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真っ黒な闇の中

エメラルドの輝きは、色褪せない





×××28×××




ローベルト率いる第四騎士団と魔術師団の一行が城を出てから早2週間が過ぎようとしていたある日、城内は急に慌ただしくなっていた。下女はもちろんのこと、侍女達や重役たちも忙しなく廊下を行き来する。


そんな中、リアも(あるじ)の居ない部屋で衣服の準備をしていた。



「金ボタンと…、黒いハンカチと…」


急に伝令が来たのは今朝のこと。王主催の舞踏会という名の祝賀会が行われることになったのだという。本来であれば、今回の遠征に行った一行が帰還し、落ちついてから行われるものであるが、今回は違うらしい。侍女仲間のサラによると、急遽行う様に指示したのは王ではなく、財務長の強行な意見だと言う。


リアにこの事を伝えにきたサラは悪魔の様な顔をして話していた。


『だっから!あの爺…ごほん。あの大臣は嫌いなのよ!』

『いつも、この様なことがあるんですか?』

『普通はないわ!でもね、あの大臣…ローベルト様のことが嫌いなのよ。だから、時々無理難題を押し付けてくるの…ローベルト様の失脚を目論んでね…!』



主賓がそのパーティーに来ないことは王に対する不敬にあたる事にもなる上に、その者を失脚させる為の格好の理由なのだ。常日頃、ローベルトの事を良く思ってない者達は、彼が謝罪の為に(ひざまず)く姿を待ち望んでいる。




真っ黒な礼装用の軍服を出しながら、リアはほっと溜息をつく。

急な決定だったが、ローベルトが無事に帰ってくるということには変わりないのだ。それが、いつになるか解らない。ただ、それだけ。彼は、帰ってくる。この世にまだ、生きている。



だからこそ、祝賀会に間に合うように帰還するかは解らないが万全の準備をしておかなければならない。

ローベルトの礼装についている、片肩から胸部にかけて吊るされている飾り紐である飾緒(しょくちょ)は、見事な金絹で繊細に編まれていた。リアが肩章(けんしょう)を付け終えた上着をハンガーにかけ、勲章を手の中で磨き始めた時だった。



軽いノックの音が室内に響く。



「っ……ローベルト…様?」



自分が思っているよりも、足が早足になり、最後には駆け足でドアの前に向かう。ドキドキと心臓が鼓動し、ドアノブを握る手が少し汗ばむ。

旅立ちの日に見た、彼の姿が脳内に現れる。金色の美しい瞳が、じっと見上げてきた、あの時。


はやる気持ちを抑えゆっくりと扉を開けた。


「っ……おかえりなさいま」



扉を開けて、視界に飛び込んできたのは集団の女性達。その中には、何故か馴染みの顔ぶれもあった。


「リア!きたわよ!」

「リアさんの晴れ舞台ですから~」


「っ、な、なに?」


下女友達のマーサとエマの姿もそこにはあったことが、なおさらリアを混乱させる。瞳を大きく見開くリアをよそに、女性達は素早く部屋に入り、大きな箱を運び入れていた。


「貴女が、リア様ですね?」

「そ、そうですが…」


一人の侍女が背筋を伸ばし、微笑みかけてきた。その姿はまるで物語の様に美しく、洗練された動きは一般人のものではないように感じられる。アメジストの瞳が輝き、まかれた睫毛は美しいカーブを描く。真っ白な頬にはほんのりとした朱がさし、ふっくらとした唇はまるで果実の様。



思わず見とれていたリアの手を、その女性が取る。


「マクレン様から、お話しは伺っておりますので。さぁ、こちらにお座りください」

「ローベルト様から…?」

「そうよ、リア!早くしないと時間がないのに!」

「久しぶりに、リアさんの髪を触れて幸せです」

「え、ちょっと…!?」



多くの女性に囲まれたかと思うと、あれよあれよと髪は結われ、化粧を施される。ぎゅっとコルセットを閉められ、衣服を着せられ、アクセサリーをつけられ、最後に香水を振りかけられた頃にはリアはぐったりとしていた。なんせ、かれこれ20年生きてきてこんな体験は初めてなのだ。ただ、されるがままになっていれば、友人達から声をかけられる。



「リアっ!鏡をみなさい!」

「そうですよ~凄く綺麗です」

「本当に、隣国の姫に劣らぬ美しさですわ」


その声に、重たい瞼を開ける。目の前の大きな鏡に映るのは――----


大きく肩の開いたブラックドレス。胸元には輝くエメラルドの宝石がちりばめられ、Aラインドレスの腰から裾まではエメラルドグリーンに染められたレースが縫い付けられている。背にはドレープがたっぷりとつけられ、残像を残す様に美しい流れができていた。肘上まである手袋も黒、首元と耳には真珠とダイアのアクセサリ。レースと同じグリーンの薔薇がブラックレースと共にアップにされた髪につけられており、アクセントのパールが頭を動かすごとにちらりと揺れる。



「っ……凄い……これ、どうして…?」


リアの声に、女性がにっこりとほほ笑む。


「全て、マクレン様が手配したものなんです。今日の、舞踏会に、是非と」

「でも…私、侍女ですし…貴族の出身でもありませんし…何かの間違いでは…」

「いいえ」


戸惑うリアに、アメジストの瞳の女性はじっとリアの瞳を見つめる。


「……貴女で、よかった…」

「?」

「さぁ、行きましょう。舞踏会が始まってしまいます」



女性に導かれ、長い廊下を歩く。マーサとエマも、リアの身につけているものよりは幾分質素なドレスに着替えリアのドレスの後ろにたなびくドレープを持ち、歩く。

リアは何も解らないまま、黒いヒールをコツコツとならしながら前へ進む。今から何が始まるのか、不安と緊張で今にも倒れそうだった。



マーサが心配するように、今にも緊張で倒れそうな、か細い背中に問いかける。


「リア、大丈夫?」

「だ、大丈夫なわけないでしょ…っ、これは、一体っ…」

「え!?知らないの?前の舞踏会って……リアは、風邪で寝込んでたっけ?」

「そうですね…舞踏会がひらかれたのは1年前ですし~」


マーサの声に、エマはのんびりと答える。


「リア、簡単に話すと……舞踏会には種類があって、今回の舞踏会は…お祝の舞踏会なの。お城に関わる者なら、貴族でなくても誰でも参加できるのよ!」

「だから、侍女はもちろんのこと下女である私達も参加できるんです~」


嬉しそうに話す二人の声を背で受け止めながら、リアは小さく溜息をついた。


ローベルトが遠征に行く前に、「帰ってきたら話したい事がある」と言ったのはこの事なのだろうか。こういう事は、はっきり言って早く言ってほしかった。気持ちの準備というか、振る舞いの稽古というか…とにかくこんな場は初めてで。貴族ではないから、振舞い方など全くと言ってわからないのだ。




目の前に大きな扉があり、ドアボーイが立っている光景が近づいてくる。


「っ、やっぱり…私っ…無理!」

「何言ってるのよ!リア!」

「だって、…こんなの、やっぱり可笑しい…。私に、こんな綺麗なドレスなんて…」

「っ…リアってば馬鹿?」


はぁ、と目の前で大きな溜息をつくマーサは怒ったようにして、リアの額をぐりぐりと押す。



「こんな美人、隣国を探してもどこにもいないわよ!」

「っ……」

「自信持って!そうじゃなきゃ、マクレン様の面目(めんもく)がたたないでしょ!?」

「マーサ…」


にっこりと笑う目の前の友人の笑顔に、リアは思わず眩しそうに目を細める。

力強い彼女の言葉は、すんなりと心の中に落ちてきた。



私は、侍女だから

ローベルト様を立てるのが、侍女の役目



すっと顔をあげる。真直ぐ見据えたドアは大きく豪華な装飾がされている。

ローベルト様が、この城に戻られるまでは――---





リアの表情の変化に、アメジストの瞳をもつ女性は目を見開いた。

この意思の強い瞳を見たことがあった。

エメラルドの瞳で、真直ぐに物事を見つめ、自分の信じる道をすすんだ。



「……これは、伺わないと…いけませんわね」

「……どうかされましたか?」

「いいえ、では…リア様。行きましょうか」

「っ……はい」



大きな扉が開かれる。






































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