第12話 3人一緒
12。
数日後。
学園長に言われた約束の日の二日前。明け方に降った雨はすっかり晴れあがり、あいにくの天気かと思っていた街中の人達の期待を裏切り、雲ひとつない晴天を示していた。そんな中私達はじわじわと肌を刺す陽の光を感じながらメェメェと鳴る音を聞く。
「……なんとも牧歌的な依頼じゃのぅ」
「私としてはもう少し歯ごたえがあると良いのですが」
「はいはい、口を開いている暇があったら集めて下さい。折角3人なんですからね」
メェメェと鳴く卵に足の生えた物体を追う。
なんだろうこの生物。言うまでもなく、いいや案の定と言った方が良いのだろうかこの場合、リオンさんの依頼である。タマゴドリという名前らしいが、卵が先か鶏が先かの合いの子である。きっと卵が先でもなく鶏が先でもなくこの合いの子が先なのだろう。そんな生物の誕生の瞬間を目撃できたかのような感慨などどこにもない。ただ薄気味悪いだけだ。小型で足が遅い所為で正直言えば追いまわす必要もなく、座って近づいたら捕まえるでも構わないぐらいだった。
これを態々依頼に出す必要があるのか?と思ったりもする。先の依頼の時に学園長にお願いされて云々と言われていたので、とって付けた依頼なのかとも思う。期限も報酬も正当だし私としては何の文句もないのだが、リオンさんが依頼を出す利とは何なのだろう。ついそんな事を考えてしまう。
やはり本人が言っていたように単に洞穴潜りを優先するためだろうか。だが、そんな毎日自殺洞穴へ潜っているようにも思えない。それこそアルピナ様が1日と空けずに訪れても店がやっていたらしいのだから。朝か昼にでも取りにくれば良いと思う。もっとも、想像を巡らせても正解が分かるわけでもなく、こんなのはただの思考遊びでしかない。
しかし、この薄気味悪いものは一体何に使われるのだろう……やっぱり食べるのだよなぁ?と二人に意見を聞いてみれば、
「それはあれじゃろ。こいつの踊り食いをするためじゃないか?」
「家畜の餌とかでは?これなら卵の栄養も鶏肉の栄養も取れそうですし、効率的ではないかと」
きっとどちらも違うと言わざるを得ない回答が返ってきた。
ちなみに後に知ったことだが、これの使い道の正解は塩付けにして干からびた後に、その付けていた塩を食べるというものだった。流石に分からない。
ともあれ、今この時においてはそんな事は分からず、ただひたすらにメェメェ鳴いているタマゴドリを捕獲していた。乱獲の結果絶滅しないのだろうか?と心配になるくらい取れる取れる。依頼に百と書かれていて最初はびっくりしたものの、これならばすぐ終わりそうだった。
「お。このちょっと大きいのは大人タマゴドリなのかのぅ?」
周りのものより少し大きめのタマゴドリ。全くどういった生態なのかさっぱり分かりかねる。割れば中から子供が産まれてくるのだろうか?
「3人だと早いですねぇ……」
今日の面子はリオンさんの依頼という事でアルピナ様が御同行。そして暇を持て余していたエリザも御同行。ちなみにエリザがいるという事で依頼は二つ受けた。もう一つは近場で取れる薬草採取である。一見普通そうではあったが、その薬草は食虫植物であるとか。これが終わったら皆で向かう予定だった。が、何やらそれはそれでまた波乱がありそうである。
ちなみに学園を通して出されている依頼は各人1人ずつ受ける事ができる。もちろん学園を通している以上受けられるのは自殺志願者だけ。流石に皇女たるアルピナ様が依頼を受ける事はできない。だから報酬は私とエリザの二人分。その代りというと変なのだが、というかリオンさんが奇特なだけなのだろう、アルピナ様にはまた別にお礼品があるそうだった。その事にアルピナ様がはりきっている。きっと出てくるものはまたぞろ良く分からない食べ物とはいえない材料で作られた世にも奇妙で美味な御食事なのだろう。私もちょっと食べてみたい。
そんな事を考えていれば、お腹がすいてくるというものだ。次第、タマゴドリは生では食べられないのかな?という発想に侵されていくから困る。その発想から逃げるように規定の数より多めのタマゴドリを捕まえた私達一行は次の採集場所へと移動する。
次の採集場所は川。その川沿いに件の植物は生えているという。ならば、とその河川敷の付近で昼を取ることにする。
トラヴァント帝国領の河川はその氾濫から都市を守るために土で作られた堤防が存在する。高度な土木知識を要したであろうそれを計画したのは故トラヴァント皇帝その人であった。河川の氾濫により肥沃な大地が産まれるとはいえ、しかし河川で帝国臣民が減っては意味がない。それゆえの治水工事だったのだが、それは成功といえたのだろうか。基本的には農業国家であるトラヴァント帝国を支える基盤である、土の栄養がなくなっていけばいずれはこの国は衰退していくのではないだろうか。だからといってこの堤防を壊すわけにもいかないだろう。一度覚えた甘さは忘れる事ができないのが人間なのだから。
世間話にそんな会話が出てくる辺り、アルピナ様はやはり皇女殿下その人であり、余計にこんな所で奴隷と一緒にいて良いのかと心配になってくる。本人は視察ついでだし、問われれば道案内をさせていたという言い訳するつもりらしいが、通ることでもないと思う。が、その判断をする側が通ると主張しているのだから通るのかもしれない。
「カルミナ、お主は少し考え過ぎじゃのぅ。農村出とは思えんほど博識じゃしのぅ」
「村に教会の方が来られていましたので、その方に色々と教えて頂いておりました。といっても読み書きに関してはまださっぱりですね。先日も図書館に伺わせて頂きましたけれどまだまだ」
「勉強熱心で良い事じゃ。しかし地方の村に教会の者か。まったくやる事がえげつないというかのぅ……」
「どうかなされたのですか?アルピナ様」
ため息を吐くアルピナ様にエリザが声を掛ける。厳密に言えばこの二人、今日が初対面、というわけではないらしいが、学園生が洞穴に入る事ができる許可証を配布する時は皇女殿下その人が直接手渡しするとの事で、その際に一応顔は合わせているらしい。当然の如くエリザは覚えていたが、アルピナは覚えていなかった。当然である。年に数百人単位で自殺志願者が増えていくのだ。覚えていられる方が異常だ。そして当然の如く、二人を紹介……したというのだろうかあれは?……した時驚いていたのはエリザだけだった。首都に来て早々知り合いが多いですね!とか言われたが、エリザ、アルピナ様とリオンさんぐらいのものだ。寮の方や学園生などとは必要最低限の会話しかできないのだからそれも当然。所詮、奴隷である。
「ふむ、エリザベートよ。お主もリヒテンシュタインの名を持っておるなら知っておろう?教会といえば……あぁ、いや……今はよそう。それに……カルミナを教育してくれた事には一定の感謝は示すとしよう。カルミナの今がなければリオンと出会う事もなかったのじゃからな」
またしても打算的だった。
ともあれ、教会……一度調べてみようと、そう思った。物を教えてくれるのは良い。けれど、それを利用されるのは困る。特に政治的な話題や宗教的な話題を都合の良いように何もしらない者に教えるのは危険な行為でしかない。いいや、この思考が既に?いや……と堂々巡る。巡って、間違いならば今から直せば良いのだという結論に至る。変わる事できるのが人間だ。奴隷だけれども。
「あ、あれが堤防ですか」
と、改めて態とらしく口にしてみたが、離れた所からでも堤防は見える。まるで小高い丘のようになっているため、見る人によっては違うものにみえるかもしれない。
「うむ。あれじゃなぁ……しかし、直接見るのは久しぶりじゃが……でかいのぅ」
高さとしては大人3、4人分くらいだろうか。これを作る際に駆り出さされた人達はどれぐらいいたのだろうか。中には建設途中に川が氾濫し流された者たちもいるだろう。そして奴隷も多く駆り出され、使われたに違いない。それ程の多くの人々の結晶がこれだ。どれくらいの月日を掛け、どれぐらいの人間と金が動いたのか、それは想像もつかない。けれど、こんな大きな物を作れる人間でも、ドラゴンやモンスターにかかればあっという間に殺されるのというのだから物悲しいと思う。
「では、あの頂上まで競争じゃの!それっ!」
初めて見るその堤防を感慨深げに、人の力とは凄いものだなと思い、感じ入っていた私の横を颯爽と走り抜ける皇女様。大変元気であった。
流石に言うだけあって、その動きは俊敏だった。折れてしまいそうな細い体のどこにそんな力があるのだろうか。リオンさんによって8年ぶりにまとも……とは言い難いが……食事にありつけたから尚更元気が有り余っているのだろう。
「あ、アルピナ様っ」
一番の年長という事もあるが、やはり皇女殿下と共にいて何かあってはまずいと思っている真面目な人が続いて走り出す。一瞬、ガシャとなったのは鎧のもの。次の瞬間から音が鳴らないのはどういった体さばきの表れなのだろうか?
こんな所にまで軽装とはいえ鎧が必要だろうか?とは思う。流石に今は兜をかぶってはいないが、しかしそれが当り前になってくるのだろう。ともあれ、そんな鎧を物理的な意味で軽く着こなす辺りエリザが改めて凄い。アルピナ様を立てるためだろう一歩引いたような距離ではあるが、軽快に走っている。
「ほれ、カルミナ!遅れておるぞ!」
既に遠く、堤防の法先にいるアルピナ様が大きな声で私を呼ぶ。その声にようやくと走りだす。先の二人とは違いかなり無残な感じの走りっぷりである。先日購入したスコップと包丁が接触する音がケースに入っているとはいえ、煩い。 カチカチカチカチとまるで私にもっと早く走れと言わんばかりである。
足が空回りする。
普段運動をしていない人間が走ろうとするとこういう事が起こる。気持ちと体の動きが違うから起こる事。そんな事が起こればどうなるか、というと。
こける。正確にいえば、こけそうになった。そんな事を繰り返しながら息絶え絶えに走り、二人の後を追いかける。
今この位置が、この離れた位置が、二人と私の距離なのだ。そんな自虐的な発想が脳裏に産まれる。今のこの優しい空間はいつまで続くのだろうか?この安穏とした空間にいつまでもいたくなる。いたくなるけれどもこのままではいけないのだ。このままでいられないのだ。
だから、追うしかない。
それだけが私に残された道でもある。二人の立ち位置へと至るまで私は走っていくしかないのだ。今はまだ待ってくれている二人の下へと全力でかけていくのだ。
そうしてようやく二人に追いついたのは堤防の上、河川敷の上だった。河川敷に挟まれた川の流れ、その脇に映える草花、そこから見渡せる景色はどこか幻想的にさえ思えた。
苦労して走る先にはきっと綺麗な場所があるのだと、そう思わせてくれるぐらいには。