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自殺大陸  作者: ししゃもふれでりっく
第一章~パンがなければドラゴンを食べればいいじゃない~
17/87

第17話 それは人のサガ

17。



 廃棄処分まで後1年。

 そう考えると先行きは不安だった。

 これからは一人の生活だけではなくなるのだから。いうなれば両親達を介護していた時に掛かった費用をそっくりそのまま払いながらも、リヒテンシュタイン家に利益を、というよりもまずは借金を返す必要があるのだ。勢いだけのつもりはなかった。けれど、しかし、まずは洞穴に入れるようにならなければそれも叶わない。


「それも選択の内、と」


 自分で選んだのだから、後悔はない。

 幸いにして、プチドラゴンを処分した時に貰ったお金はほぼ手付かずのままだ。あの時金属棒なんて物を購入していれば、現状は悲惨な事になったに違いない。それこそ二人路頭に迷いながら徐々に迫りくる廃棄に怯えなければならなかったろう。いいや、そうでもないかもしれない。あの時それを買っていればまた何か違ったのかもしれない。人生なんて少しの違いでがらっと変わる。

 がらっと変わったといえば、エリザである。

 低体温状態を保っていた事と、傷口が焼かれていた事で何とか生きていた。が、ディアナ様の前でも倒れたままという状態だった。運命だと諦めていた死が、諦める必要のなくなり、それがまた失われそうになっていた事に対する絶望。言葉にすると生きていたのだから良かったじゃないかと、言えそうなものだ。傍からすれば、だが。結局、彼女以外に彼女の人生を真に理解出来るものはいない。彼女にとって、それのために諦めてきたものはいくらでもあるのだろう。そのために行ってきた事も多々あるのだろう。私には想像もつかないが、それは自分の心を閉ざすくらいには強烈な事だったのだ。それに対し他者がどうこう言える事はない。私にとって重要なのは、この状態からエリザをもち直させるためにはどうしたら良いのか?という事だけである。

 ともあれ、少なくとも私が外で動いている間はどこかで見ていて貰わなければならないのだ。困ったものだ。暫くはディアナ様の御好意で屋敷に置いてもらえる事にはなかったが、それもほんの数日の事だ。けれど、それで十分だった。


『あのエリザベートとかいうエルフ、廃棄処分だってさー』


『あぁあのお節介の?』


『そうそう。それそれ。何が同じ奴隷だってのよ。あんたとは違うっての……エルフなんかと一緒にしないでほしいわ』


 こんな陰口の聞こえる場所に長々と居させるわけにもいかないだろう。

 部屋の外、ディアナ様から聞いたのか、メイドマスターから聞いたのかはたまた別の誰かから聞いたのかはわからないが、状況を知った同じく奴隷の者達が囁いていた。これ見よがしに聞こえるような大きさの声は、私を苛立たせる。

 だが、それに対する反論はない。

 冷静に、冷徹に、自分自身の猛る想いを殺していく。今のこの感情を忘れる必要は無い。けれど、それを使うのは今ではない。臆病だと罵られようと、声を荒げる事に意味は無い。今は冷静に事態を受け止めて、状況を把握する事を優先したい。


『それをなんだっけ?最近買われた奴隷。えーっとまぁいいわ。それが貰い受けたんだってさ』


『へぇ、良くそんな事知ってるのね』


『実は……盗み聞き。襤褸ぞうきんみたいになってたエルフを担いであの奴隷がディアナ様の所に入っていったから』


『ふぅん。まぁ良いけど。けれど、エルフなんて貰ってどうするんだろう?』


『さぁ?ボロボロだったけど見てくれは良かったし、買いたい人はいるんじゃないの?手も足も片方なかったけどね』


『そんなの逆に金でも貰わないとやれないって……』


 今すぐ出て行って包丁を付き立てたいと思う。けれど、それをして何になる。立場を失い、それこそ花街へと売られるだけだ。売られるならばまだしも先の今だ。拷問されて殺されても文句は言えない。そこまでの妥協は頂いていないのだから。だったら黙っているしかない。感情に身を任せて全てが都合良くなるのは物語の主人公だけなのだ。私はただの奴隷、そんな夢のような存在では……ない。立場なんて関係ない!そんな綺麗事、今の私には言えない。

 ぎしり、と歯が鳴り、口腔に血が溜まる。鉄の味が染みわたり、さらに気分が悪くなる。悪循環だった。


「……エリザ」


 呆とした瞳で壁を見つめ続けているエリザの髪をそっと撫でると、その体は擽ったそうに反応する。あいにくと体が反応しただけで本人の意識はやはり……死んだままだ。屋敷内に宛がわれた部屋の中、薄汚い木製のベッドの上で、膝にエリザの頭を置いて座っている。頭から伝わるその暖かさだけが、この世界に存在する唯一の優しさかのようなそんな気分になってくる。

 生きていて欲しいと願い、エリザの心を壊したのは私だ。だから、この状況は自分の責任だ。奴隷達のいう言葉は全てこの私に掛かっている言葉だ。エリザは果敢にドラゴンと戦った勇猛な剣士だとそれで終わらせておけたものを、汚名を着せた。ぼろぼろになって心まで壊した生き汚いエルフ。その汚名の責任は私に。


『ディアナ様もお優しいことだよねー……私らなんか見向きもされないのに』


『本当に……ね』


 それは嫉妬でもあったのだろう。同じく奴隷であったとしても、その共同体に入れば序列が出来る。その最上位に位置していたのがエリザだ。それがいなくなった以上、序列の交代は行われるだろうが、それは今の所、関係ない。奴隷になったばかりの最下層にある私がそんな無茶を通したというのが彼女らにとっては不愉快だったのだ。

 私とて逆の立場ならば、そう思う。何故、あいつだけひいきされるのだ?と。そこに私が提示したものがどのような物なのかとかは関係ない。ただ、結果だけを議論されるのだ。だから、私はこれだけものを提供しましたなどと、それを提示した所で意味はない。ゆえに、理不尽であっても私はそれを受け入れなければならない。それが、奴隷なのだと、それが共同体に存在すると言う事なのだと。


『ま、そんなだからそいつを見たら……ね?』


『分かってる』


 言わなくても。言われなくても。

 その矛先が私ならば良い。動けないエリザにはどうか手を出さないでほしいと、そう願う。全ての責任は私に。償いは私へと。


「包帯……代えないとね」


 エリザの背中に腕を入れ、ひょいとひっくり返してベッドへと。軽い。ついで、服を脱がしながら傷口を点検する。やはり天使の痣とやらの機能はなくなったのだろう。最初にプチドラゴンに噛まれた時の傷は即座に治っていたが、その機能が働く様子はない。多少治りが早いとはいえ自然治癒に準じる程度だった。

 細かい傷はあらかたふさがり、目、腕、足以外は綺麗なものだ。体に至ってはほぼ傷はなく、それこそ先の奴隷達の言葉でもないが、買い手もいよう。手ぬぐいで汗を拭き、全身を手入れ。ついで歪んだ腕と足と手。歪んだ腕は正常な形に強引に戻され骨折用の処理を施されている。が、たぶん元には戻らないだろうと医師が言っていた。残っている足も同様。きっと二度と立ち上がって歩く事はできないと医師に言われた。切れた右手もまた戻ることは無いがこちらはその手より少し上以降は問題ない。膝上から下がなくなった方は断面が歪で、それが整えられており、皮膚がそれを覆い始めていた。

 それらの状態を確認しながら、包帯を取り替えて行く。


「錬金術には義手、義足の技術があるみたいだから……少し待っていてね」


 小耳にはさんだ程度だ。詳しくはアーデルハイトさんに聞かないと何ともいえないけれど、かなり高性能との話だ。残念ながら、それをリヒテンシュタイン家で購入してもらうことはできない。高性能といっても戦闘に使えるものではないだろう。それが可能であれば最初からディアナ様がそれをして、エリザを前線へ送り返しているだろうし、私との取引に乗ってもくれなかった。心が壊れてしまっているのが尚更にそれに拍車をかけたのだろう。投資に値せず、と。

 けれど、私はもしかしたら、と思っている。漠然で馬鹿馬鹿しいただの期待ではあるけれど、天使の痣とやらが再びエリザに宿れば、義手義足であったとしても……洞穴にはいけるのではないか?と。けれど、きっと天使の痣が無い方がエリザにとっては幸せなのだ。死にたくないと願った弱いエリザがきっと本当のエリザで、だから、そんな事にならなくても良いと思う。ディアナ様はエリザを私に譲ってくれたのだ。義手義足を持って普通の生活が可能になれば……そうやって普通に過ごしてくれれば良いと、そう思う。


「……だから、死ぬ時は笑って死んでちょうだい」


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