04
貴方と、出会って、しまった
×××04×××
「じゃぁ、俺たちは馬の誘導をしてくるよ」
「お願いしますっ…!」
床も壁も石でできた地部屋には多くの騎士達が担ぎ込まれていた。
いたるところで血臭が漂い、うめき声が聞こえる。
魔術師と神官達は、怪我人たちに向かって呪文を唱え続けていた。
リアは、比較的軽い症状の騎士の腕に包帯を巻きながらその光景をちらりと見る。
怨念なのか、呪詛系の魔術がかけられているのか。
騎士の中には何かに脅え、悲鳴を上げる者も数多くいる。
せわしなく下女が、水汲みや軽傷者への手当を行う。
「っ、……すみ、ま…せん」
「はい、どうされましたか?」
ふと、手当をおとなしく受けていた騎士がリアに声をかける。
「お願いですっ……隊長をっ、隊長を…助けてください」
「え………?」
「まだ…、帰還されて…ないん…です。俺たちを、助けるために……まだ…」
「……まだ、戻られていない…?」
「はい…あの方は、まだ、戦場…に…」
「……………っ!」
何故だろうか。
急に背を駆け抜ける悪寒。
止まらない震え。
リアは自らの掌をぎゅっと握り、立ちあがる。
「っ、どうぞ…安心されてください。騎士団に伝えてきます」
そう言って早足で石段を上がり、エントランスに続く木製の重い扉を開けた。
どうしたんだと、いうのだろうか。
自らの身体が何かに震えていた。
あの場の雰囲気に酔ってしまったのだろうか。
あの、負の流れに。
エントランスに出ればガラス張りの天窓から月明かりがさしこみ、床の大理石と金の装飾を美しく反射させていた。
まるで全く違う世界の様な神聖な空気を胸に吸い込む。
いつもであればこの時間は宿舎に戻り、早朝からあるお勤めの為の準備をしている時間だ。
早く、騎士を探して事実を伝えねば。
扉をはさんだ向こう側にいるはずの衛兵に声をかけようと、大扉を見据えた瞬間だった。
一斉に無数の何かがリアめがけて飛んできた。
「っ、なに……?!」
何もできなかった。
本当に瞬間的で。
目を瞑って、その感覚に脅えていたら何時までも貫かれるようなことはなく。
その代わりに充満する血臭。
目を開ければ、目を疑うような光景が広がっていた。
黒髪で、黒い防具、黒いマント。
「っ……、逃げろっ、」
低音の声が響き渡る。
リアの目の前に立ちはだかった男のマントに刺しゅうされた紋章はまさしく、我が国グランディア帝国のもの。何処か、全体的に赤黒く染まっているものの黒の衣装を身にまとっているという事は…。
「……騎士、隊長……様…?」
「逃げろと言ってるだろうがっ…!」
金色の瞳が細く歪められ、リアのエメラルドの瞳と対峙する。
「っ、でもッ……!」
更に風と共に無数の黒い針のようなものが二人にめがけて突き刺さる。
男は、剣でそれをなぎ払う。
何故、この城内まで敵と思われる魔術が届いているのか。
この城の魔術師達によって、門からこちらは全て防御の布陣が敷いてあるはずなのに。
「っ、がはっ…うっ……」
突如、男がうめき声を上げる。
ぼたぼたと生々しい血だまりが真っ白な大理石の床に溜まっていた。
「っ、ひっ……」
誰がどう見ても目の前の男は、今にも息絶えそうなほどの出血だった。
外傷もひどいが、何より術が彼の体内で蠢いているのがリアの目には見える。
これは、かなりの難しい普術式。何より、この国内のものではないのが明確だ。
「人を、人を呼んでまいりま「っ……待て…」
走ろうとすれば、ひかれる腕。
もうそんな力なんて残っていないはずなのに。
どうしても、リアには振りほどけなかった。
「っ…私のことは…いい…私に回す分の、治療を…部下達にっ……」
「っ、何を……今、それが必要なのは貴方様ではないですかっ!?」
「………討伐、できなかった…その、罪は、全て…この…ローベルトに…」
徐々に、弱まる力。
でも、振りほどけない腕。
目の前で、終わろうとしている命。
ぽたり、ぽたりと気づけば頬を何かが伝う。
金色の目が、かすかにこちらを見上げていて。
「泣く、な……」
掠れた声で、血のついた指でリアの頬を撫でる。
「すまない…お前に……人の死を…見せて…しまう…」
「っ………」
あぁ、駄目だ。
どうして、こんなに国を、部下を、そして、私みたいな下女を思いやることのできる方が、死んでしまうのか、いや死んでいいはずなどない。
ぐっと、奥歯を噛み締める。
震える指でそっと彼の頬に文字を書いてゆく。
私はあの日からずっと、日影で、地味に暮らしたいと願ってきた。
二度と、使う事がないように
もう、二度と起こさないように
それでも、
『全血統を持って、ここに呼びさませ』
リアのまわりを魔力によって浮かびだされた光る文字が取り囲んでゆく。
『浄化し、再び彼に祝福の音を奏でたまえ』
『エルメリアの名のもとにおいて、全てを再生せよ』
お母様、ごめんなさい
眩い一筋の光が天を刺した。




