24
白と黒
どっちを選ぶ?
×××24×××
黒馬と白馬が並び先頭を走る。
黒馬にはローベルトが、白馬には魔術師団長のシュアルツの姿があった。
「ローベルト、貴方の胸元に美しい刺繍があるじゃないですか。ついに本命ですか」
「………さあ、な。侍女が作ったものだ」
「いいですねぇ。私は、愛しい妹からのですよ」
「……どうせ、また嫌々作らせたんだろう」
「あはは」
城を出て2時間半、ひたすら隊列を崩すことなく馬を走らせていた。時折愛馬の様子を見ては、太陽を見つめ、時間と位置を測る。
「よし、休憩だ」
ローベルトの一声で、一同は速度を徐々に落としていった。
草原の中にぽっかりと浮き出た水飲み場に、ローベルト達の一団は馬を引き連れる。長時間走り続ければ馬が潰れてしまう。予備の馬がいるからといってそれは絶対にしたくはなかった。地図をじっとみつめるローベルトの傍に、シュアルツは腰を降ろし、横から水の入った袋を手渡す。
「……すまない」
「いえ、何やら考えこまれてますね」
「……………」
朝靄も晴れ、太陽がすっかりのぼりきっていた。ローベルトの眉間に、隠そうとしない皺がよる。それを知ってか知らずか、シュアルツはただ、前を見ながら呟く。
「よかったんですか、本当のことを言わずにきてしまって」
「………」
「貴方が今からしようとしていること、彼女に言わずにここまで来て…」
「………知らない方が良いこともあるだろう」
低い声はいつもより地を這うように低く、その瞳は訝しげに細められていた。
何故、そもそもシュアルツがリアの事を知っているのか腑に落ちないが、エスタール・フェレンの事に関係しているのが、リアの存在をシュアルツが掴んでいる一番の理由であることは明白だった。
「まぁ、私は…貴方が拒否をしようとも、この任務に連れていくつもりでしたから。いいですけどね」
「………そろそろ行くぞ」
シュアルツの言葉にローベルトは表情一つ変えずに部下を呼び戻す。
「……冷血の第四騎士団隊長殿は、健在、ですか」
黒いマントを風になびかせるローベルトの背に向けて発した言葉は、当の本人に届かないまま消えていった。
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リアは、主人の居ない部屋を掃除していた。もちろん、私室は除く部分だけだが、前日街に出ていたから全く終わっていなかったのだ。いつも通りの、自分に合わない大きさのドレスを身につける。ローベルトにもらったドレスは、皺が寄らない様にクローゼットに閉まった。
「よし…!頑張らなきゃ」
雑巾を持って室内の窓全てを綺麗に拭きあげてゆく。窓枠の部分も忘れない様に、細部まで気を配りながらも一通り作業を終えた所だった。
「っ………?」
何かに見られていると直感で感じ取り、勢いよく振り返れば、何時の日か見た鷹がそこにいた。
窓越しではあるが、その瞳はじっとリアを見つめている。金色の瞳は、何処かローベルトを想わせて仕方がない。
「………貴方、だれの使い魔なの?」
リアの声が響きわたる。
その声に鷹はくるりと頭を動かしながらも、その場に居続ける。
「おりこうさんね」
少しの間目を閉じて、目の前の使い魔の魔力を探れば、それは一度対峙したことがあるもので。重くて、強い魔力の持ち主。
「………シュアルツ・ルーア魔術師団長…?」
そう呟けば、一瞬にして消える鷹。
「なんて、芸の高いことをしてくれるのかしら…」
私は、逃げないのに。いや、逃げれないのだ。そっとリアは掌で顔を覆う。彼が、ローベルト様が、帰ってこなければ逃げようとも思えない。それが今の自分だった。
「いつから、こんなに…弱くなったの…」
恩人といっても、彼も軍人。私に軍事的利用価値があると知ったらきっと直ぐにあの瞳には、私が私ではないものに映ってしまうのだろう。それは、仕方がない。彼も国を守る人なのだから。ふっと口元が緩む。
「………かなしい、な」
どのぐらいそうして佇んでいたのだろうか、コンコンという軽いノックの音がリアの意識を浮上させるまで身動き一つしていなかった。
「っ、はい!」
相手を待たせてはいけないと、急いで扉を開ければ、そこには真っ白な軍服に身を包んだ青年が立っていた。
「っ………!」
おもわず目を見開いてしまう。
目の前には、あの雪の降り積もる日以来会っていない彼の姿があったのだから。
「レヴァン様っ……」
「リアっ!リアっ…!」
気づけば力いっぱい抱きしめられていて、彼の体温がリアの身体を包んでいた。
「っ、お放し、下さいっ!」
「リア、心配したんだ…!下女を辞めて侍女になったって聞いたから。誰の侍女になったのか、探すのに苦労した」
「あの、っちょっと」
「どうして、俺に何も言ってくれなかったんだ」
灰色の髪が揺れる。それと同じく瞳も悲しそうに歪められる。
「レヴァン様、落ちついてください……お茶、飲みませんか」
「……あぁ、ごめん。取りみだして…お言葉に、甘えさせてもらうよ」
リアは、若干の気まずさを覚えながらもローベルトの部屋にレヴァンを引きいれる。とりあえず、廊下にいては他の部屋の者に怪しまれかねないからだ。レヴァンの腕を引き、端にあるリアの部屋へと招き入れた。
「適当に、座ってください。今、お茶を出しますので」
「ありがとう、リア」
にっこりと笑う彼は、先ほどの彼と本当に同一人物なのか。疑いたくなるような笑顔に、リアは苦笑した。白い軍服を身に付けた彼は、紛れもなく第一騎士団の副隊長なのである。
お互いにお茶を飲む音だけが空間に響く。
「……ここは、リアの部屋?」
「はい。ローベル…マクレン様が用意してくださいました」
「……そっか。ねぇ…リア」
「はい?」
「俺さ、」
まっすぐな瞳が、リアの瞳をじっと見つめる。
「リアの事が、好きなんだ」
「…………そんな…」
「嘘じゃない、本当。最初に出会ったときから、ずっと」
はっきりとした声がリアの耳に飛び込んでくる。
「私……、レヴァン、のこと…」
緊張を隠すように、ぎゅっと握りしめた掌。いつまでも、このままじゃいけないと思った。それは、私にとっても、そして何よりも彼の為にも。
「ここに来て、馴染めない私に声をかけてくれたのが、レヴァンだった」
「………」
「私っ、すっごく、うれしかった。こんな私に、声をかけてくれるなんて」
「………リア」
「だから、私の中でレヴァンは、とっても大切な友達なの。無くしたくないほど、大切な友達なの」
脳内に走馬灯の様に蘇る思い出。二人で笑って、城内を走り回ったり、庭に植えられている木になっている実を取ったこともあった。レヴァンの隊式に、遠くからだが参加したことも良い思い出。ひょっこりとリアの目の前に現れては下女の手伝いもしていた時もあっただろうか。
「………それは、もう…変わらない?」
「……えぇ、多分……」
「マクレン隊長が、いるから?」
その言葉にリアの肩が跳ねる。
「それは……まだ、解らない…」
「……そっか」
その言葉にレヴァンは、苦笑すると勢いよくリアを抱き寄せる。ちゅっという軽い音と共に唇に唇が触れる。
「っ!レヴァン!?」
「じゃぁ、まだ可能性はあるんだ」
「っ、それは…」
「俺は、リアの事が好き。それは変わりのない事実だから……もう少し、リアを追わせて」
「………答えは、変わらないかもしれないよ?」
「うん、それでも…いいよ」
にっこりと笑うレヴァンの顔が、とても優しくて。久しぶりに見た友人の笑顔につられてリアの顔も自然と笑顔になっていた。




