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手紙  作者: けせらせら
1/10

手紙・1

 お久しぶり。

 私のこと、まだ憶えている?

 忘れたなんて言わないでね。

 修平さんとは仲良くやってるかしら? あなたと修平さんが結婚してから、もうすぐ一年になるわね。あなたと修平さんとの関係を知った時は、あまりに突然すぎて私も驚いちゃった。二人がそういう仲になっていたなんてちっとも知らなかったから。

 佐恵子はてっきりもっと違うタイプの男性といっしょになるものだと思ってた。だって、私があなたに修平さんを紹介した時の佐恵子の顔ったら……。すっごい嫌な顔してたもの。それがたった半年で気持ちがクルリと変わってしまうなんてね。それとも第一印象が悪かったぶん、余計にあなたの心のなかに修平さんのイメージが強く染みついたってことなのかしら。

 結婚式には行けなくてごめんなさい。今思うとあなたのウエディング姿をしっかりと見ておけばよかったと思うわ。なんといっても私が二人の出会いを作ったんですもの。もう過ぎてしまったことだから、今更言っても仕方ないわね。

 でも、あの時は本当にショックだったのよ。私から修平さんを盗ったのが、よりによってあなただったなんてね。

 修平さんが別れ話を持ち出したとき、私は何がどうなってしまったのかまるでわからなかった。

「俺、結婚することにしたんだ。だから別れてくれないか?」って笑いながら……。彼ったら、本当に笑っていたのよ。そんなのある? そりゃあ、彼の様子が違うことくらい私だって気づいていたけど。

 私だって本気で彼のことを愛していたし、彼との結婚を望んでいたのよ。その私に対して、しかもあんなふうに笑ってなんて……。まあ、こんなことをあなたに対して言ったところで仕方がないことね。あなたにとってはただの負け犬の遠吠えにしか聞こえないでしょうね。

 でもね、これだけは信じて欲しいの。私はあなたのことが好きだった。誰よりも大切な友達だと心から思っていたわ。だからこそ、あなたに修平さんを録られたことはすごくショックだった。あの時は、あなたのこと殺してやりたいくらい憎いと思った。

 それでもあなたは私の親友だった。

 この手紙、あなたのためを思って書いたつもりよ。あなたが傷つくのを見たくなかったから。

 あなたと彼が結婚してからもうすぐ一年になるわね。

 最近、彼の様子がおかしいことに気づかない? 気づかないならそのほうがいいかもしれないわね。

 あなたの幸せが壊れないことを祈っているわ。

 気をつけてね。

 彼はあきっぽい人よ。


           西尾 由紀子


 西尾佐恵子はぼんやりと部屋の真ん中に突っ立ったまま、その手紙の文面に呆気に取られていた。

(何よ……これ)

 読み終わった後も、しばらくの間動くことが出来なかった。ただ、しだいに血の気がひき、顔が青ざめていくことを自分でも感じ取っていた。

 手紙を持つ手が微かに震えている。

 佐恵子は改めて手紙の最後に書かれた名前を見つめた。


「西尾由紀子」


 佐恵子の知っているのは「間山由紀子」という名前だった。

(わざと西尾(彼)の名前を付けてよこしたんだわ)

 だが、そんなことはたいした問題ではなかった。

 なぜなら間山由紀子は死んでいるのだ。一年前、佐恵子と西尾修平の結婚式の日に、自宅のマンションの一室から飛び降りて。

 もともと修平と付き合っていたのは由紀子のほうだった。

(これは由紀子からの手紙なんかじゃない。そんなはずがない!)

 佐恵子は手紙をテーブルの上に投げ出すと、ふらつく体をいたわるようにソファに腰を降ろした。しかし、その視線は真直ぐにテーブルの上の手紙の文字に向けられていた。白い封筒に白い便箋。そこに書かれている癖のある文字。この文字は確かに由紀子の字だ。大学時代四年もの間、佐恵子は友人である由紀子の文字を見続けてきた。夫である修平の文字を間違っても由紀子の字を見間違うはずがない。

(なんなの! これは)

 この一年間は佐恵子にとって幸せとは言い難いものだった。一年前のあの事件は、佐恵子にとって忘れることの出来ない大きな傷になっていた。深夜、由紀子の夢を見てはうなされることもあった。修平や友人達のおかげでやっと忘れかけ、これからやっと幸せになろうとしているというのに……。

(どうしてこんなに私を苦しめなきゃいけないのよ!)

 怒りにも似た感情が心の底から滲み出てくる。だが、それをどこへぶつければいいのかわからず、佐恵子はぎゅっと拳を握ってソファを叩いた。

 本当に死人が手紙を?

 バカバカしい。誰かのいたずらに決まっている。

 頭のなかではそう考えることが出来ても、心はこの手紙に捕らえられてしまっている。

 忘れてしまおうと思った。だが、その思いとは裏腹に、佐恵子は手紙に手を伸ばすともう一度読み始めた。それが自らの不幸の始まりとも知らずに。


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