第1話 神様だって泣きたくなるこんな世界で
この物語は百合成分43%でできております。
1。
『人間の神様は悲しみに泣くんだ。この地震は神様の悲しみの表れだよ、カルミナ。だから、怖がるんじゃない。笑って過ごすんだよ。そうすれば神様も笑顔を見せてくれるのだから』
そう語った父が亡くなったのはそれから3年後だった。地震による建物倒壊に巻き込まれ重体。その後、半年は生き長らえたものの看病の甲斐なく永眠した。母もまたそれに続いた。仲の良い夫婦だったと、葬儀の時に村の皆がそう語った。
父もそして母も最後の時まで痛み抱えながらの死だった。痛みと、死に至る事への恐怖に怯えながら、それこそがこの世界で唯一の不幸であると言わんばかりに歪んだ表情で世界を後にした。神様の悲しみをその身に受けて、そのあまりにも大きな悲しみにあてられてしまったのだと、そう思う。人は他者の想いを想像する事しかできない。身振りや表情から推察する事は出来てもそれは結局想像でしかない。だから、人ではない神様の想いなど唯の人間には到底理解し得ず、その悲しみも人の中に収まりきるものではない。きっと、そういう事なのだろう。
他の被災者と同じく簡単な葬儀を終え、私は、旅支度をする。
「おい!どこにいくんだこの薄情者!」
倒壊した自宅の中から頭陀袋を引きずり出していた所に声を掛けられる。
地震発生から早半年が経っているがまだまだ瓦礫の処理も追いつかない。この小さな貧乏な農村には金も人手も全く足りない。だからそれも致し方なし。そんな貧乏な村の小さな家の倒壊で押しつぶされた両親は酷く不幸だったのかもしれないとそう思う。
「どこって……領主様に買って頂いたのだから領主様の所に決まっている」
作業を止める事なく口にする。
私には僅か半年とはいえ両親の看病をする物資も金もなかった。地震前までは家畜や野菜で賄えていた家計もそれらが失われた状況では得られるものも得られず。そして両親を見殺しにする事もできず、私は私の身を売った。
リヒテンシュタイン公。
帝国一の領主様と噂高い……といっても村娘の私の聞く噂の範囲などたかがしれているが……名領主。帝国内では珍しい女領主様。皇族の覚えも良く、その権力は皇族に継ぐとさえ言われている。故に領主様への批判的な声も多い。それもこれも領主様が多くの奴隷を集め、下々には分からぬ事を行っているからだろう。それを皇族に宛がっているのではないか?との噂もあるがそれもまた噂である。結局、村娘の認識なぞそれくらいだ。だが、それで十分だった。私にとって重要なのは領主様がいつでもいついかなる時でも奴隷を買い取っているという事だけ。
可もなく不可もなくといった容姿の私が奴隷として買い取って頂けるかと些か不安であったものの訪れた先で即座に私は買われた。
得た物は治療費と生活費に充てる金子と、少しばかりの猶予。
それで私の未来は買い取られた。
「ふざけるなよ!この村を見捨てるってのかよ?!」
男のくせに甲高い耳触りな声だった。煩わしい声だった。この声は、とようやく瓦礫の下から取り出せた頭陀袋を畳み、片付けながら振り返る。
村一番の強者……と呼べば良いのだろうか。確かそのような事を以前聞いた記憶がある。発達した筋肉、私の倍はあろうかという背丈、手や足は長く、精悍な顔つきは見る者が見れば大層お気に召す美丈夫と言えよう。
事実、地震前までは彼は両手に花を地で行く存在であった。このような小さな村では力の強い者が正義である。農耕にしても狩猟にしても彼は大層活躍していた。強い子孫を残すための子種は誰もが欲しがる。だからこそ彼に従う女は多くいた。祭りの時には誰彼構わず交わりを繰り返していたとも聞く。いいや、それは違うか。それは唯のこの村の風習だ。
齢十六を迎えた者はその儀に参加するという下らない風習。小さな村を維持するためと言えば綺麗にさえ聞こえる。しかし、現実はただの一方的な肉の交わり合いの場。男共の放つ精でその全身余すところなく汚される。それがこの村の風習。この村で生まれた女はそれを宿命付けられている。全く酷い宿命もあったものだ。それならば何処かにいる凶悪なドラゴンの生贄になった方がまだましだと思う。しかし、だからこそ、強い者には早々につき従いその儀式の前に子を成そうとするのもまたこの村の女事情。相手の子が得られない場合には望まぬ者の子を成す事もある。事実、私の本当の父親は先日まで生きていた人ではない。全く、似ても似つかないのだから。一体どういう気持ちだったのだろうか。好きあって婚姻を結んだのは良いが違う男の子を育てるという気持ちは……。
「既に売買契約は結ばれている。最後の時まで看病した。それで名ばかりとはいえ育ててくれた恩は果たしたわ」
そうでなくても十六になる前に村を出るつもりだった。それが少し早まっただけの事。
「そんな契約なぞ知ったことじゃない!お前がいなくなったらこの村はなくなるんだぞ!大人しくしてりゃ優しくしてやるからさ。今からでも遅くない」
本音もそこまであけすけだといっそ清々しかった。
その表情は対照的に反吐が出そうな程だったが。
村長や偉い人達に依頼され、さらに生き残った村の若い連中に支持されるためにこうやって私を引き止める役を買って出たのだろう。どうせ私もすぐに言う事を聞くとさも言いたげだった。
きっと女など性欲を満たしていれば子供を産む家畜だと思っているのだろう。
そんな村だからこそ私は出て行きたいとそう願った。村を存続させるためだけの家畜になど成る気はなかった。それが例え、身売りをしてでもだ。
地震により出た死者数は十と四。
その内女が八。小さな村にいる女の内、私を除いた全てだ。補充しなければ後は緩やかな滅亡。こんな特産物もない閑散とした村に嫁に来るものなどいるわけもない。閉鎖社会でこき使われ、祭りの余興に身を捧げたい女なぞいるわけもない。
「領主様との契約は絶対です。もっとも、貴方に連れて行かれたとしても……これですからね」
言いざま、苦笑しながら下履きを降ろす。
すとん、と落ちる下履きの中を鈍い色の金属が覆う。
「どうです?領主様が作られた魔法の貞操帯です。外せるのは領主様だけ。それ以外の者がこれに触れた場合電撃が走ると聞いております。嘘か真か、貴方に試して見る勇気はありますか?これを壊して、それでも襲いたいならどうぞご自由に。後に待つのは領主様の報復ですがね。それが今のこの村にとってどれほど大きな打撃を与えるか、さすがの貴方も分かるでしょう?」
美しい装飾の施された金属は純潔の象徴。
安い村娘の持つ唯一高価なものだった。それがなければきっと、両親の治療費も払えなかったに違いない。名ばかりの両親だし、最後には苦しんだまま逝かれたのは些か物申したかったけれど……それでも……
言葉を聞くことは出来た。
『神様の悲しみがこんなに辛いとはなぁ……なぁ、カルミナ。それでもお前だけは笑ってくれると、お父さんは嬉しい』
だから、笑って告げる。
「さぁ、どうします?村一番の力自慢さん?かつての花達のように私もその隣に並べてみますか?」