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自殺大陸  作者: ししゃもふれでりっく
第一章~パンがなければドラゴンを食べればいいじゃない~
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第19話 残された者達の謳う歌

19。



 紹介状があったからだろうか。殊の外簡単に物事は済んでいった。しいて気になったのはリオンさんからの紹介状を持っていたという事で学園長に

『貴女とあの方との関係は?』

と睨まれた事ぐらいだ。お世話になっている依頼主である旨を伝え、さらに妖精さんが執り成してくれたけれど、妖精さんがいなかったらどうなっていた事だろうという話だ。そんな一幕を終えて晴れて調査手伝いを行えるようになった。正式な学園での依頼という事もあり、金も得られるのはありがたい事だった。未だ洞穴に入る力量はないため雑用扱いになりそうではあるが、しかし背に腹は代えられない。

 ともあれ、調査団を整えるために時間が掛かるという事で一月ほど時間が空いた。


「……一月かぁ」


 その間に依頼を引き受ける事は可能だし、学園で勉学に励む事も可能だった。だから、そう。暫く受けられませんといった手前恥ずかしかったが、相変わらずリオンさんの依頼を受けながら日々を過ごす事に決めた。もっとも、それだけではなく合間に知識を蓄えねばと図書館を訪れようと考えていた。知識を得て行動の選択肢を増やす事だけが今の私にできる事だった。医療系の知識も手に入れておけば、エリザの介護にも役に立とう。

 その日はエリザが首都で宿泊していた宿屋に向かい、エリザの荷物を受け取る所から始まった。金銭や洞穴取得物に関してはリヒテンシュタインの他の奴隷が既に持ち帰っており、残っていたのは古びた服とか役に立たないものばかりだった。しかも放置していたものようで、それらは埃をかぶっていた。エリザはああ見えて整理整頓とか物を捨てるという事ができないエルフなのだろうか……。ともあれ、残っている物は処分して良いとは言われているものの、さてどうしたものかと考えた結果、軒並み捨てることにした。残したのは牧歌的な依頼と称された依頼途中、アルピナ様も一緒に作ったシロツメグサ製指輪ぐらいのものだ。その指輪を頭陀袋の中に入れ、宿屋の店員に挨拶する。ありがとうございました、と。


「そっか。エリザベートさんでも……二年だっけ?あれ三年だっけ?……それくらいが限界だったか」


 宿の看板娘、アナスタシアさんが残念そうに口にしていた。お得意様だったのに、と残念そうだった。エリザの交友関係も思いの外広い。奴隷達とは合わなかったようだが、こうやって街の人達の評判は良い……いや、語弊だ。この宿が単に奴隷でも宿泊可能な場所だったというだけだ。


「あんた名前はカルミナだっけ?貴女は宿とか決めているの?まだだったら、洞穴に潜るようになったら是非うちを使ってちょうだいよ」


 逞しい。もっとも、空室が出来たら即座に埋めないと宿屋は儲からないのだなと納得しきりである。


「二人部屋とかってあるのかな?」


「あるよー。当然、お値段もそれなりだけどね」


 軽やかに、指先で輪っかを作りにひっと笑みを浮かべる。その仕草が嫌みではなく、ただ純粋に可愛らしく見えるのは卑怯とさえいえる。きっとこの人は人気のある人なんだろうな……。


「その時にはお願い致します」


 社交辞令的に返答し、その場を後にする。きっと自殺志願者になればこの宿を使う事になるだろう。だが、それもまだまだ先の事だ。それまでにこなさなければならない事はたくさんあるのだから。

 そんな事を考えながら、図書館へと足を向ける。


「そういえば妖精さん。まだまだ日はありますのでリオンさんの所にお帰りになっても宜しいのでは?」


 その言葉に頭陀袋の中に隠れていた妖精さんが飛び出してきて肩に乗り、小さな顔を横に振る。見ると先ほど入れた指輪を頭に被って御満悦の様子だった。


「そうですか。では次は図書館へまいりますね」


 それに頷く姿もこれまた愛らしい。

 ちなみに妖精さんは人に見られるのを嫌い、基本的には袋や服の中に隠れている。だから用のある時は今みたいに声を掛ける必要があるのだ。あるいは妖精さん本人が用事がある時に出てくるといった具合である。

 しかし、頭陀袋の中というのは申し訳ないように思う。何やら色々交って臭いが流石に酷い事になっていると思う。だが、問いかけてみればそうでもないですよ?と首を横に振っていた。小型だから嗅覚は強そうに思えるけれど、そうでもないようだ。妖精の生態というのもまた、私は良く知らないので何ともいえないが……きっとそんなものなのだろう。

 そんな風に小声で独り言をつぶやきながら歩く様はきっと傍からすれば気持ち悪いものだろう。奴隷という事もあるが、だから尚更遠巻きにみるような視線を感じるのだろう。

 両隣に屋台の並んだ道を行く。

 怪訝そうな表情を浮かべながら道を歩いて行く人々は、私を避けるように離れて歩いていた。御蔭で歩きやすくはあるが、きっと、このまま歩いていれば難癖を付けられそうだと思い、道の端による。

 そうだよ、それだよという頷くような動きを見せる人達の姿が酷く、心苦しかった。エリザと一緒にこの道を歩いた時は何も思わなかった。けれど、隣に人がいないだけで心細く、心苦しいようになるとは……。こんなにも人がたくさんいても結局私は世界に一人なのだと、そんな事を思う。エリザが寂しがり屋になるのも分かる、とそう思った。


「お父様を返して」


 その言葉が聞こえたのはそんな事を考えている時だった。

 小さな声だった。悲しみに包まれた震えた声だった。声を出すよりも先に涙が出てしまいそうで、だから小さく言うしかなかったのだろうか。


「お父様を返して……どうして、奴隷なんかが生き残ってお父様が死んだの?」


 その声は後ろからだった。はっと肩を見れば妖精さんは既に身を隠していた。それだけは安心した。妖精さんが何ゆえ人間に見られるのを嫌がるのかは分からないけれども。


「何か私めに用が御座いましたでしょうか?」


 振り向き、声の主を正面に見据え、一言口にした瞬間だった。頬を叩かれた。それがあまりに突然の事で脳が揺さぶられ膝が砕け、地面に膝をついてしまう。ついで、がたっと荷物が地面に落ちる。


「貴女が、貴女だけ生き延びてっ!申し訳ないと思わないのっ!?奴隷なんか最後の最後で良いのよ。それをお父様はっ……あぁ、お父様。どうして私を置いて行かれたのですか?」


 言いながら堪えられなくなった涙を流しながら激昂していく様は狂気じみていた。道行く人も何だ何だと言いながら集まってくる。少し離れ、円を描くように、見世物にするように私とその少女を囲んだ。そう、少女だった。絹で出来た服だろうか?手に持った扇と長いスカートで足を隠すようにしたその姿は貴婦人然とした姿ではあったが、その顔を見るに若い少女だった。私と同年代か、あるいは少し下だろう。

 膝折れた状態から見上げている私を気にくわない、と蹴りあげる。瞬間、顎が持ち上がり、今度こそ私は地面へと寝そべった。その地面が思いの外冷たく、顎からの鈍痛を冷やしてくれて、一瞬心地よささえ覚えた。


「あなたがっ!あなたがあの部隊に参加した事すら間違いだったのよ!お父様はどんな苦労を成されたというのかっ。奴隷と一緒の部隊だなんて……しかもエルフなんていうのもいたそうじゃないっ。全く、貴女達は騎士団の方々から安全という恩恵を受けながら何て酷い仕打ちを……隊長であったお父様が全部の責任を取らされるのよ……あぁ、お可哀そう。死んだ後も鞭打たれるなんて」


 足を頭に置かれ、力一杯踏みつけられる。理不尽だ、と思うよりも先に隊長さんの今際の絶叫を思い出す。そうか、この少女があの隊長の娘さんか。何も知らずに美しく生きている怪我ひとつないお嬢様。蝶よ花よと育てられた結果がこれか。虫を殺す事も知らない少女は、まして人間の踏み方など全く知らず、力の掛け方すら幼稚だった。幼稚で、稚拙で、だからきっと私のような素人でも、足を掴む事ができたのだろう。掴み、持ちあげる。


「お嬢様がどこの何方かは存じ上げませんが、この身は奴隷なれど、リヒテンシュタイン家が末席。往来で辱められ、抵抗しないとあれば領主様からお叱りを受けます。ゆえに、以降はお覚悟を」


「な、何よ生意気な奴隷ねっ!」


 掴まれた足を放そうとしきりに足を振っている少女が可哀そうに思えてきた。何も教えられず、何もされずただ人形としてあるがままに育ってくれれば良いと、自身が穢すまでに汚される事なかれと、それだけを胸に育てられてきた少女が酷く哀れだった。同情する事が良いとは思わない。けれど、自分が知らずにそういう風に育てられていたとしたら……とても、とても悲しくて生きてさえいられないぐらいだろう。特にこの地は自殺がしやすい土地だから。


「御令嬢。お気持ちは分かりますが、名前を出された以上は家同士の争いとなります。お納めください」


「カインズ様!そんなっ!」


 少女の後ろ、両肩に手を掛け諫めている美丈夫の姿を地面から見上げる。背が高く、すらりとした姿は一見華奢に見えるが、しかし鍛え上げられているであろう肉体が服の上からでも良く分かる。この人もきっと自殺志願者に違いなかった。自殺志願は貴族の嗜みなのだろうか?その自分の考えに苦笑する。あり得ない、と。


「ピュセル様。この場はどうか。リヒテンシュタイン家は寛容とはいえ、今この娘を失う事を良しとはしないでしょう。今しばらくこの娘はただの奴隷ではありません。ですので、この場はどうか」


「カインズ様……はい」


 カインズに言われるがままにピュセルと呼ばれた少女は頷く。だが、その表情はどうみてもしぶしぶと言った所だった。納得はしないが、しかし致し方が無いという所か。


「そこの奴隷、二度目はないぞ」


 理不尽な物言いだった。こちらは往来の済みを歩いていただけなのに。けれど、そんな言い訳が通じるわけがない。そんな事ではないのだ。


「はっ」


 膝立ちになり、痛みを堪えながら応答する。これ以上は家同士の喧嘩になると相手は言ったものの、損益分岐を超えれば奴隷として相手方への配慮に殺処分される事は自明だ。だから、これで納めるしかない。収まるしかないのだ。自然、噛み締めた唇から血が流れて行く。

 顔を上げ、去っていく二人を見つめる。先ほど見た顔は良く似た顔だった。兄妹だと言われても誰も疑わない。その真実を知る者はもはや彼らの両親だけなのだろうけれど……いつかばれるだろう事を思えば、悲劇だ。誰も何も幸せになれない肉欲の作りだした不義の娘。その裏切りに対する憎しみを晴らす為に娘を、歪んでいたけれど愛して育ててきた男は既にいないのだ。何も知らない息子と娘、そして何食わぬ顔の親達だけが生きている。悲しい事だと、そう思った。


「…………」


 それは私の人生に関わる事ではないけれど、けれどきっと彼女達とはまたどこかで出会うのだろう。最悪の場合を想定したくはないが、きっと彼女達の恨みや憎しみは無くならない。理不尽だけれども、致し方ない事だ。事実として、奴隷だけが逃げ帰ったかのように生きているのだから。事実がどうあれ、そう取られる事は仕方ない。仕方がないのだ。

 周りを囲っていた人達も既にいない事を確かめ、立ち上がり。服に付いた泥を落とし、顔の状況を確かめる。瞬間、妖精さんが飛び出して肩に乗り、よしよしと髪を撫でてくれる。


「妖精さん、駄目だよ……そこ踏まれていたから痛いんだよ……ほら、痛くて涙が出てきたじゃない」


 これはきっと報いだ。人の心を壊したことに対するきっと報いなのだ。だから、甘んじて受け入れる。甘んじて。

 あぁ、涙が、止まらない。

 ほら、妖精さん。だから撫でたら駄目だって。そこは痛いんだからさ。顔面を地面に擦りつけられたり、首のあたりを踏まれたりでそこを触ったら……凄く痛いんだからさ。…………だからさ、だからさ…………もう止めてちょうだい。


「今、優しくなんてされたら……」


 耐えられない。


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