第18話 優しい人達の謳う歌
18。
「あるならすぐに作ってあげられるけど、ないものはないんだよー!?」
義手、義足、義腕に関してアーデルハイトさんにお聞きした際の返答がそれだった。何がないのか、金属が無い。
金に関しても高性能の物を作るという事でいえば心許ないとの事。知り合いが大変な時に金の話かと言われればそうかもしれないが、それはそれ、これはこれだ。誰も彼もを同情していた日には自殺洞穴を有するこの都市での商売などできない。しいて同情する相手がいるとすれば皇族相手の場合だ。これがアルピナ様であれば皆がこぞって助けようとするだろうが、一介の、しかも奴隷で、エルフであれば助けてくれるわけがない。私は知らなかったが、エルフは差別対象のようだった。人に非ず、と。
「いえ、当然の対応です」
皮肉ではない。が、そう取られても仕方がない発言だったのは否めない。本当に私には他意はない。どちらかといえば奴隷だという事を気にせず応対してくれる事に感謝すらしているのだから。
「それで必要なものというのはあの金属だけですか?」
「うん!そうなんだよっ!あれが無いと作れないんだよっ!もしくはあれを作る用の材料が必要なんだけど……」
あれ、とは。
「エリザの剣があれば……それで事足りるんですよね?」
「うん!そうだねっ!あれがあればある程度は大丈夫だよ!?」
事足りるのかと聞いて、帰って来たのがある程度というのは些かどうかと思うが今に始まった話でもない。ともあれ、今は重要なのはそれよりも、である。
「ある程度……」
エリザの無骨な巨大な金属の塊のような剣。最後にエリザが手に取った後の行方は分からない。ドラゴンに殴り飛ばされた後のエリザはそれを持っていなかった。
「うん。指先の欠片がちょっと足りないかなってところ!そこはほら、棒を作ろうと思ってたのがあまってるからー」
「なるほど……怪我の功名というか、運が良いですね、私は」
「そうだねっ!ほんものと出会って怪我ひとつないっていうのは凄いことだよ!」
臆病者と言われているように聞こえるのはきっと気の所為で、疑心暗鬼のなせる事だ。
「逃げていただけですけれどね……」
「一切戦わず、隠れ、逃げれば戦う必要などないとそう言った記憶があるが。十二分の成果だ。君が生きて戻れた事による成果は多大なるものだ誇ると良い」
奥の間から現れた旦那さんが私の言葉に重ねるようにそう呟いた。慰めてくれているらしいと分かった。分かったのは嫁が、旦那が私に優しい声を掛けた事に対し、嫉妬していたからだという変な理解の仕方ではあったが……。
「エリザベートの怪我の具合はどうなのだ?」
「アーデルハイトさんにはお伝えしましたが、右手と片足と片目が消失。他は……左肩ともう片方の足が捻じれてますが、こちらは時間の経過である程度、とのことです。その他は無事です」
「だが、生きてはいる、と」
「はい」
「それは何よりだ。あいつがいなくなったらアレキサンドライトの行方がなくなるからな……何よりだ」
静かに、ただ静かにジェラルドさんがそう言った。その静かな声に秘められた想いは私には理解できないけれど、確かにこの人はエリザの事を心配してくれているのは分かる。奴隷でもエルフでもそんな事関係なく。
「あの金属で骨格を作り、錬金術で肉を作り、神経を接続する。俺にできるのはその金属をお前が持ってきたときに加工する事だけだ」
その物言いに疑問が湧く。神経を接続するという事だ。そんな事ができるのだろうか?それはまるで無くなった手や足を作り直すといっているようなものなのだ。
「もっともある程度といった所だ。まだその域までアーデルハイトは達していない。だが、現代でそこまで行える錬金術師は他にいないのも事実」
つまり、アーデルハイトさんのオリジナルであり、彼女にしかできない技。魔法を使う彼女にしか使えない技なのだろう。
「これが人ならば無理だったのだが、彼女はアーデルハイトと同じエルフだからな。人とは少々体の作りが違う故に出来る事だ」
「そんなことが……」
それも驚きだが、アーデルハイトさんがエルフだったとは……と思い彼女の方を見ればずっとかぶっていた帽子を脱ぎ、長い耳を見せてくれる。腰に手を当ててえっへん、と自慢気だった。その仕草はとても可愛らしく、年相応とはとても思えなかった。もっとも、そんな嫁を見るジェラルドさんは恥ずかしそうだったが。
ともあれ、人とは違う、か。
「血液が燃えるというのは血中に燐と呼ばれる物質が異様なぐらい存在するからだ。だが、そんなもの本来生命の血中に存在するようなものではない」
そんな血液を循環させている生命が人間と同じようなものとはいえないだろう?そう言ってジェラルドさんが口を閉ざす。と、言われても錬金術の欠片も理解していない私がその意味を理解できる事はなかった。だから、言われるがままになってしまったのは致し方ない事だろう。分かった事と言えば、エルフと人は体の中身が違うという事だ。見た目は全く同じに見えるがその実、そうではない、と。
「では、まず金属を手に入れる所からですね。ちなみに普通にその金属を作ろうと思ったらどんな材料が?」
「自殺洞穴第二層に存在する金属で出来た不思議な花。それが原材料だ。それに種々の金属や液体を混ぜる事で出来上がる。そこはうち独自なのでな」
「……いえ、とりあえず私には取りに行けないと言う事が理解できました。買うにしてもかなり掛かるという事ですね」
「その通りだ。滅多に手に入るものでもないからな。エリザベートのあれを最初に作った時は材料集めから1年以上かけている」
「さすがに……1年以上は掛けられませんねぇ」
呆とする。それでは先に私のリミットが来てしまう。ディアナ様との取引は終わっている以上、私が死ねばエリザは野垂れ死にだ。それだけは避けたい。だから、必然、エリザの剣を探しに行く必要が出来たわけだ。
また、あの森へと沈んだ森へと行かねばならない。
今度こそ一人で。
落下した周囲は騎士団の方が見張っているとの話を聞いている。今度またドラゴンが現れた時に即座に連絡が付くようにとの事だが、私にとって嬉しい事ではない。そんな状況であればあの場所に行くことは騎士団の命を無視することであり、それが見つかれば洞穴への道も閉ざされるであろう。
厄介である。
私が助かった時……騎士団が様子見で次の日に来たのだが、その際に付けてくれた縄梯子を上り下りすればいけるという点ではあの時より楽だが……それも登っている最中に見つかったらおしまいだ。
さて、どうしたものか。
考えながら店を出る。店を出て向かう先は……どこだろう。私はどこへ行けば良いのだろう。そんな哲学者のような事を考えていれば、時折立ち止まって猫のように首を傾げながら悩んでいる様子の人いた。
「おや。カルミナさんではありませんか」
リオンさんだった。
手には買い物袋を、背に頭陀袋。まさに今市場で買い物をしてきたといった風体だった。一体全体何に悩んでいるかと思えば、きっと買い忘れはないか?とかだろう。
「街の方でお会いするのは初めてですね。その後調子はどうです?」
「元気はしておりますが……暫く御依頼を受ける事はできないかもしれません」
「それは残念なことですが……何かあったようですね。ここ二週間ほど御姫様も御顔を拝見しておりませんし」
さて困ったな?という相変わらず首を傾げながら言う姿は愛嬌がある。こんな所でも割烹着姿だというのはどうかとは思うが。
ともあれ、あれからもう二週間か。長いようで短かったと思う。エリザはまだリヒテンシュタインの館にいる。それももう暫くだ。あの環境に一人で置いておいたら何が起こるか分かったものではない。
「珍しくも学園の方で調査手伝いの依頼があったのはそういう事ですかね……ふむ」
「調査手伝いですか?」
「えぇ。今日、学園長の所に顔を出した際にそんな話を聞きまして。詳しくは実際に調査手伝いをしてくれる人にしか話せないとの事だったので断ってきましたが」
そういえばなんだか残念そうでしたねぇ、と呟くリオンさんを無視してそのことを問いただす。それは希望なのかもしれない、と。
「まぁ、予想でしかないのですけれど。毎日来ていた御姫様が来なくなり、カルミナさん達はこれまた来られず、これは残念と思っていた所で学園長のそのお話です。もっとも学園長の話だけでしたら、全く別件だと思いましたが……今のカルミナさんの発言からすると」
見透かされたようだった。ぼんやりとしているようでその実そうではないという事だ。伊達や酔狂であんな怪しげな店を構えているわけではないという事だろうか?いや、いや違う。あんな店、伊達と酔狂以外でやれるわけがない。
閑話休題。
「詮索は好きではありませんが、全部を絡めて考えると以前、カルミナさん達が行くといっていた所の追加の調査なのかなと思う所です。御姫様が身動きをとれなくなるような事情といえば、洞穴関連のものでしょうから、プチドラゴンがあそこで見つかった事に対する回答が得られたのかなと。それで調査をしたいのかと判断したわけです。もっともどちらにせよ、行けませんが」
「行かないではなく、行けないですか?」
「えぇ。時間があれば良かったのですが、もう暫くしたら娘が、国外の学校に行っているんですけれど帰ってくるというのでその迎えとか諸々の準備が……」
「お父さんでしたね、そういえば」
全くそうは見えないが、そういえば娘がいるとか言っていた。国外の学校とは、これまた私には想像もつかない。この国でさえまだ良く分かっていないのに他国なぞ……ともあれ、その学校は自殺洞穴には関係ない所なのだろうか。
「えぇ。まぁ、どちらにせよ身動きのとり辛い、団体での調査は怖いですからねぇ」
思い返すように空を見上げながら、そう口にした。何度そういう目に会えばそんな表情ができるのだろうか。若くは見えるが、その経験は多いのだろう。彼の子供が自殺洞穴に入りたいなどと言ったら引きとめるのだろうか?……そればかりは私には分からないが、国外の学校へ行かせるというのはそういう事なのではないかなんて、そんな事を考える。
「あぁ、失礼。引きとめてしまったようで。調査に参加されるようでしたら学園に行けば正式に依頼として出ていると思います。無事お戻りになられましたらまた、私の方の店も宜しくお願い致します」
やはり、見透かされている。けれど、追及してこない、そんな優しさがありがたかった。
「いえ、こちらこそありがとうございます。行き先が決まりました」
「それは何より。あぁそうそう。何か面白そうなものがあればついでで良いので取ってきて頂けたら買い取りますので」
「はい。それは構いませんが、面白そうなもの?」
「えぇ。面白そうなものです。例えば……妖精の肝とか」
瞬間、リオンさんの持つ買い物袋から小さな生命体が飛び出してきて、リオンさんの顔を小さな手の平でぺちっと叩く。
それは妖精さんだった。名前は確か……ウェヌス?……発音しづらい事この上ない。やはり、妖精さんと呼ぶことにしようと納得している間も妖精さんがリオンさんを叩いていた。
「冗談ですよ、ウェヌスさん」
性質の悪い冗談だった。今の私にエルフの腕を持ってこいと言っているようなものだ。とはいえ、きっと持ってきたら持ってきたで何かに使うと言いだしかねないのがリオンさんの怖い所だ。知らず知らずの内に食べさせられている可能性も含めて。
「あぁ、ウェヌスさん。どうせ暇でしょう?カルミナさんに付いて行ったらどうですか?調査ですよ、調査。私の代わりに良いもの探してきて下さいよ。あ、もちろんウェヌスさんが見つけたものでもカルミナさんに報酬支払いますから安心してください」
「え?」
リオンさんの言葉にうーん?と首を傾げながら悩む妖精さんが可愛い。そうして暫く顔を傾げながらリオンさんを見つめ、納得げに頷いて私の方へ飛んできて、肩に乗る。それは一切の重みを感じない柔らかな移動だった。その身軽さがあの舞を生み出すのだろうか、とふいに以前見た妖精さんの舞を思い出す。
「もしもの時には発光しますので松明代わりにはなりますよ?今なら連れて行くだけのお買い得セール実施中です」
「危険だと思います……恐らく洞穴に降りる事になりますし」
「……ふむ。なるほど。なるほど。そういう調査ですか。……だったら尚更ですねぇ。ウェヌスさんは洞穴で自然発生した心優しい生命体ですからきっと助けになりますよ」
それと、洞穴に行く可能性があるのならば、と何やら懐から紙を取り出して一筆書き始める。
「カルミナさんはまだ学園を卒業されておられないでしょう?学園長の話だと作業員という事でしたので洞穴に潜る資格は不要でしょうし、場合によっては実地訓練として認められるかもしれませんが、円滑に進めるために念のため推薦状でも、と」
そこまで考えてはいなかった。行けばどうにかなるのは物語の主人公だけだと言っていた自分が何とかなると考えていたらしい。恥ずかしい。ありがたくそれを頂戴する。もっとも、効果があるかは分からないとの事でもあったが……。
「こんな事までして頂いてどう御礼して良いか」
「ただの取引です。私が貴女に投資する事で利益を得ようとしているだけです。といっても大した投資ではありません。学園長に借りを作る程度です」
その物言いは何処かディアナ様を彷彿とさせる言い方だった。ただ、この人の言い方はとりあえずとって付けましたといった感じだったけれど……。
「その投資が失敗ではなかったと、言わせて見せます」
無償の、きっと好意から来る期待。その期待に少しでも応えられればと思う。が、その言葉にリオンさんが眉を下げる。美味しくない餌を与えられた猫のような、そんな難しそうな表情だった。
「いいえ、それは不要です。意気込む必要はありません。あぁ、期待していないのとは違いますよ?ウェヌスさんを同行させる以上、期待はしています。ですが、意気込んで死んだ人は数多いのです。別段、意気込みがある事が悪いわけではありません。ですが、それが枷となる事もあります。ついでの事に意気込むなという事もそうなのですが……そうでなくても洞穴で何かをしてやろうなんて思わない方が良いですよ。それは死に至る誘惑です」
「目的を持って向かう場所ではないと?」
理解はできなかった。いや、理解したくなかったのだ。エリザの現状をどうにかしたいと思っている以上、目的を持たない事などできないのだから。
「目的の達成は気を抜かせます。これはどんな人間でもです。もしどうしても目的があるというのならば、達成した瞬間が一番危険だという事、理解しておいてください」
それで失敗した事があるのだろうか。そう口にしたリオンさんは遠い目をしていた。
「いやはや年を取ると説教くさくていけませんねぇ。そういう事ですので無事帰ってきてまた御店に顔を見せて下さいな。私の依頼あまり評判良くなくてですねぇ……受けてくれる人が減ると悲しいのです」
「はい。絶対とは言い切れませんが、出来得る限り」
「えぇ。ではでは。ウェヌスさんもお元気で~」
手を振るリオンさんにこれまた可愛らしく手を振る妖精さん。仲が良い。
では、と一礼しようとして妖精さんが肩から落ちそうになるとかそんな事がありながら、私たちはその場を離れて行った。
向かうは学園で、向かうはまたあの森だ。