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自殺大陸  作者: ししゃもふれでりっく
第一章~パンがなければドラゴンを食べればいいじゃない~
14/87

第14話 生きていますか?

14。


 意識が戻ってくるのが分かる。

 消えていた意識がゆっくりと私を覚醒していく。次第、全身の感覚が戻ってくる。両足、膝、もも、腰、腹、乳房、背、肩、腕、二の腕、手の平、鎖骨、首、顔、目と頭。その全てが認識できた。けれど、まだ身動きは取れない。それは目覚めの直前に見る夢のようでもあった。どれほど動こうとしても動けない、泥沼に嵌ったかのようなそんな感覚だった。

 気持ちが悪い。

 耳がきぃんと鳴り、それを抑える事ができない事に苛立ちを、その苛立ちに気持ち悪さがさらに襲ってくる。開かぬ瞼の内側で球体が揺れているような、頭蓋の中で脳が揺れているかのような、まどろみというにはあまりにもあんまりな気分。次第、終わらない嘔吐感に苛まれる。自然、胃が逆流させようと体に命令し、その命令がうまくいかずに苦しみを生み出す。吐き出せるものならば吐き出したい。けれど、今吐き出したら胃がそのまま出てくるのではないか?そんな平時であれば意味不明な焦りに侵されて生き、思考がぶれる。定まらない思考。体調の悪い時に取りとめのない考えが延々と浮かび続けるようなそんな感じだった。止めようと思っても焦りが増すばかり。今が一体どういう状況なのか?それを理解しようと思考を逸らしてもすぐに戻ってしまう。

 気持ち悪い。

 けれど、その気持ち悪さの中で少し分かったのは、背中が痛むという事だった。背とぶつかって痛んでいる。それは分かる。血が流れているような感覚はないが、今は脳の処理が追い付いていないだけで、怪我をしている事は間違いだろう。

 全く。

 とんだ道中だ。

 そんな思考にはっとする。そうだ。道中なのだ。より正確にいえば、プチドラゴンと遭遇した界隈でエリザ、そうエリザと会話をしている最中だった。それが最後の記憶だ。それは間違いない。あぁ、そうだ。間違いはない。そう。エリザと一緒だった。間違いない。間違いない。間違いない。間違いない。

 思考がその言葉に埋め尽くされていく。エリザの顔が脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消え、最後の瞬間、驚く間もなく落下していくエリザの顔を……思い出した。

 落下した。

 そう、落下した。地面に立っていて落下したのだ。

 それが一体どういう事なのか?そんな事二つも三つも理由が出てくるものではない。

 悲しみに神が泣いたのだ。

 一体全体何に悲しんで泣いたのかなど分からない。寧ろ泣きたいのは落下に巻き込まれたこちらだという話だ。怪我を治すにも金は掛かるのだ。それは両親の事で良く覚えている。そう、覚えている……いや、違う。そんな事は今はどうでも良い。

 思考を流されるな。

 気持ち悪さに思考を流されるな。

 ゆっくりで良い。ひとつ、ひとつ状況を認識していけ。

 神が泣き、地面がその瞬間に割れたのだろう。そして落下した、という事は地面が落下するための空洞があったという事だ。トラヴァントの地で地下といえば、自殺洞穴だ。

という事はつまり、あの森の地下には自殺洞穴があった、という事だ。

馬車で四半日を超えた所にも繋がっている洞穴。そんな想像もできない程の広さであれば人類が早々踏破できるはずもない。現状で第二階層まで進んでいるという事だが、ここは一体第何層とやらなのだろうか?

 いや、それもさておこう。

 つまり、森が洞穴と繋がっていた。であれば、あのプチドラゴンが存在していた理由は明白だ。それ以前の神の悲しみによって割れた大地に隙間が出来、洞穴と直結したのだろう。分かってみれば単純だが、しかし、スケールが大きすぎて想像が付かない。それならばむしろまだどこかの金持ちがいやがらせのためにプチドラゴンをこの森の中で放ったと考えた方がまだ現実的だ。特にトラヴァントと事を構えたい他国の人間なら可能性もあろう。人間、自分の範疇を超える事に対する想像は中々付かないものだ。けれど、これが是であるならば危険である。洞穴を管理する学園は、洞穴の入り口が唯一であったから成り立っていたのだ。ここに新たに洞穴が出来たとあれば……どうなるだろうか?野良自殺志願者が産まれるのはまだ良い。そんな事私の知る範疇ではどうでも良い話なのだ。問題はここからドラゴンが湧きだしてきたらどうすれば良いのだろう?という事。

 別にこれがドラゴンだけに限った話ではない。洞穴由来の化け物達は何もドラゴンだけというわけではないのだ。人はそれらの者達に勝つ事もできるが、だからといって負けないわけでもない。


「…………っ」


 嫌な想像をしてしまったからだろうか。それは怪我の功名でもあったが口が動くのが自分でも分かった。それに伴って気持ち悪さが少し収まってくる。収まってくれば背から伝わる痛みに眉が歪む。間違いなく、背中から落ちたのだろう。生きているだけ儲けものだが、それでも痛いのは好きではない。現金なものだが、先ほどまでの気持ち悪い方がましだったのかもしれないと思いさえする。

 歪んだ眉を少しずつこじ開けていく。両手、両足はまだ動きそうもないが、目ぐらいなら開けられそうだった。が、開けた先は暗闇だった。

 僅かに視界があるのは天井から差し込む光の所為だった。地面が地下に落下したのだ。その落下した分の穴がどこかにあってしかるべきであり、その光はそこから入ったものだろうと推測できた。そこにたどり着ければ外には出られるのだ、と安易に考える。

もっとも、そんな事が簡単に出来るわけがないという事も同時に理解していた。高さ方向にどれほどあろうか?首を動かせず周りを見回せない状況ではその光源の位置も分からなければどれだけ遠いかも分からない。ただ、この暗さからいえば光源は小さいのだろう。

 一瞬、諦めが湧いてくる。

 けれど、それに反して体の動きも戻ってくる。

 なるほど、心よりも体の方が素直だった。


「……っ……ぁぁ」


 喉の奥からしゃがれた声があがる。水が欲しい。落ちた反動で口の中に土煙が入ったのだろう口の中からはじゃりじゃりと砂が擦れる音に加えて乾燥していた。砂が口腔内の水分を全て奪い取ったのだ。

 貪欲なものだ。非生物でさえ貪欲なのだ。生物である私も、少しがんばらないといけない、そんな頭の悪い発想をしながら指先に力を入れる。

 しゃらん。

 手首に巻いた腕輪が鳴る。

 しゃらん、しゃらん。

 鳴る。

 危険だった。同じく落下したであろう他の人達への知らせにはなろうが、しかしこんな所で音である。襲ってくれと言っているようなものだ。

 焦りが体を動かし始める。これもまた怪我の功名。せめてでも動けるようにしておきたいという体の反応だ。流石に私とて意識のあるまま身動きも出来ずに喰われたくは無い。


「せっ!」


いの!っと全身に力をいきわたらせ…ようとしてもそんな簡単にいくわけがない。都合十度くらいだろうか。それぐらい繰り返してようやっと上半身が少し持ち上がる。だが、一旦持ち上がれば体の動かし方を思い出したかのように手も腕も肩も首も自由に動き出す。自由に動き出した手で腰元つけていた水筒を探す。


「良かった……」


 ぱさつく唇で呟く。水筒は残っていた。揺らしてみればしっかりと水が入っているのが分かる。良く、壊れなかったものだ。手探りで他の装備……包丁とスコップとピックだが、これを触ってみても損傷はなさそうである。

 運が良い。


「少しだけ……」


 少量の水を口の中に含み土埃を口の中から追いやっていく。これから先どれほど水が必要になるのかは分からないが、生命線である。無意味に使う事はできない。

 同時に背に手を当て、痛み悶える。痛い。かなり痛いが、骨に達したような痛みではなかった。この場で背骨、腰骨にひびでも入っていたらそれこそ死を覚悟するしかない。そんな心配もなく、両手で膝にふれ、揉みほぐす。そうしてようやく足に力を入れる。結局、音に反応したものはいなかったようでこれもまた運が良かった。


「エリザ……それに騎士団の方々」


 呟く声を手で抑える。

 音の問題もある。が、言葉を紡ぐ体力も温存すべきだと判断し手を口に当てながら僅かしかない視界を頼りに周辺を探る。

 そうこうしていれば耳の機能も戻って来た。瞬間、空気の流れが轟々と耳朶を打つ。洞穴内は出口がないため空気の流れは無く籠った淀んだ空気かと思っていたがそうでもないようだった……いや、これは落下の所為か。

 闇雲に散策するのをやめ、その空気の流れに逆らうように足を進める。

 他の皆……いや、エリザが心配だ。私よりも遥かに優れた経験豊かな優秀な人だ。これしきでどうにかなるとは思わない。だからその思いは私の不安の露われでしかない。早く合流したい、そして安心したい、と。例えこんな暗闇でも一人でなければ、どうにかなるかもしれない、とそう思いたいのだ。


「…………」


 足元と少しの視界だけを頼りに進む。両手を広げても壁に当たらない事を思えば少なくとも人一人立って歩けるほどの場所だという事だ。というか、もしかすると先の場所が垂直に落下し、それがまるまるここにあるのかもしれない。そう思い、思った瞬間、それが違う事を認識した。

 地面が雪ではない。

 それが理由だった。考えてみれば先ほどまで雪景色だったのだ。いくら落下したとはいえ雪が全くなくなる事はなかろう。であれば、私はここに転がり落ちてきたという事だろう。であれば、迷子になっているのは私一人かもしれない。

 そう考えるとこんな状況下だが、笑えてきた。全く、本当に運が良い。一人こんな所……といってもどこかは分からないが、そんな所で目を覚ましまだ生きていられるのだから。

くすり、と笑みが零れる。

 それは苦笑だろうか、それとも違う何かだろうか。少なくとも他者からすれば今の私は気味の悪い類の人間だ。間違いない。


「でも……温度は低いかな」


 肌から伝わる温度は寒いというよりも冷たい。雪がなくてもこんなに冷たいのは太陽の光が届かないからだろうか?それとも……。

 何も分からない。状況だけで全て判断出来るほど驕っているつもりはない。

 考える事を止めてはならない。ここは既に洞穴なのだ。都市にきてまだ二週間程度だ。けれどそれでも分かる。気を抜くことなかれ。

 周囲に気を巡らし、思考し、さらに片方を包丁、片方の手で周囲を確認しながら進む。耳も澄まし、目も澄ます。皮膚感覚も澄まし、風に逆らうように一歩一歩。

 どれだけ歩いたことだろうか。怪我をしている状態で気を張りながらの探索は辛い。視界もなく、誰もおらず。そうじゃなくて心が萎え始めてしまう。それは致し方の無い事だと、そう思う。きっと自殺志願者には寂しがり屋が多い事だろう。

 冗談にもならず近未来の自分を想像し、心が凹む。


「……まだ、そんな余裕あったんだ」


 馬鹿な事を考える余裕があるという事は心が余裕を持っているという事だ。だから、まだいける。私はまだ大丈夫だ。

 しかし、本当に何もいない。

 自殺洞穴が自殺洞穴たる所以が全くここにはないのだ。それは何故だろうか?都市から遠いからか?いや、そんな事は関係ないだろう。人の都合を神様が作った洞穴が叶えてくれるわけがない。であれば、洞穴入り口から入った人達がこの辺りの化けものを狩りつくしたからだろうか?いいや、そんな事もないだろう。なぜなら、この辺りでプチドラゴンが出ているのだから。


「プチドラゴンが視界もままならぬ洞穴の外に出る必要があったと考えると……空恐ろしい」


 ここには凶悪な何かが住んでいて、それから逃れるために生物は軒並み姿を晦ましているのだとしたら……そんな想像、外れていてくれれば良い。

 だが、悪い想像は得てして的中するのだ。私は運が良い。だから、的中させてしまったのだ。


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