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物語の世界は
こんなにも眩しかった
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バイオリンにトランペット、ドラム、シンバルと様々な楽器が一つの曲を盛大に奏でてゆく。
煌びやかなシャンデリアが天井から吊られており、赤いカーペットに、金刺繍の施された上質なカーテン。音楽に合わせて多くの人が舞う様に踊り、会場の端の方では立食式の食事や酒を飲みながら談笑している姿が目に入る。
「っ……物語の中、みたい…」
「舞踏会よーっ!良い男みつけなきゃー!」
「まぁ、マーサさんったら」
会場に入った瞬間に、3人は唖然としながら目の前の光景をみていた。いたるところで、男女の会話に華がさき、美しく着飾った娘や礼装の男はいつもよりも数倍美しく見えるではないか。ここは、本当の世界か。物語の世界ではないのだろうか。
その豪華絢爛な光景にただただ、立ちすくんでいた3人に後ろからアメジストの瞳を持った女性が微笑みながら話しかける。
「では、私はここで失礼いたします」
「っ…え…」
「王様に呼ばれておりますの。皆様、この場は身分などお忘れになって最後までお楽しみくださいませ」
淡々と述べられた言葉に「ちょっと…」というリアの声も虚しく、複数の侍女達を引き連れて去ってしまった彼女の背を見ながら小さく溜息をついた。それと同時に隣にいたマーサが目を輝かせながら駈け出して行く。
「じゃ、私は良い男探してくるわっ!」
「マーサっ!?」
「マーサさん、割と本気みたいですよ~」
のんびりとしたエマの声が男女集団の中へ溶け込んでゆくマーサをおくる。その姿を見て、何の合図も無しに二人はお互いの顔を見合って笑いあった。
「マーサの気の強さに耐えれる男性っているのかしら?」
「そうですねぇ~。でも、こんなに沢山の男性がいらっしゃいますから、上手く中和してくれる男性もきっといるはずですよ~」
「それも、そうね」
のんびりとした雰囲気の会話に、テノールの良く響く声が少し遠慮しがちに割って入ってきた。
「………エマさん…?」
エマと一緒に振り返れば、そこには茶色の髪のふわふわとした猫っ毛の青年が立っているのが目に入る。身長は自分と変わらないぐらいか、男性の中では確実に低い方でるのは明確だ。
「……あら、こんにちわ」
「やっぱり!エマさんだったんですねっ…!下女になられてからは、全然会えなくてっ、俺っ」
感激のあまりに目を潤ませながらエマの手を握る青年に、エマ自身はまるで人形の様な美しくも完璧な笑顔で言葉を発する。この笑みは、以前エマのお気に入りの本を他の下女がバケツの水で濡らしてしまったときのものと一緒だ。リアの背に無意識に悪寒が走る。
「ここでは込み入った話もできないですから……リアさん、少し席をはずしますね」
「えぇ…積もる話もあるだろうし、ゆっくりしてきてね」
「ありがとうございます」
その青年をすたすたと連れていくエマの姿を見ながら、内心青年を憐れみながらリアは苦笑する。
「……一人になっちゃったか…」
相変わらず華やかな世界を見ながら、リアはいつの間にか壁の華と化していた。支給にもらった上質なシャンパンを飲みながら会場の様子を観察する。皆が着飾っていて、一見全員が貴族の様にみえるが実際は下女時代に出会ったことのある人や騎士などが数多くいたことに驚いた。
そんな中、知り合いでもそうでなくてもリアに向かってあいさつをしてくる者やダンスに誘ってくる者は数多くいた。しかし、男性達にリアは笑顔であいさつはかえすものの、ダンスだけは頑なに断っていた。
この会場に入る前に決めた、「ローベルトの為に」も、ここは上手に華麗に踊るのが最適なのだろうが、今まで生きてきた中で一度もきちんとした舞踏をしたことがなかったためその気にはなれなかったのだ。
「まるで、宝石のような瞳を持っている」
ぼうっとしていたリアの目の前にひとつの影がおちてくる。
「っ、え?」
「美しい、私と共に一曲踊っていただけませんか」
「いえ…そんな…」
声につられるように顔をあげれば、そこには灰色の髪の毛を美しく後ろに流したレヴァンの姿があった。知り合いに会えた安堵の笑みが、思わず零れ落ちる。
「っ!レヴァン様っ…!」
「こら…様はつけないでくれ」
「あ……えっと、レヴァンっ、レヴァンも参加してたんだ」
「騎士団長が、少しは休めって言ってくださったんだ。数人を除いて、騎士団の奴らは皆来てる」
純白の第一騎士団の礼装を身に着けた彼の姿には、男女からも多くの視線が集まっているほど美しく、まるで物語から出てきた様な理想の騎士そのものだった。
「リア、俺と一緒に踊ってくれないか」
「……私、今まで踊ったことがないの…だから…」
「俺が、ちゃんとエスコートするから」
「でも………」
優しい笑みは、リアの心を揺さぶる。
不安だが彼に任せれば不器用な自分でも上手く踊ることができるのではないだろうか。
少しの間の後、リアが真直ぐな瞳でレヴァンの瞳を見つめる。
「レヴァン……」
「ん?」
「私、全然踊れないけど…それでもいい?」
「もちろん、美しい姫」
純白の手袋をはめた掌がリアの目の前にさしだされる。
美男美女の夢の様な光景に、周りの人々はまるで物語を見ているかのように2人の様子を見ていた。
リアはそんなことになっているとは全く気付かずに、彼と対照的な真っ黒な手袋に包まれた己の掌をそっと、彼の掌に添えた――---その時だった。
音楽がより一層盛り上がり、盛大な音色が奏でられ、踊る人々が次々とターンしてゆく。
光が輝く
音が響き渡り
空気が変わった瞬間だった
大扉が開き、礼装に身を包んだ集団が入ってくる。
リアのエメラルドの瞳に黒い影が映った。




