドさんの眼力。めじからーってねぇ。殺気ってかまぁそんな感じのあれよ」


 アレの事だろうかと初日の事を思い出し、思い出した所で現在対峙中であることも思い出す。

 歯を食いしばり、体に動けと命令する。

 だが、意思に反して動く事はない。私は、この私はこんな所で躓いているわけにはいかないのだ。けれど……けれど……こんなことをして何になる。

 ひやり、とした風を感じた。

 私がここでこの人を刺した所で、何になるというのだ。彼女自身言っているように玄人と素人が戦ったら玄人が勝つに決まっている。私が勝つ事は絶対にあり得ない。刃物を取り出して勝てないと言う事は、それは殺されても文句はないという事だ。ここで私は死んで良い事なんてない。

 そう思うと、手から力が抜け、体が自由になっていく。しがらみの様な重たい何かもまた一緒に流れ落ちたかのように軽くなっていた。

 何を焦っているのか。

 世界でこんなにも苦しんでいるのは私だけ、なんて悲劇のヒロインを気取って何がしたいというのだ。私は、そんなつもりでここに来たわけではない。

 敵意は既にない。包丁を片付け、膝を伸ばし、女の正面に立つ。


「なるほどなるほど。メイドさんの言う事もあながち間違いじゃない、と。感情に囚われず理性が先に出る傍からすれば冷たい人間に思われる類の輩ね」


 可哀そうに、と加えて笑う。嘲り笑う。


「これが敵なら殺されてはい終了。大事な大事なエリザベートちゃんは救えなくて残念でした。でも、大丈夫エリザベートちゃんは私が花街まで連れて行ってあげるから。あんたはそこで汚らしい汚物撒き散らかして醜い表情のまんま彼岸で待ってたら良いわ、なんて。そんな事にならなくて良かった。良かった。」


 その通りだ。まさに彼女の言う通りだ。何も否定する余地は無い。


「エリザベートと未来を生きるために行くんでしょう?だったら、悲観主義者みたいに暗い顔せずに笑ってなさい。ただでさえゴブリンが潰れたような不細工な顔が更に不細工だわ。そんな顔じゃあエリザベートだって起きたくても起きられないわよ」


 そんなに酷い顔をしていたのだろうか。こっそりと頭陀袋から覗く妖精さんが、頷いていた。だったら、きっとそうなのだろう。


「そっか……醜いか」


 冷静を装って感情を殺していくのではなく、冷静は冷静でも感情を殺さず思いを胸に、エリザのためではなく、ただ私が思うがままに行かないと、それは自分の生き方を他人に委ねている事になる。だから駄目なのだ。今のままだと死んでしまったら私が死んだのは貴女のせいですよと言っているようなものだ。きっと後悔で歪んだ表情で死ぬことになるだろう。それは、嫌だった。

 リオンさんもそんな馬鹿な感じの私の顔を見て、それを見越して妖精さんをよこしてくれたのかもしれない。まったく、誰も彼もが優しいなぁ……。本当に。


「わっ。なくんじゃない。なくのは反則だよ!?ほら、さっさと泣きやみなさい!雪に埋めるわよっ」


 口は悪いし、態度も悪いし何もかもが悪い人だけれど、きっと良い人なんだろう。


「心緩やかに今この時が最上であると思いながらいくとします。それで死んだらそれまでです。エリザの事もまぁ、なんとかできるように時間はかかるけど焦らず行きます。ありがとうございました。……ところで、今更ですが貴女様の御名前は?」


「さぁ?知らない」


 ……きっと、優しい人なのだろうと、そう思う。



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