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きっと、どこかで
もう一度
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「うわぁ…本当に綺麗な花…」
「本当ですねぇ~。やはり、初夏といったらこの花ですね」
初夏の午後、美しく手入れされた庭をリアとエマ、そしてお付きの侍女達が談笑しながら歩いていた。腕に、太陽の光を浴びて成長した美しい花々を抱えながら、二人は時折吹くそよ風にシフォン生地のスカートを揺らす。
リアは、花に顔を近づけ香りをかいだ。
夏の爽やかな香りと甘い花の匂いがリアを包みこみ、つい頬が緩む。
「エマさん。この花、凄く良い香りですね」
「えぇ、この花にはちょっとだけ魔術を使用しているんですよ~。そのおかげで、香りも色もちょっぴり変化するんです」
「……魔術が……」
エマの言葉にリアは、一瞬目を細めじっと手中にある花を見つめた。
薄い黄色の花は、儚げな色を見せながらも甘く、爽やかな香りだった。
世界中の魔術がこの様に、人を喜ばせる為だけに使われればいいのに。
どうして、ヒトの命を奪う様な事に使うのか。どうして、自ら悲しみを増やすことの為に使うのか。
風の音が聞こえ、鳥のさえずりが響き渡り、雲が流れ太陽の光がさえぎられる。
ふと、リアは顔をあげた。
「……どうしました、リアさん?」
「いえ……あの…なんだか、最近…城内が静かだなって…」
「え、ええ?…そうでしょうか~。気のせいですよ~」
エマの声が少しうわずった様な感じがして、なんとなく違和感を感じる。振り返り、侍女達を見ても皆一同に目を反らすだけ。何処か違和感を感じて、心音が不協和音を奏でている自らの胸に手を当てて話した。
「………エマさん、ちょっと、手を洗ってきます。お花を摘んだ時に汚れてしまって…」
「はい。では、私達は此処で待っていますね」
リアは一同の様子をさっと見ると、やや早足で城内に入る。
夏の日差しを遮断した城内は、何処かひんやりとしていて気持ちがよかった。いつもなら、城内の見回りの騎士の談笑する声ぐらい耳に入ってきてもいいはずなのに。
おかしい、何かがおかしい。
カツンカツンとリアのヒールの音だけが響き渡る。
暫らく歩くと視界に、警備の為に立つ一人の騎士の姿が入ってきた。
「っ…あの、すみません―――――――――」
リアは、ゆっくりと騎士に近づき言葉を投げかけた。
「っ……はぁ、っ……!」
静かな城内を一人駆けた。まるで、何かから逃げるように。
ヒールの高い靴を、まるでおとぎ話の様に落しても、ただひたすらに駆けた。
掌に握りしめた花は無残にも萎れて、花びらが散ってゆく。
足の裏に直接伝わる大理石の冷たさが、何の音もしない城内が、これが現実だと嫌でも告げる。
「っ……」
エントランスに入ればガラス張りの天窓から太陽がさしこみ、床の大理石と金の装飾を美しく反射させていて、まるで異世界のようで。
大扉の前でリアは息も途切れ途切れのまま、その場に座り込んだ。
「っ……、」
震えた指が、自らのドレスをぎゅっと握る。
知らなかった
『今、トゥルーサ帝国との戦の真っ最中なんです』
気付けなかった
『王様も含め、全隊、警備を除き全て戦場に居ます』
酷いことを言った
『死者も多数で、現在のところ劣勢で……何人か、隊長格も亡くなられたと』
「っ、ローベルト様っ……」
鼻の奥がツンとして、胸が締め付けられる様に痛くて。
どうして自分だけ、城内で笑いながら穏やかな日々を過ごしていたのだろうか。今も、きっと、何処かで彼は戦っているかもしれない、もしかしたら、もう。
脳内に、以前夢で見た戦場の様子が、ローベルトが先頭で敵陣に切り込む姿が現れる。
金色の瞳が、美しい黒い髪が。
「なんでっ…私っ、っ…ローベルト様をっ、信じれなかったのっ…気づいてあげられなかったのっ…」
最初に出会ったのも、この場所だった。
彼は覚えていないけれど、この場所であの人は私を助ける為に身呈して守ってくれた。
優しいのに、不器用で。それでいて、孤独で。
城から逃げ出そうとした時も、何も聞かずに助けてくれた。
最後に聞こえた、苦しそうな貴方の声は――――--『恨んで、憎んで、………生きてくれ』
最後まで、私を想ってくれていたのに。
また、大切な人を失くしてしまう。
「っ、ごめんっ、なっさいっ……っ」
リアは、ただ、ひたすら声をあげて泣いた。
******
「これは、酷い」
戦場は、血と何かが焦げる臭いとうめき声と……まさに、地獄の様な場と化していた。
「シュアルツ、トゥルーサ帝国の魔術の根源は?」
「残念ながら…3年前と、同じでしょう。以前に、第四騎士団と根絶やしにしたという考えが甘かった…、敵はすでに彼女の魔力を全て吸いつくしていたということになりますね」
眉を潜めるシュアルツに、王は声をかける。
「そうか…。では、我々にあの基地の残骸を処理させる為のものだったか…」
「はい。そして、その事を口実に戦を仕掛けたかったのでしょう」
「まんまと、手中で踊らされたわけか…」
「えぇ、それと…」
「………何だ?」
パープルの瞳が細められる。
「おそらく、エスタール・フェレンの娘が出てくるのを待っています」
「………あの娘を…?」
「えぇ、だから…彼女の感情を逆なでするような事を引き起こした」
「……ローベルトを使って、か」
「そこまで、お解りなら話は早い」
王はにやりと口元を歪ませる。
「……ティア」
「はい、ここに」
足音もなく現れたアメジストの瞳をもった女性は、男性と同様の格好つまりは男装をし、腰にはサーベルをぶら下げていた。凛とした視線が王をまっすぐに見つめる。
「………ここまで、泳がせていたのが裏目にでたようだ。……解っているよね、ティア」
「はい」
「財務長を此処に連れてきて」
「はい」
「生きてるか、死んでるか、どっちでもいいから」
「解りました」
彼女から視線を外した王は、隣に立つ男に声をかける。
「シュアルツ…」
「……はい」
「リア・フェレンの身柄は?」
「城内にて、監視をつけています」
「………そうか」
「彼女を使いますか?」
その言葉に一瞬眉を潜めた後、王は持っていた書類を放り投げた。
「……死者の数は、日に日に増している。第二騎士団は潰滅、第三騎士団も危うい状況。…彼女は、魔術を本当に使えるのか?」
「はい……この目で確認は済んでいます」
「私の前に、連れてきてくれ」
「……はい」
二人の姿が消えた後、王はぽつりと呟いた。
「……ローベルト、お前はきっと怒るだろうな」
今も尚、外からは魔術が飛び交い、馬の嘶きが響き渡っていた。




