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悲劇を受け入れる、覚悟があるか




×××26×××




「……シュアルツ様、これは…いったい」


魔術師の一人が怪訝な表情で周囲にある人間が入った大量の容器を見つめる。


「これが、あの人体生成魔術です。この容器の中に居る人々は、まだ…生きている。いわば仮死状態のもの。この状態で魔力を取れば、自然に彼らは骨も残すことなく消えます」

「では、この者達の魔術を取れば…」

「痛みもなく殺してあげれる?それが難しいのですよ。理《ことわり》に反して作られた魔術は、瘴気と同じぐらいの毒性ですから。触れれば最後、徐々に自我の崩壊が始まります。それと、…この者達を助けようと思わない事です」

「何故……ですか…?」


シュアルツのパープルの瞳が鈍く光る。


「……外気に触れれば、暴走する、か?」


ローベルトの言葉に、シュアルツは深く頷く。


「この技術の情報が外部に漏れないようにするために、彼らを浸す液体には複雑な魔法陣が溶け込ませてありますから。騎士達が斬っていた、先ほどの人ならざるものもその慣れ果て。任務として……これらを滅却するには容器を破壊した後、心臓を止めるしか方法はありません」


「……悪趣味だな」

「えぇ、…本当に」



ローベルトは、目線を階段の先の段上にある一つの容器を見つめる。


エメラルドの瞳とブロンドの艶やかな髪、そして白く美しい肌。資料でみたものと全くと言って良いほどに変わらない美しさ。その姿は、まるで物語の中で王子からの口づけを待つ眠り姫の様で。ただ、違うのは物語に描かれているベットではなく、何の温もりも感じられない、寧ろ全ての暖かさを奪ってしまう様な液体に入れられているところだろうか。

きっと目の前の女性も、リアと同じように優しく笑うのだ。その美しいエメラルドグリーンの瞳を細め、とろけるように。


剣の柄を握った掌に嫌な汗が滲む。



騎士団長であるローベルトを筆頭に、その場に居た全員がゆっくりとその場に(ひざまず)き、頭を垂れる。この様な苦しみの中で消えていった多くの命を、そして今も尚苦しみの途中にいる人々を想い、無言の空間で全員が目を瞑り、祈りを捧げた。



『汝らよ、心安らかに眠りにつきたまえ。全ての苦しみを忘れ、この世を忘れ、安らかに――---』



シュアルツの言葉が言霊となって空間に浮かび上がり、辺り一帯に風が巻き起こる。それを合図に魔術師達による破壊の詠唱が始まり、徐々にその声は重複し、大きく鳴り響いた。魔術師特有の不思議な不協和音に、その場に居た騎士達はその呪文を耳に入れない様にじっと息を潜め、待つ。



その間にも、ローベルトの頭に浮かぶのは自分の侍女の事。

美しいあの瞳が、声が、表情が、これから起こる事を知れば一瞬にして消えてしまうのだろう。


鈍い痛みがローベルトの胸を締め付ける。


無意識に触れた胸元には、彼女から渡された美しい刺繍。彼女を、祖国を守る為には避けて通れない運命(さだめ)を、ただ実行することしか自分にはできない。

それが、どんなに彼女を苦しめ、悲しませ、傷つけたとしても。




全ての連鎖を断ち切り、終焉へ向かわせる

三年前の悲劇を無理やりにでも終わらせ、未来への道を切り開く



大切な者を自らの手で奪う事に、慣れきってしまったこの掌で





「………リア」



その呟きと同時に、大量の人間を入れた容器が音を立てて割れてゆく。


「ローベルト!」


シュアルツの声が響くと同時に、ローベルトが剣を勢いよく抜き叫ぶ。


「全ての心臓を貫け!生き死にも関係ないっ、殺せ!!」


騎士が一斉に四方へ走り出し、剣を振るう。魔術師もそれを援護するように新しい詠唱を始め、魔法陣や言霊が空間を飛ぶ。空気がゆれ、薬品の様な臭いと血の匂いが一気に充満して、一瞬に辺りは血の海と化した。ガラスが割れる音、人とは思えない叫び声。狂乱する、血の舞踏会。


その間を、何人もの心臓を貫きながらまっすぐに目の前の階段を駆け上る。頭上からはガラスの破片が降り注ぐ。ローベルトの狙いはただ一人。全ての元凶であり、一番の不幸の下に置かれた女性、エスタール・フェレン、彼女だけ。



ローベルトの金色の瞳と、生気を取り戻したエメラルドの瞳が交差する。


「っ………」


一瞬目を閉じた後、ローベルトは自らの剣を振りかざした。




***



「おかーさん!」

「どうしたの、リア」

「今日もお仕事いっちゃうの?」


真っ白な白衣に身を包んだ母親が出かけようとすれば、リアは小さな手でその裾を引っ張った。


「ごめんね、リア。もうすぐしたら、研究が完成するの。だから…もう少しの辛抱よ」

「ほんとう?」

「本当よ。研究が終わったら、お母さんの生まれた国に行きましょう」

「!まえ、話してくれた…鳥さんも兎さんも熊さんもいーっぱい、いるところ!?」

「そうよ~。お花さんも、青空さんも皆いるの」

「わーっ!じゃぁ、リアいい子にして待ってる!」


にっこりとリアが笑えば、エスタールも微笑む。巨大な地下都市を持つトゥルーサ帝国では地上で暮らせるのは極一部の富裕層のみで大半が魔法によって生み出された人工的な都市での生活だった。


扉が閉まる。その音と共にリアの意識がぼんやりと、覚醒してゆく。

目の前には幼い頃の自分。母の帰りを待つ、幼子。


(懐かしい、思い出…)


あの頃は不便だったが幸せだった。父親は早くに亡くしてしまったけれど、私には母がいた。綺麗で、頼もしくて、ちょっとドジで、でも優しい、母親がいた。一緒に絵を描いたり、魔術を教えてもらったりした。



ぽろりと、何かが頬を伝ったと思えば一瞬にして目の前の景色が一変する。



そこは真っ赤に燃え盛る炎の中。誰かに背を押される感覚が伝わってくる。



「っ、おかあ、さん?」

「早く逃げて、リア」

「なに、言ってるの…?」

「…賢い貴方なら、解っているはずよ」

「っ……でもっ」


握りしめた掌はぼろぼろで、見ているだけで痛い。ついさっきまで、生活していた部屋が燃えてゆく。お気に入りのカーテンも、昔何度も何度も私を寝かしつける為に呼んでくれた絵本も、みんな、みんな燃えてゆく。


「……リア、お母さんね…気づくのが、遅かったの」

「っ、なん、の?それよりさ、昔話してた、お母さんの、国に、行こうよ」


その声に、エスタールは無言で首を力なく振る。


「聞いて、リア。お母さんね、この世界に……存在してはならないものを、作ってしまったの」

「…………」

「だから、ね?」

「っ、嫌っ…私も、残るっ」


崩れ落ちる柱、人を探す声

その声は徐々に、確実に近づいていた


「貴方は、私の希望……リア、」


ぎゅっと抱きしめられる感触が心地よく、涙が止まらない。


「貴方の力は、絶対に……渡しては、駄目よ」

「っ……」

「逃げなさい。これは、私達の為だけじゃない。…沢山の人を生かすか、殺すかは……あなたの魔力が関わっているの」

「っ、わたし、が…?」

「そう、だから…逃げて、絶対に捕まっては――--」


爆風と共に、一瞬にして吹き飛ばされる身体。


「っ……、………」


目を開いたその先には、とある男を囲むように立つ魔術師達と科学者達。その前には倒れた母の姿。

男の声は、酷くしゃがれていた。


「……殺すなよ、国が生きるか死ぬかはこの女にかかっている」

「あの娘はいかがなさいますか」

「もちろん捕まえろ」


「っ……ひっ!」



数人がリアの元へ向かってくる。

逃げようと思っても、震えて身体が思い通りに動かない。



こないで

こないで

こないで

こないでっ!!



一瞬の後にキンと研ぎ澄ます様な感覚、震える空気、空から降るのは。


ただ、耳をふさいでいただけなのに。

真っ赤な液体が視界を邪魔する。


目を見開いた一同と、母親がこちらを凝視していて。

恐る恐る見渡せば、ずたずたになった人間が倒れているのが視界に入る。


「私が……した…の?」



「あの(むすめ)……」

「だめっ!リアっ、逃げなさいっ!」


リアの周りをエメラルド色の転送の魔法陣が一瞬にして広がり、光を放つ。


「おかあさんっ!!」



叫び声と共にリアの姿は霧のように消えた。














































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