23
方角を見失ってしまうかもしれない
それでも、いいと
想うのは浅はかでしょうか
×××23×××
「………………」
リアは、始めてきた店内に、ただただ圧倒されていた。ローベルトに連れられて入ったのは何とも高そうな衣服店。いつも来ているのだろうか、ローベルトは慣れた様子で店主と会話をしていた。
店の入り口から向かって左側が男性物、右側が女性物となっており、リアのお金では到底買えないような金額の値札がついていた。2人の会話を聞いてしまうのも悪いと思い、リアは女性物の衣服を見る。侍女が着るオフフォーマルの服もあり、何気なく手にとってみればとても上質な生地でできていて思わず手を離してしまうほどだった。
「それが気にいったか?」
「え?いえ…そんなことはっ!」
後ろから伸びてきた手は、リアが戻したドレスをもう一度手に取る。深紅のドレスは、侍女の仕事に支障がでるのではないかと思われるほど薔薇やレースで飾られていた。着ている人を批判するつもりは毛頭ないのだが、はっきり言って「この様なものを身につけて侍女の務めはしたくない」というのがリアの本音である。
「これ、か…?」
「いえ、私はこのようなものは…」
「……店主」
「はい!はい!マクレン様のお連れの方ですね、話は伺っておりますよ」
髭を蓄えた店主は、にこにことしながらリアを見つめる。
「は、話…?」
「では、さっそく採寸を。どうぞあちらのお部屋へ」
「っ、え?ローベルト様?」
「いいから、その者に従ってくれ」
人の良さそうな店主に連れられて入った部屋には、数人のテーラーと思しき女性達が居た。
「では、後は頼みましたよ」
そう言って店主が出て行った後、一斉に女性達に囲まれる。
「まぁ!作りがいのある方ですこと!」
「綺麗な髪の毛、白く滑らかな肌ですこと」
「さすが…ローベルト様のお連れの方…。きっと絵になりますわ!」
「あ、あの…」
「さぁ、測らせて頂きます!」
「え、ちょっと…!」
リアの声も虚しく、一斉に女性に囲まれたと思えば、身につけていた大きなサイズの服を脱がされていった。
その後、若干ぐったりしたリアが部屋から出てきた姿をローベルトは見て苦笑する。
「どうだったか?」
「いえ…それは、それは……はい」
リアは当初身につけていた衣服から、淡い水色の侍女様の衣服に着替えさせられていた。質素ながらも、彼女の体に合った衣服はリアをより惹きたてたものとなっており、豪華な飾りはないものの裾に細やかな刺繍が施されている。
リアの後ろについてきたテーラーと思しき、かっぷくの良い女性はローベルトに向かって話す。
「このお嬢さん、服のサイズが合っていなかったので、勝手に着替えさせていただきました」
「……あぁ、これを買おう」
「そんなっ…ローベルト様!」
リアの呼び声も虚しく、ローベルトは店主の前で小切手の様なものにサインを手早く書いた。
「では、店主。よろしく頼むぞ」
「はい、おまかせください」
再びローベルトに手を引かれ、リアは店を後にする。何度も何度も、自分よりも背の高いローベルトと自らが今、身につけている美しい服を見ては言葉を発しようか悩み、視線を彷徨わせる。どうしてこんなにも良いものを、侍女である自分に買ってくれたのだろう。申し訳ないから、お金を貯めてでもこの衣服代をローベルトに返した方がいいのだろう。
「リア……何か考えているだろう」
「っ!いえ、そんなことは!」
「その服の金額は考えるな。主人が侍女を気遣うのは当然だ」
「でも…こんな高価なものを…」
「他の奴なんか、宝石やアクセサリーを渡している……お前は、そちらの方が良かったか?」
「宝石っ!?いえ!本当に、こんな綺麗な服をいただけるだけでっ…!」
リアの慌てふためきように、ローベルトはくすりと笑う。
その笑顔に、リアは目を見開く。
「では、これからもよろしく頼む……侍女殿」
「はいっ…!」
嬉しかった。彼が自分に服をくれたこともだけれど、なにより彼の笑顔が見れたことが。
自分の中で徐々に大きくなってゆく彼の存在が、何故か心地よかった。
石畳の長い道が続き、そこには多くの露店や店が並んでおり活気あふれるものとなっていた。
初めての「市場」というものに、リアは目を輝かせながらみつめる。鮮やかな植物、食べ物、衣服。どれもが夢のような物ばかり。見るだけでとても楽しい気持ちになる。
その後、ローベルトは剣を磨くための石を購入し、リアが釘付けになっていたクッキーを買うと二人でまた城へと戻った。
夜が過ぎ、日の出前。空気がキンと澄んでおり、物音ひとつ聞こえない明朝。
「ローベルト様」
「あぁ、入れ」
リアは、控えめにローベルトの私室をノックする。だんだんと日の出が近いのか、窓から見える景色は水色がかっており、本日が晴天であることを示していた。リアは自らの掌の内にある布の感触を確かめながら、近寄る。ドキドキと心音が早くなり、手に汗が滲むような気がした。
「そろそろ、ご出立の時間でございます」
「あぁ…」
「ローベルト様…本当に、昨日はありがとうございました」
勢いよく頭を下げる。だから、ローベルトがその時どの様な表情をしているかなんて解らなかった。一瞬、悲しそうな顔をしたなんて思いもしない。
「あの、これ……私が、刺繍したものです。…気にいっていただけるか、どうか…」
「リアが、刺繍したのか?」
「はいっ……どうか、ご武運を」
震える手で渡せば、ローベルトはその布を手に取りタイピンで軍服の胸の位置に素早くつける。ローベルトは笑顔でリアの手を取り、顔を上げさせる。
「ありがとう…こんなにも美しい刺繍は、初めてだ」
「っ、どうか、お怪我をなさらない、ようにっ」
ツンと鼻が痛くなり、視界がぐらりと揺れる。今生の別れでは無い筈なのに、頬を伝う涙が止まることはない。今回の任務は、魔術師団と共に視察のみのはずだ。今は、隣国と停戦状態であるし、そんな心配が無用であることは解っている。それでも――---
彼と出会った時、彼は生きるか死ぬかを彷徨っていた状態だった。今、こうして彼に出会えたのも、あの時の巡りあわせがあったから。
洗練された動作で、ローベルトがリアの目の前に跪きリアの手を取り、掌に口づけをひとつ落す。
「リア、………帰ってきたら、お前に言わなければならないことがある」
「っ、言わなければ、いけない、こと?」
「あぁ、だから…私は戻ってくる」
「っ……無理をなさらないで、くださいっ」
日の出が近いのか、小鳥のさえずりが遠くで聞こえる。
第四騎士団と魔術師団は、この日、朝日が上がると同時に旅立った。




