21
気がついたら
両の掌ですくいきれないほど
大切なものを持っていた
×××21×××
「リア~!!」
「マーサ!エマさん!」
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
「えぇ、マーサもだけど…エマさんとは、本当に久しぶりですね」
「えぇ、そうですね~」
第四騎士団が野外訓練の為ここ2、3日城から出ている間、リアは休日をもらっていた。
何かと忙しい冬を終え、比較的洗濯物も早く乾く様になった春は、下女達も数日間だけ休日をもらう事ができる。その休日をいつ使うかはその下女個人の自由。マーサとエマは、リアの休日と合わせて休日を取ったのだ。
「どうぞ、入って」
「うわぁ!本当、綺麗な部屋!」
「…マクレン隊長らしいお部屋ですね」
「あんまり見ない方がいいかも…こっちが私の部屋」
「いいなぁ!リアの部屋も凄い、綺麗!」
「おじゃまします~」
リアの部屋はローベルトの部屋のリビングを通った先の扉を開けた所にあった。なので、リアの部屋に2人を案内する為にはローベルトの私室を通らないものの、リビングは通らなければいけない。リアはローベルトにその旨を、恐る恐る聞いてみた。もちろん、駄目もとだったのだが。
「……かまわない」
「……え?いいんですか?」
「あぁ、私室に入らなければ。ソファでも何でも使えばいい」
さも興味がなさそうに、書類をめくりながら言うローベルトを見ながらリアは驚きながらもお茶を出す。騎士隊長であるローベルトだからこそ、そのような管理は徹底していると思ったのに。以外な返答に、一瞬の反応の遅れののち、リアはほほ笑みながら礼を述べた。
リアに与えられた部屋は小さめなものの、クローゼットとベット、それに鏡に机と椅子が揃えられており、下女の暮らしとは比べ物にはらないほどの贅沢であった。窓にはカーテンもついており、ベットカバーもついている。マーサとエマはベットに腰掛け、お茶を用意するリアに話しかけた。
「リア!どうなの?侍女の仕事っ!」
「えー…うーん、侍女の頃よりも楽させてもらってる…かな」
「そうなの!?やっぱりいいなぁ!私も侍女になりたい~!」
「そうですか?私は絶対嫌ですけどね~。ま、マクレン隊長なら許せますけど」
「本当にエマはもったいない事したわよね!そう言えば、誰の侍女だったのよ?」
侍女降りのエマにマーサは興味深そうに尋ねる。なんてったって下女よりも高待遇の侍女を自ら降りた数少ない者なのだ。リアも前々から思っていたことだったので、何も言わずに話に耳を傾ける。
「魔術師なんですけど~、ルーア魔術師団長ってご存知ですか~?」
「ルーア魔術師団長?んー?知らないけど、って!エマ!魔術師団長ですって!?」
「そうですよ~」
「あんたねえええ!!どうしてそういう重要なことを言わないのよおおおお!」
エマの首元をもってがくがくと揺するマーサの顔はまるで悪魔の様で。エマはされるがままになっていた。その様子を若干引きながらリアは見ていたもののその反面、苦い思いがじわじわと侵食していた。
あの冬の日、洗濯場で声をかけてきた、あの男。ゆったりとした口調に隠れた計算高い思考と、女性ならだれしもが羨むほどの美しいパープルの長い髪。
「……魔術師団長、シュアルツ・ルーア」
「あらま、リアさんルーア師団長のこと御存知なんですかあ~?」
「え、……ま、まぁ」
「そうですよねぇ。だってマクレン隊長とルーア師団長って結構仲が良いみたいですし」
その言葉に、リアは少し目を見開くが何食わぬ顔で二人の前にお茶を出す。そんな話、初耳だった。あの2人の仲が良いなんて想像もできない。自分を侍女にした件は、もしかしたら水面下で最初から繋がっていたのだろうか。ローベルトを疑うのは心苦しいが、その可能性が全くないとは言い切れない。しかし、それにしては魔術師側から何も行動が無い事も考慮すると繋がりが無いという可能性も捨てきれない。
リアの深く沈んでゆく思考は、マーサの楽しそうな声で一気に浮上する。
「ねぇリア~?マクレン隊長って…実際どうなのよ?」
「へ?何が……?」
「もー…!とぼけないでよ!」
「?」
皆同じ部屋にいるはずなのに、マーサが傍にいる二人を引き寄せる。声をひそめて喋るその姿はまるで何かの会合の様で。
「ベットの中では、ど・う・な・の・よ!」
「は、はぁ!?」
「まぁまぁ、マーサさんったら」
「だって、侍女と主人でしょ?あるとこはあるって良く聞くじゃない!」
「っ、わ、わたしはローベルト様とそんなことっ!」
「きゃー!名前で呼び合ってるの!?やっぱり!」
一人盛り上がるマーサと真っ赤になって焦るリア、そしてその姿を微笑みながら見ているエマ。侍女の中には自らの身分の保障や上位を目指そうとして自分の主人や上司と関係を持つものも多い。ごくまれに、相思相愛で結ばれる者達もいたが、身分差や境遇の違いでその数は少なかった。
「だってリア美人でしょ?それに、マクレン隊長も隠れファンクラブがあるほど人気だし…」
「そんなことない!って……隠れファンクラブ?」
「えぇ!隊長クラスになるとファンクラブがあるのよ!リアってばそんなことも知らないの!?」
「そ、そうだったんだ……」
「そうよ!エマの元主人の師団長様もいたはずよ!ね?」
「そうですね~。まぁ、騎士様方に比べれば、ですけど」
その後も、女子同士の楽しい話は続く。下女仲間の誰が好きだとか、今度ある舞踏会で誰と誰が踊るとか。王子の許嫁はどこの国のお姫様なのか。そんな、普通の女子の会話を楽しんでいれば時はすぐに過ぎていく。
気づけばもうすっかり夕暮れになっていた。
「あ!もうこんな時間なのね!私、明日からお勤めあるから…そろそろ帰るわ!」
「うん、今日は来てくれてありがとう」
「私も帰ります~」
「マーサもエマさんも、本当にありがとう!こんなに楽しかったのは久しぶりだったわ!」
「「……………」」
ドアの前まで二人を見送れば、何かに驚いたような二人の顔があり、なんだか不安になる。
「え、どうしたの…?」
「ううん、会えてよかったな、って」
「はい、私も。リアさんのその笑顔を見れただけで…よかった」
「っ、2人とも……」
ぎゅっと三人で抱きつくように抱きしめれば、ほんわりと懐かしくて優しい香りが漂う。
「リア、辛くなったらいつでも帰っておいで…!」
「うんっ」
「私達は、いつでもリアさんの味方ですから」
「うんっ、ありがとう」
ほんの少しの時間しか2人とは離れていないのに、こんなにも寂しくなるとは思っていなかった。リアがこの城で働くことになったのは、偶然だった。隣国から死に物狂いで逃げてきたその先で、ぼろぼろの姿のまま道端に倒れていたら、とある男が言ったのだ。
『今、城では住み込みの下女を募集している。行ってみるといい』
その言葉を信じ、足を引きずりながら城にきてみればこの2人や沢山の下女になりたい少女が居た。下女になっても絶望で、何も無くて、ただ無心で居る時も、この2人だけは傍にいてくれた。
「ありがとうっ、本当に…私、って幸せものだっ」




