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19



誰もいないほの暗い底の中で

詩を詠おう

誰にも聞こえなくても、紡ぎ続けよう


きっと貴方に、届くと信じて





×××19×××



ローベルトはうす暗い廊下をただ、ひたすら歩く。


自分が他人に好かれているとは思っていなかった。だからこそ今日の相手方の行動は予想内。

両親を、一家を皆殺しにした後、家の周りを彷徨っていた私を拾ってくれたのは、今は亡き恩師だった。血にまみれた子どもに何も聞かずに、寡黙な彼は自らの隊に入隊させたのだ。

それから、毎日の厳しい訓練に耐え、やっと第四騎士団の一員として隊長の後ろを守れる様になった頃だった。



人の悲鳴が聞こえ、血の匂いが鼻をおかしくし、魔術の所為で息がしずらい、あの戦場で。



『………ローベルト…、後は…お前に、まかせる…』

「隊長っ…、俺はっ、俺はっ…!」

『頼んだぞ……第四騎士団を……』


その時とっさに掴んだ掌は、彼と出会ったあの日大きく感じた筈なのに、もう殆ど変わらなくなっていて。

ただ、違ったのは人の命が消え、冷たくなった体温。



3年前の第二次戦争で、寡黙で、逞しく、聡明な彼は逝ってしまった。




思考を振り切るように、前を見れば思わず目を見開く光景がローベルトを苦しめる。


「裏切り者…」

「自分だけが、生き残りやがって」

「さぞかし、私達を殺したかったんでしょう…?」


「っ……違う」


目の前に広がる真っ赤な光景。人であるようで人でない、その姿。

此処は城内、目の前は過去。

今、この時間軸にあり得ない光景がずっとローベルトを苦しめてきた。



振り切っても振り切れない。



「……兄さん、僕を置いていくの」

「そんなことっ、ない…!」

「じゃぁ、どうして?」

「っ…………」



手を伸ばしてくる幼い弟。その手を取ろうとすれば、それは一変無数の目玉が現れる。鼻をつく腐敗臭に、脂汗が滲む。痩せこけた弟の頬には無数の目玉。魔力によって歪められた人間の姿がそこにはあった。



「「「にいさん、おいで、よ」」」


「っうっ……」


急に胃がぐちゃぐちゃに掻きまわされるような感覚が襲い、おもわず膝を床につく。月明かりだけが一人苦しむローベルトを照らす。

誰もいない。

もう、家族も、恩師も、何も、なにも、ない。


ぐらりと、金色の瞳が揺れる。光が無くなってゆく。

闇に落ちてゆく寸前だった。





「……ローベルト様っ!?」




澄んだ声が耳に入る。見上げれば、エメラルドの瞳。

そうだ、いつも最後に見るのは――----


「っ、どうなされたのですかっ!?額の傷も、お顔もあまりよろしくありませんっ…直ぐに医者を……きゃ!」


ただ、無心で目の前の身体を抱きしめる。決して良い服を着ているわけでもない、美しく着飾っているわけでもない。太くない、寧ろほっそりとしたその身体は、何時か何処かで出会ったことがあるかのような錯覚に陥らせる。息を吸い込めば香る仄かな香りは、心を落ち着かせた。


ローベルトの体重を支えきれず、リアは壁に押し付けられる様な格好で尻もちをついた。

首筋に触れる黒い髪。浅い呼吸と、リアを抱きしめる腕の力はより一層強くなる。


「ローベルト様…?」

「殺したかった…わけじゃ、ないん…だ」

「……………」

「救いたかった、だけなんだ…」

「っ………」


ぐらりと、リアの瞳が揺れる。


この人は、どれだけ一人で重荷を背負って生きているのだろうか。

命を消すたびに苦しんで、歯を食いしばって。


ゆっくりと手をローベルトの背にまわす。逞しい背は体温を失っており、嫌な冷たさだった。


「ローベルト様……顔をあげてください」

「……………」


リアの首筋に埋もれていた顔がゆっくりと離れ、リアのエメラルドの瞳とローベルトの金色の瞳がまっすぐに見つめあう。

リアは、すっと両の掌でローベルトの頬を包み込み、額同士をゆっくりとつけ合った。


「あの日、助けて頂いた御恩は一生忘れません。ですから、私は……これから先も、貴方様をお傍でお助けする決意でございます」

「リア」

「はい、私は…ローベルト様の味方でございます」


月明かりが二人を照らし、リアの瞳がより一層宝石のように透み、肌もまるで人形のように美しい。



「………私は、お前に助けられてばかりだな…」

「……え?」

「これで、2回目か…」


その言葉にリアは大きく目を見開く。


「……ご存じ、だったのですか…」

「さぁ、どうだろうか」


ぐっと手を掴まれ立ちあがる。

素早く腰に回された掌が、より一層リアとローベルトの距離を縮める。


先ほどまでの彼は何処にいったのか。

いつも通りの冷静な、一見冷酷に見えそうなその表情はいつも通り。

いくら伺おうと先ほどの言葉の真意は見えないまま。


「お前には、黒が似合う」

「………え?」


一瞬掠る様な口づけがリアの唇に降ってくる。


「さぁ、部屋で夕食にするぞ」

「……っ、そ、その前に怪我の手当です!」


掴まれた掌が熱い。

触れられた唇が熱い。

リアの心臓は、これまでにないほど早い鼓動で脈を打つ。


気づかないふりをして、部屋の扉を開けた。































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