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『私』はいつも、ひとり


時には暗い闇の中

時には何もない真っ白な中


でもね、今は違う

だって貴方達だったから



×××37×××



深く、暗い、暗い海の中を歩いていた。




「あぁ、暗い…な」


真っ暗な闇を、足音もなく歩く。

声が反響しない、不可思議な空間だった。


ローベルトは、歩いていた足をゆっくりと止め、虚空を見つめる。

最後に見た彼女は酷い顔をしていた。涙と、苦しそうな表情の彼女が何かを必死に叫んでいたのが今でも脳内に残っていて、どうしてもその残像が離れない。



彼女は生き残ることができただろうか。

彼女は幸せになれただろうか。

彼女は――――――――



無意識に、苦笑にも似た笑みがこぼれる。


「あぁ………リア」


触れた自らの胸元には、血液がこびりつき硬くなったものの彼女から貰った刺繍がしっかりと存在していて。傍に居ることが嫌ではなく、寧ろ好ましい存在になっていた。

彼女に、幾度となく救われた。彼女の声が、纏う空気がそして、あの美しいエメラルド色の瞳が。




『………ありがとう』

「っ………、」



脳内で再生された場面がローベルトを一気に奈落の底へ、つき落す。あの建物の中で、彼女の母親の心臓をこの手で貫いた時、その女性は美しくそして儚げに笑っていたのだ。


「………エスタール女史…何故、貴女は…あのときあんな言葉を…言ったんだ…」


ずるずると、座り込み頭を抱え込む。にっこりと細められたエメラルドの瞳がぐにゃりと歪むと同時に脳天を突き刺す様な痛みが、ローベルトを前触れもなく襲った。


『……何故殺した』

「っ…………!」

『『何故、殺した』』


ぐるりと、ローベルトを囲むように多くの人々が集まり口を開いてゆく。子どもから老人、農民から貴族まで。男女関係なく、数えきれない人間がローベルトに向かって恨みや憎しみの言葉をまるで槍のように投げかけてゆく。


『生きたかったのに』

『お前が私の幸せを奪った』

『憎い、憎い、憎い!』

『呪ってやる』

『地獄に堕ちろ』


今まで生きてきた中で、どれだけの人を殺したのか解らない。

自らを守る為に、国を守る為に、多くの犠牲を…この自らの手で作り出してきた。

だから…恨まれるのも致し方がない、それだけのことをしてきたのだから。

無意識にかみしめた唇は、生々しい血の味しかしない。


(俺だって、生きたかったから)

(幸せがほしかったから)

(辛くて、痛い、苦しい)

(何度も何度も神に祈った)

(闇に堕ちたくない)


『兄さん…』

「っ……!」


突如、一瞬の風が駆け抜ける。


「ローベルト様……」


優しく、暖かな温もりがローベルトの肩を後ろから抱きしめる。


「……っ、リア……?」


振り向けば、茶色の髪をふわふわと風になびかせ優しくほほ笑む彼女の姿。

目の前の少女はゆっくりと片手をローベルトを取り囲む人々に向けてなびかせる。一瞬にして吹き飛ぶ景色、深海の様な所にいたはずなのに急に視界は明るくなり、地面一帯を草木や色とりどりの花が覆っていた。



「貴方は……悪くない」

「っ……」

「誰も、悪くないの」

「っ……すまない、すまないっ…!」


抱きしめた、彼女の細い体を骨がきしむほど抱きしめた。

生きている間に決して口にすることの無かった言葉が、次々と零れ落ちてゆく。


「っ……ただ、生きたかっただけなんだ」

「うん」

「助けたかっただけなんだ…っ」

「うん」

「殺したかったわけじゃない…」

「うん」



そろりと、そのか細い腕はローベルトの胸を押し彼の顔を両手で包みこむ。


「皆……知ってるよ。ローベルト様が思ってたこと」

「っ…………」

「だから、もう…苦しまないで」

「リア……」

「私の、瞳を…見て」


その言葉に、そろりと目を開け、目の前にある美しい顔を見つめる。


透きとおる様な白い肌、美しく伸びだ睫毛、そして青く澄んだ空色の――――――


「リア…?瞳の色が…」

「私は、彼女であって彼女で有らざる存在」


凛とした声が響きわたると同時に、空間には鳥のさえずる声や風によって揺れる植物のざわめきが響き渡っていた。


目の前の少女はローベルトの手を優しく掴むと自らの胸にその掌を押しあてる。

その行為にローベルトはおもわず、声をあげた。


「っ……!何をして……!?」

「ね?」


楽しそうに笑う表情とは対照的に、ローベルトは驚きで目を見開く。

そう、人間には必ずあるはずの心音が彼女の身体から感じられなかったのだ。


「私は、ずっと…リアの中にいるの。リアが生まれる前から、ずっとこの世界にいるのよ」

「……どういうことだ?」

「私は、魔力の中枢。この世界の魔力を(つかさど)る者。今は、リアだけど…彼女が死ねば、また私も彼女の魂を追って生まれ変わる」

「…………」

「リアの叫びは私の叫び。私の想いはリアの想い。……ねぇ、ローベルト様…。私達は、今望んでいることがあるの」


青い瞳が、ローベルトをじっと見つめる。

その澄んだ瞳は、まるで初夏の快晴の青空のようで。


「この世界から、魔法を消したいの」


「っ………?」


「今、この世界では魔術が負の力の方へ傾いてる。このままじゃ……沢山の人が死んでゆく連鎖は止まらない」


彼女の言っている事は正しい。

今回の戦争も、3年前の戦争も魔術と領地の奪い合いから始まったもの。それに、何一つ傷つくことなく間接的に、大量に殺害できる技術も魔術が源となって使われている。


「まぁ、灯りに使ったり、植物の成長を助けたり……様々な事に利用しているのも確かね。それでも…犠牲が多すぎる。私は、この世界の均衡を守らなきゃいけないの。……だから「っ…しかし…それでは」


ローベルトの言葉はリアの唇によって封じられる。


お互いの視線がゆっくりと絡み合い、

ゆっくりと離れた彼女の頬に、手を滑らせた。


目の前の少女が言うには、彼女は世界の魔術の根源。魔術をこの世から消すというのなら、目の前の彼女が消えてしまうのではないか。


「私は…大丈夫。また……生まれ変われる。リア自体は死なないしね!それに、ちょっとの間お休みするって考えればいいだけ」


にっこりと微笑む彼女は、儚げなのにしっかりとした何かをもっていて。

勢いよく立ちあがり、彼女は後ろの方に目を向け表情を曇らせる。


「もう少し……ローベルト様と一緒に居たかったけど。時間が無いみたい」

「……時間?俺は、もう…死んでいるのに?」


「私の名前は…エルメ」

「エルメ……?確か、古代語では青く澄むという意味か」

「そう!流石、ローベルト様っ」

「いや、お前の瞳にそっくりだったから…思いだしただけだ。良い名前だな…」



ローベルトの言葉にエルメは嬉しそうに頬をほころばせ、勢いよく抱きついた。バランスを崩したローベルトは花畑にエルメと共に倒れ込む。


「っ、おい!急に抱きつくな…危ない」

「ふふふっ!ねぇ、私の名前を呼んで」

「何故…?」

「いいから!早く!」


まるでそのねだる様子は、幼子のようで。


「……エルメ」

「っうん!もう一回!」

「エルメ」

「うん!」

「まだ……言わせるのか?」


はぁ、と溜息をつきながら髪を掻きあげるローベルトの姿にエルメは声をあげて笑う。

そして、一瞬名残惜しそうにしてローベルトの胸に顔をうずめる。


「もう少し、貴方とこうして…いたかった」

「……エルメ」

「私達の、『真の名』を貴方が口にした瞬間……全てが終焉を迎えます」


「ローベルト様っ……大好きです。どうか、『私』の想いを…世界に届けて」

「っ…!?エルメ!?」


ローベルトの視界がエメラルドの光によって歪んでゆく。

必死になって伸ばした掌に、彼女の指先が触れる感覚と共にローベルトの記憶はブツリと途絶えた。















雲ひとつない青空のもと、一人の少女が花畑の真ん中に立ちつくしていた。



「………また、生まれ変わるときも…貴方達に、会いたいなあ」



「ねぇ、リア」


青く澄んだ瞳が、空を見上げる。


「ローベルト様」


強い風が吹き荒れ、一瞬にしてその空間は真っ白なただの四角の空間に変化する。


「こんなに、暖かかったの…久しぶりだったよ」




「ありがとう」
































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