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愛を、知らない子どもは
闇を彷徨い独り泣く
自らを責めることしか知らない
×××27×××
「っ………」
頬に伝う熱い雫により意識が覚醒する。
ゆったりとした動作でベットから身を起こすも、瞳からはとめどなく涙がこぼれおちてゆき衣服に染み込んでは消えてゆく。
なんだろうか、今更昔の事を思い出すなんて。
リアは、ゆっくりと息を吸いながら明るくなり始めた東の空を見つめる。無意識に胸の所に掌を当てれば、どこかぽっかりと何か風穴があいたような空虚感が彼女を支配していた。何時にもない状態に、複雑な気持ちがわき上がる。
「……お母さん…」
誰もいない部屋に響く声。まだ、起床の時間ではないが再び眠りにつくような気分ではなかったのでベットから降り、窓に近づく。ひんやりとした床が足の裏を冷やし、意識をはっきりとさせた。
3年前に別れたきり会っていない。もちろん、もう生きているとは思えないのだけれど。
「……今のは、何だったんだろう…」
一瞬だけ、懐かしい魔力の香りがしたのだ。鼻の奥をつくような、包みこまれる様な暖かい、魔力。まるでそれは、母親のもののような。
窓の外を見れば、花々に朝露が付きキラキラと輝いていた。
世界はこんなにも美しい
世界のどこかで、毎日何かを失っても
瞼を閉じれば今も広がる、あの日の真っ赤な光景。
忘れない、忘れられない。
雲ひとつない青空が広がっていて、
また今日も、新しい一日が始まる
*****
コツコツという靴音と共に、建物の中にはいっていた一団が外へ出てきたのは、昼下がりのことだった。
「……!隊長!よくぞご無事で」
「あぁ……中に入ってからどれくらい経った」
「丸一日です。複数の国からの偵察部隊が現れ、現在魔術師による追走が行われています……おそらく、トゥルーサ帝国の者は確定かと」
「解った。……急いで帝国に戻る。何人か魔術師に怪我人が出ている、救護しながらだ」
「わかりました」
早口で述べると、ローベルトは無言で近くの川方に歩いてゆく。
テルアはその姿を不審に思い、引きとめようと手を伸ばせばそれは意図も簡単に後ろに居たシュアルツに止められた。
「テルア殿、ローベルトの事はまた後ほど。救護の手伝いをお願いできませんか」
「は、はい…ですが……隊長の顔色がすぐれないようですが…」
「水浴びでもすれば、きっとよくなるはずですから…今は…」
その柔らかくも芯のある強い瞳にテルアは、ローベルトの後ろ姿を見ながらただ頷くことしかできなかった。
ゆっくりと歩けば、靴の内部に水が浸食してくるのがはっきりと解る。
全身から血や化学薬品の匂いがする。
水で何度も何度も洗い流しても、消えない
消えない
川の中へ入り、腰まで水につかりただ水中を眺めていたローベルトは勢いよく水面を拳で叩きつけた。
はじけ飛んだ水しぶきが太陽の光にあたり、キラキラと反射する。
「っ、……はっ……っうっ」
せり上がってくる嘔吐感に、水中に膝をついて全てを吐き出せば、全身が水中につかり、口から息が漏れ、気泡が水面にむかって浮上する。ぼんやりとした目で水面を見上げれば、ぐらりと太陽の光が煌めき、消える。
掌には、剣越しに感じた心臓を突き破る感覚が濃く残る。頭上から降りかかる血液と化学薬品、その間に見えるエメラルドの瞳は切なくも美しくほほ笑む彼女の顔は――-----
「っはっ……げほっ、げほっ」
勢いよく水面へ浮上し、息を吸う。気管支に入った水はしつこくローベルトを苦しめた。
「似ている」の比ではない、もうその笑みは彼女の、リアのものだった。己の剣でエスタールの心臓を貫いたその時、己の心臓が止まったと思った。
彼女を殺してしまった、そう思うほど。
「っ………はは、ははっはは!」
突如乾いた笑いがこぼれる。何故こんなにも彼女を想ってしまったのか。家族を殺し、多くの敵を殺し、血にまみれたこの掌で彼女を抱きしめる権利があるとでも思ったのだろうか。そんなことは浅はかな考えで、ありえないことなのに。ましてや、この手で彼女の大切なものを奪った代償は大きい。
ローベルトは未だに水の滴る黒い髪を掻きあげ、空を見つめる。
「…………愚かだな…」
快晴の青空は、雲ひとつなく澄んでいた。




