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35



永遠という世界があるのなら

どうか私達を連れて行って


だって、そこならずっと笑える

貴方とだって生きてゆける


ねぇ、お願い

お願いだから


いかないで

私を独りに、しないで



×××35×××



眼下に広がる大地は、言葉を詰まらせるほどのものだった。



「っ………酷い…」

「リア・フェレン…よくぞここまで来てくれた」


振り向けば、にこやかに微笑みながら歩いてくる王の姿が目に入る。いつの日か舞踏会で見たような煌びやかな衣装ではないものの、その気品溢れる仕種と存在感はやはり他の人々とは違っていた。


無意識に震える掌をぎゅっと握り、平常心を装い真直ぐ王を見つめる。

怖くないと言えば嘘になる。

彼は、ゆるく笑っている様に見えるが実際には目も雰囲気さえも笑っていないのだ。

高圧的な雰囲気がリアに襲いかかる。


そんな中も、遠くでは爆音や怒号が聞こえ人が呻く声も耳に入ってくる。

時折変わる風向きに、何かが焼けた臭いと魔力の香りがどっと押し寄せてきて、咽そうになった。



「向こう側を見てごらん、止めどない魔力による攻撃で多くの人が死んでいる。我が軍の敗北は間近という…ところが、生憎国の将来がかかっているんでね…。なんとしても、勝たなければいけない」

「私に…沢山の人を…殺せ、と…?」

「ははは、……よくわかっている。敏い子だ……、あの黒旗の集団が見えるかい?」

「黒い……?っ…!!」


視界に入るのは戦場で不規則に動く集団。

心臓が止まるかと思った。

戦場に駆け抜ける一団は、剣を振りながら敵陣へと斬り込み且つ道を切り開いてゆく。


「ローベルトっ……さま…」


無意識だった。

敵国からの魔力の気配と共に、駆け巡る閃光。まさに、それは黒く駆け抜ける集団に狙いを定めていて。


「っ、――――やめてええええええ!」


自らの叫び声と共に、リアは目を瞑る。辺り一帯を一瞬にして広まる鈍い音。


「っ………素晴らしい…、やはり…女史の娘、か」

「演唱破棄、高度な技ですね」

「………」


おそるおそる目を開けば、ローベルトの一団のまわりに半透明のエメラルド色の薄い壁がはられており一団には危害一つなかった。


戦場は一瞬にして静まり返る。

嫌な静寂、敵も味方も全てが止まった瞬間だった。


「……敵も、こちらの切り札に気が付いたようです。向こうもだしてきますよ…」

「あぁ……お出ましだ」


二人の声に、リアが真正面を向けば敵側から懐かしい魔力を感じて目頭が熱くなる。

でも、どうしてだろうか。もう、この世にいないはずなのに、どうして。


「おかあ、さん?」



莫大な魔力は確かに母のもの。しかし、何処かそれは穢れている様な、歪んだような感じに無意識に口元を押さえた。


「あの魔力は、貴女の母親から採ったものでしょう。…拡大させる為にあらゆる魔術師のものも含まれていますが………穢れた魔力ですね…。この土地ごと全てを飲み込む気ですか…!」


シュアルツの焦りを帯びた声に、王も舌打ちをする。


「見方も全て巻き込む気か…。多くの犠牲を持ってもまでも我が国を手に入れたいか…下種が…!」


ずらりと並んだ魔術師が一斉にこちらへ向かって演唱を唱えている様子が見えて、本陣に居るものは全員が息をのんだ。宙に浮かび上がる魔術文字が形を形成してゆく。


「リアさん、私達が貴女を守ります。ですから、その間に攻撃魔術を…!」

「そんなっ!こんな広大なものは」

「時間がないんです!早く!」


シュアルツと魔術師団が結界魔術を唱える中、リアは迷いながらも掌を空にかざす。



自分の魔術で、沢山の人が死ぬ

本当にこれでいいの?

これじゃ、お母さんと一緒なの?



第一弾がリア目がけて飛んでくる。閃光を放ちながら無数の矢の様なものが次々と降り注ぐ。目を開けられないほどの光が辺り一帯を包みこんだ。


「っ………、…!」


リアの目の前で何重もの防御壁が破られ、幾人もの魔術師達がその魔術によって貫かれ、死んでゆく。

ただ、目の前の人を守りたくて、ただそれだけで。


「煉獄の炎よ、反射せよっ…!」


掌を空へかざせば、真っ赤な空から無数の炎が相手の魔術師達に向かって襲いかかる。それでも、攻撃は止まない。それどころか、相手の魔術に触れた者はうめき声をあげながら、死んでゆく。


「っ……この魔術に触れれば、急激に酸化して死にますっ…!王を、もっと奥に!」

「シュアルツ…すまない」

「いえ、王あってこその国です。さぁ、早く!」

「あぁ、」


第一騎士団と共に後方へ回る王を背に、シュアルツは杖を振りかざし演唱を始める。


「シュアルツ殿っ……手が…っ」


リアが見つめた先には、片手を失くしたシュアルツの姿だった。

思わず駆けよれば、苦笑した様に頷き尚もまだ演唱を続ける。


「っ、もうやめてくださいっ…!貴方が、死んでしまう…!」

「っ…冷酷な氷よ、冷めぬ蓮よ、金色の天よ―――」

「シュアルツ殿っ…!!」


必死で止めようとしても、シュアルツは演唱を続ける。

その間にも第二弾目の魔力が激しく大地を揺らし、思わずリアもよろめき倒れる。


「っ……!」


見開いた目には、リアに焦点を定めて降り注ぐ魔術の矢や閃光。黒魔術の様な闇の雫さえも全てが自らに向かって勢いよく降り注ぐ。無意識に手をかざせば、エメラルド色の膜が壁代わりに覆うが、徐々に割れ目が入り、歪んでゆく。





どうしてこんなにも魔力を穢すの

どうして人を殺すために魔力を使うの



攻撃魔術と防御魔術を同時使う事は、さすがにリアの体力を激しく消耗させていた。しかも、日常的に訓練したわけではないリアは上手く自らの魔力を使う事に慣れていない。


「っ…………」


負の力を纏った魔力の重圧が押しかかる。

限界だった。

もう、私も…お母さんと一緒で、魔力の糧にされてしまうのだろう。



脳内に走馬灯のように色々な記憶が流れ込んでゆく。


母と笑い合ったあの日も

離れ離れになった日も

この国にきた苦しさも

同僚と笑い合った時も

友人と歩いた道も

あの人と出会った、あの場所も――――――――



「っ………リアっ……」

「え…」



リアの身体をかばう様に黒い影が覆いかぶさる。

戦場の嫌な臭いと共に懐かしい香りが鼻の奥をかすめ、思わず視界が滲む。


視線をあげれば、そこには懐かしい顔があって、声が聞こえて。



「っ…ローベルト、様っ…」


思わず、震える腕でその広い背に腕を回す。

ローベルトもそれにこたえるかのように、リアを力強く抱きしめた。

ぎゅっと強く抱きしめられる感覚に心が締め付けられるような気がして、顔をローベルトの肩に押し付ける。


「すまない……リア、すまない…」

「っ、違うんです……謝らないでくださいっ…謝まるのは、私の方なんです…」


ローベルトは、リアの頬をゆっくりと撫でた。

その行動に、リアは再び涙を流す。


彼は生きていた。生きて、今、目の前に居る。

金色の瞳とエメラルド色の瞳がじっと見つめ合い、お互い額を何度か触れさせると、そっと唇を合わせる。

暖かい体温が、お互いの命を感じさせた。

この人の傍に居るだけで、心が、気持ちが穏やかになってゆく。



「っ、私は……いや、俺は…お前を深く傷つけた。最初に、リアに真実を言うべきだった」

「っ…ちがうんですっ、私が弱いからっ……だから、貴方は、っ私を守ろうとしてくれたっ…だから」


貴方はとても優しい人だから

貴方は、私の光だから

私は、貴方の事が――――


「ローベルト、さまっ…わたしっ、っ…!」




魔術の匂いが濃くなった瞬間だった、防御壁が割れる音と共に濃くなる血臭。


何が起きたかわからなくって

真っ赤な雫が頬に飛び散って

無数の光の矢が彼の背を貫いていて



「っ、……く…」

「え…?」



不意に、リアの身体に寄りかかるようにローベルトの体重が重くなってゆく。


手が震える

リアの掌には自分のものでない真っ赤な血

今にも消えそうな浅い呼吸が、微かに聞こえる






「ローベルト、さ、ま?」




その声に答える者は誰もいなかった。





































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