07
探している
無意識に
大切な何かを、
探している
×××07×××
あの負け戦から早1週間が経とうとしていた。
人の記憶とは、あまりにも儚いもので。
あの時あじわった痛みさえも忘れ、既に次の戦いへと人々の思考は流れつこうとしていた。
「隊列がずれている!やり直せ」
低い声が小高い丘の上から響き渡る。
男が右手を上げれば、平地に整列している騎馬隊は一定のリズムで直進し、男がそこから更に右手を右側に45度下ろせば、騎馬隊も同様に45度回転する。
丘の上で黒馬に跨った男は、その様子を見て頷く。
それを見て、隣に控えていた男も頷いた。
「テルア……どう思う」
「そうですね、前回の敗戦の原因は魔術にもよりますが…それでもまだ…どうしても左翼が弱い様に感じます」
「………………」
「私が、左翼に入るのはどうかと」
「いや……、お前は隊の一番後ろについてもらう」
「その様でしたら……全体的な人員増補が望ましいかと」
「そうだな…今回の戦で馬に乗れなくなった者もいる。…近々公募を行う。準備を頼んだ」
「はい。今日の騎馬練習は、これで終わりにしますか」
「………あぁ。午後は、治療と座学を並行して行うと伝えておけ」
「はい、わかりました。ローベルト様」
冷たい風が、頬を刺す様に吹き抜ける中、ローベルトは愛馬の首筋を撫でながら、ゆっくりと馬屋へ向かう。
敗戦は、敗戦。
負け将軍としてこの首を飛ばす気でいた。
しかし、王からはただ療養するようにと仰せつかっただけで。
王の寛大さに感銘を受けながらも、ローベルトは心の何処かで生き残ってしまった己を責めていた。
何人もの部下が命を落としていった今回の戦。
もう二度と戦場に出れなくなった者もいる中、自分はこうして今、生きている。
もし、あの時。
決して騎士にその様な言葉が許されないとしても、思わずにはいられなかった。
音もなく、深いため息をつき髪を掻き上げる。
金色の瞳がぐらりと揺れた瞬間だった。
ローベルトの視界に、無数の白い花びらが風と共に舞い上がる。
何が起こったのか解らなかった。
とっさにその花びらが舞い散る方向を向けば、そこには目を疑うほど美しい光景が広がっていて。
庭の真ん中に、両手いっぱいの花を持ち空を見上げる少女。
その髪は太陽の光にあたって透き通るような黒茶色。
下女なのだろう。紺色のスカートがふわりと風で揺れていた。
一瞬の後、こちらの気配に気づいたのだろうか。
少女がローベルトの方をみて一瞬目を見開く。
少女の瞳は、美しい色。
それは、エメラルドの。
「っ………、」
ぎゅっと、心臓が締め付けられるような感覚に襲われる。
気づいたらその少女の腕をつかんでいた。
「あの……私が、何か…ご無礼をしてしまったので、しょうか」
これまた透き通る声が空間に響く。
彼女の腕から花びらがはらり、はらりと緑の大地に落ちてゆく。
何があるのだろうか。
何故か、心の何処かでこの少女を探していたのではないかという感覚に襲われる。
今まで下女に話しかけることなど全くなかったのに。
「………騎士、さま……?」
見上げてくる瞳に映る己の姿は何と滑稽で。
「……………」
もう片方の手で、彼女の持っていた花の一つをゆっくりと取る。
その様子を不思議そうに眺める姿。
「私は………何か、大切なものを探しているのかもしれない」
「……え……?」
なめらかな髪に、一輪の花をさしいれた。




