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自殺大陸  作者: ししゃもふれでりっく
第一章~パンがなければドラゴンを食べればいいじゃない~
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第10話 初めての呼び出し

10。



 トラヴァント帝国、自殺洞穴管理学園、学園長ヴィクトリア=M=メルセデス。齢二十半ばで帝国騎士団の団長に就任し、同時に学園長も務める才媛。非常にお堅い方だとは聞いている。曰く、鋼鉄の何とやらだ。ちなみに王都にある料理店の審査員(辛口)もされているらしいが……ともあれ、そんな彼女が学園に訪れるのは珍しい事だった。学園長という要職が名誉職なのかというとそれもまた違う。単に彼女の手を煩わせる案件が頻発していないというだけだ。だから普段は週に一度訪れるか訪れないかという程度らしい。

 今回、そんな彼女を煩わせたのは、私であり、エリザであった。


『貴君から話を聞きたい』


 今朝方、寮でさて今から錬金術師の所へと思った所に呼び出され、今に至る。

 洞穴入り口の対面に位置する場所に造られた学園長の部屋。責任のあるものが一番危険な場所にという危機管理的にはどうなのだろうと思うような配置だった。が、それも自負の表れなのだろう。


「さて……」


 豪奢な机の向こうのこれまた豪奢な椅子に座るその姿を見ればお堅いと称される印象が確かだというのが分かる。自然と私も……そして同じく呼び出されていたエリザも背筋を伸ばしていた。私達より一回り程上の年齢の割には、見た目は少し上ぐらいにしか見えない。だが、若く見えても、貫禄だけは年相応かそれ以上だった。眼鏡を掛けた姿を見れば図書館にいてもおかしくないような学者然としているが、しかし覗く腕などはやはり武官のそれ。しなやかな無駄のない筋肉のついた腕は剣を担う者のそれか。

 そんな彼女を前にして、どこか緊張した様相を示してしまったのは致し方ない事だろう。つい先ほど、エリザと朝一で顔を合わせた時に、手を振り合ったのがもう遠い日の事のようだった。


「何もそこまで緊張せずとも良い。いくら料理屋の審査員をさせられているからといって別にとって喰うわけでもないしな」


 酷く真面目な顔でそういった。

 笑って良いのだろうかとエリザに視線を向ければエリザもまたこちらを。そんな私達を見て、こほんと咳をし、仕切り直す。見なかったことにした。


「貴君らにはプチドラゴンと遭遇した場所を案内して頂きたい。日時は一週間後。それまでは自殺洞穴に入る事を禁ずる。もっともカルミナ嬢に関してはそれ以前の問題ではあるが、エリザベート嬢、これは厳命である。以上。要件としてはそれだけだ。なお、リヒテンシュタイン公へは帝国からの命としてその旨早馬にて伝えている。この事に関しては貴君らには拒否権はない」


 淡々と元より脳裏で文面が出来ていたかのように滑らかな物言いだった。


「「承知いたしました」」


 その物言いに逡巡なく返答する。


「では、宜しく頼む」


 それもまた淡々と。そして即座に退出を促される。

エリザを先頭に扉を抜ければそこには既に来客が三組程待っていた。突然のその人達にぎょっとしたものの、顔に出す事もなくその方々の横を抜けて場所を離れる。朝方に呼び出された理由が理解できたというものだった。週に一度あるかないかの学園長が来園される予定だった日に、臨時で発生した案件への対応として私達との面談を行ったという事だろう。なんともはやタイミングが良いのか悪いのか。

 ともあれ、呼び出された御蔭で早朝の学園というものが体験できたのは得だった。朝もやに映える街並みは一種幻想的でさえあった。今まで見たことのないその光景に心が躍る。このもやがもっと濃く、一歩先が見えないとしてもきっと楽しさを覚えた事だろう。闇とは違い、白いもやは好奇心を煽るのだ。そんな心躍る風景の中を行き来する人達は思ったよりも多く、走っている人、散歩をしている人など色々だった。人には人の生き方がある、そんな風にその人達を見ていて思う。そんな姿を横目に見ながら、学園の外に出て漸く息を吐く。


「やはり、ヴィクトリア様は迫力がありますね」


 エリザのその言葉に頷く。

 流石にエリザも早朝から豪奢な鎧を着こんでいるわけではなく今はかなりラフな格好だった。痣は見えないものの薄着の所為でエリザの体の線ははっきりと出ており、鎧の下にこんな女らしさを隠していたのか、と感嘆すら湧く。短パンから伸びた足は細く、一見華奢に見えるが、しかし、この足が物凄い力を産んでいるのだと思えばこれまた感嘆である。

 そんな風に視線をあちらこちらとしていると、エリザがいぶかしげに私を覗く。


「な、何かありましたか?」


「いえ、エリザももう少し年をとればあれぐらいの迫力にはなるのではないかな?と思ってちょっと観察を」


「それは難しいと思いますね。やっぱり8年前を経験している人はどこか違うと思います」


 流れる様に嘘をついてしまったが、それに対して大変真面目に返答されてしまった。けれど、エリザみたいな私の目には追えないような剣閃を放つ人でも無理なのか、と思うとさてヴィクトリア様はどれほどのものなのだろうかと思うのは人情だろう。


「エリザなら、ヴィクトリア様に勝てるんじゃないの?」


 良く知らない有名な他人より、間近で見た知人を持ちあげたいのもこれまた人情。


「カルミナ、滅多な事は言わない方が良いですよ。歴戦の勇者と奴隷を比べたら駄目。それと、あれの事を言っているなら止めて下さい。あれは悪魔の、その魔法のようなものですから」


 私からすれば勇者はやはりエリザなのだけれども……。しかし、悪魔の魔法。

 魔法……。

 頭の中で反芻し、一つ頷いてから問いかける。


「魔法なの?その、恥ずかしながら私、魔法が本当に存在するって昨日まで知らなくて……ついでに魔法について教えてくれると嬉しいかも」


「実際に魔法かと問われるとそうではないと言わざるをえませんけれど、あれは頻繁に使えるものではありません。そもそも呪いのようなものですから……」


 それに対して、どういう事?とは問わなかった。遠回しな表現を使っているという事はそういう事だ。むしろ喋ってくれた方だと思う。

 エリザと話しているとなぜだかもっと昔から知っているかのような感覚だけれど、まだ昨日の今日でしかないのだ。本来ならば同郷で育った他人との出会いみたいなもので、昨日の今日で親友になれるはずもない。たまたま出会いの時に衝撃的な状況におかれ、それを一緒に解決したという経緯があるからこうしてざっくばらんに会話しているが、他人が早々に超えてはならないものは確かにある。


「ふむふむ。……それで、エリザ、奴隷と比べたらいけないよーなんて言って、それって立場が違えば勝てるって言っているようなものじゃないの?」


 だから、この場は話を逸らして茶化して終わろう。


「あ、いえ……そういう意味では……」


 あたふたするエリザをからかっていれば次第エリザの表情が明るくなってくる。まったくもうこの子は、とまるでお姉さんがいたらこんな感じなのだろうなとそう思えるような優しい笑顔だった。


「何だかカルミナに誤魔化された気分です。まぁ良いとしまして、魔法についてでしたね。見ての通り……といっても今は、剣がないですけれど、私根っからの剣士なので魔法に関してはさっぱり。エルフ属だっていうのもあるのだけれどね……いえ、こればかりは言い訳ですね」


 確かにエルフ属であれば血液が燃えるのだから態々魔法というものを覚える必要もない

魔法にそれほどの効果がないのならば、だが。


「…………」


「なに?何か物言いたげだよね?」


「いえ、特に。単に考え中なだけです。どうしたものかなぁと……」


「どうしたものというと?」


「今日の予定です。ここで魔法の話が聞ければ後は錬金術師の所へ行ったり、武具屋さんに行ったりの予定だったのですが……」


「なるほど。魔法に関して知りたいと……だったらちょうど良いですね。良く使っている武具屋が錬金術の御店もやっているのですけれど、そこの御店の人が魔法に詳しいの」


「ちょうど良いというのは?」


「昨日壊しちゃった剣を直して貰いにいかないといけないから」


「それのどこが……」


「さっきの洞穴禁止令ですね。洞穴内での依頼は入れてないのが幸いなのですが、私にとっては一週間まるまる時間が空いたという事でもあるのです。休息日を昨日にしていて今日から依頼を探そうと思っていたから……」


 さて、どう返答したものかと思っていれば、小首を傾げてじーっとこちらを見つめてくるエリザがそこにいた。私、暇なんですよ?と言いたげだった。これはもしや意趣返しのつもりなのだろうか?


「案内、宜しくお願い、エリザ」


「はい、任されました」


 朝もやに刺す陽光、それに映える彼女の表情はとても嬉しそうだった。


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