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この命が尽きるまで、貴方に仕えましょう
あの日、血にまみれた私を救ってくれた貴方を
今度は私が、お守りします
この、命に代えても
×××18×××
「よ!ローベルト!」
「……公の場だぞ。私語は慎むべきではないか、ベルドット」
「そんな堅いこと言うなって!まだ、会議は始まってないだろ?」
ローベルトと対照的に真っ赤なマントに身を包んだ男が強引にローベルトの肩に腕をまわす。真っ白な大理石で埋め尽くされた講堂には複数の椅子と机が並べられ、王の座る場所もあった。
黒いマントを脱ぎ、マントの内側を表にして椅子に掛ける。この国では、しきたりとしてそのような風習が残っているのだ。何も危険なものは持っていない、そんな事を象徴するために。
「お、ローベルト。お前にしては洒落た格好してるなー」
「………そうか?」
「だって、お前…騎士の任務以外何も気にして無かっただろ。そこら辺にある服とか着てただろう?」
「まぁ…確かにそうだが…」
「愛しい子でもできたか?って痛い!痛い!」
ベルドットの発言に、ローベルトは剣の柄でおもいっきり赤髪の青年の足を押さえつける。
「侍女をつけた…それだけだ」
「へぇ、侍女をねぇ……珍しい事もあったもんだ。何か訳ありってやつ?冷血の第四騎士団隊長殿?」
「さぁ、どうだかな」
「ちぇ!俺達の中じゃん、教えてくれよ」
「只の隊長同士の中だろうが」
「何言ってんだよ、親友!」
自分ではイマイチ気づいていなかったが、そうかもしれない、と思う。騎士団の事に集中しすぎて衣服になんてこだわる時間も暇もなかったのだ。リアが来てから、それが変わった。彼女は、自分の立場をきちんと理解し、何が一番良い結果になるのかを導き出してくれる。今まで他の者を見ていて侍女を持つことに何の利点も見いだせなかったが、侍女を持つきっかけはどうであれ、今は悪くは無いと思う自分もいる。
「ベルドット……お前、侍女には、何か渡したりしているのか?」
「侍女に?そうだなぁ、俺はアクセサリーとか渡したりしてるな。あいつら、そういうの好きらしいし」
「そうか…」
「で?で?本当のところはどうなの?なぁ!」
「こら、騎士団隊長という方がその様に声をあげてはいけませんよ」
静かな、しかしはっきりとした声が二人のいる方向へかけられれる。
「げ、シュアルツ」
「何ですか、その言い方は。魔術の炎で焼いてあげましょうか」
「じょ、冗談に聞こえねえよ!」
魔術師団長のシュアルツの突然の登場に、ベルドットは素早くローベルトの後ろに隠れる。
「おやおや、第二騎士団長ともあろうお方がお隠れになるとは、世も末ですかねぇ」
「ってめぇ……覚えてろよ…!」
「その魔術嫌いが治れば、の話ですがね」
バチバチと飛び散る視線の火花。いつものことながら、何とも言えない。
「………二人とも、やめろ」
収集のつかないやり取りに、ローベルトが溜息をついた時だった。
「これより、防衛会議を始める…席に着かれよ」
重役の声が部屋に木魂し、それまで立っていたぞろぞろと大臣や他の隊長、各長が席に着く。辺り一帯が静まり返り、全員が一つの大扉に視線を向けたその時、ゆっくりと扉が開かれる。
真っ白なマントに身を包んだ騎士と共に現れた姿に、その場に着席していた全ての者は床に片膝を着き、頭を垂れる。
「顔を上げよ、皆、座ってくれ」
「「「「はっ!」」」」
短い返事と共に、全員が着席し、一人の人物を見つめる。
「では、始めようか」
齢16歳でこの王国の王子になり、早5年。21歳の現王である青年がこの場の全てを動かす。
宰相の声と共に捲られる資料の音。
各部署からの連絡と近況報告、要望など全てが出そろった後、今回の最大の問題が提示された。
「今回の調査でも明確だが、隣国……トゥルーサ帝国の動きが活発になってきている。我がグランディア帝国に対しても宣戦布告ともいえる行為が度々ある。これは、3年前の第二次戦争を彷彿とさせる動きであるのは、皆も理解できるはずだ」
「もはや、第三次戦争が始まるかは時間の問題であるだろう」
「いや、まだ交渉の余地はあるはずだ……むやみに戦争をしていては民が疲弊してしまう!」
「笑止!馬鹿な事を、3年前の屈辱を覚えていないのか!」
比較的年齢層の高い大臣達が次々に声を上げ、議論が紛糾する。
確かに、グランディア帝国は3年前のトゥルーサ帝国との戦で停戦という名の敗戦を経験している。その時、ローベルトは20歳で第四騎士団の一騎士だった。隊長に続いて馬を走らせた。あの時の光景は今でも忘れられない。自らの目を疑う様な光景を目にしたのだ。魔法で変えられたもはや人ではない人々の姿を。
「大体!冬の第四騎士団の無様な敗走もトゥルーサ帝国の差し金だという話もあるではないか!」
とある大臣の言葉に、その場にいた全員の視線がローベルトに向けられる。
「………ローベルト、あの時の相手は何処の国の者か検討はついているのか?」
冷たい空気の中、ただ王の声が穏やかに響き渡る。
「……はい。確かに、あの時の相手はトゥルーサ帝国の者では無く、隣国のマダンザである事が濃厚かと」
「なんだと!?あの野蛮人の国ごときにお前は負けたのか。これだから、私はどこぞの位も持たぬ若造を騎士団の隊長にする事には反対だったのだ!」
「やめぬか、財務長。不必要な発言はひかえよ」
「では、なぜあんなにも格下の国に我々の気高きグランディア帝国が負けねばならぬのだ!この、帝国の恥さらしが!」
ざわめきと共に、水の入ったガラスのコップがローベルトに向かって勢いよく投げつけられる。
パリンというガラスが割れる音と共にローベルトの額に入る深紅の一筋の線。真っ黒な髪からは滴る水と砕けたガラスによって人工的な輝きが見えた。それでも尚、金色の瞳はまっすぐに前だけを見つめる。
「っ……さっきから黙って聞いてれば!貴様!ローベルトに対してよくも…!」
ベルドットの吠える様な声が部屋を揺るがし、今にも発言した男に飛びかからんとしそうな勢いで席を立つ。
「やめなさい、ベルドット。ここで暴れても何にもならない」
「ってめえ!離せ!」
シュアルツによって身を封じ込められているとは言っても所詮、騎士と魔術師。その力の差は歴然である。
「ベルベット、席に着け。私は然るべき報いを受けている」
「っ、ローベルト!いいのかよ!?こんな事を言われても!」
「……先の戦の敗戦は私の責任。本来ならば、ここに居ることも許されない身だ」
「そうやって、大人しい真似をする。よく世間を見ている駄犬よ」
「……………」
猶も言葉を続ける男に、ついにベルドットが掴みかかろうとした時だった。
「王の前で何をするか!!双方座られよ!!」
机を叩く音と共に宰相が声を上げ、全員が静まり返る。
「……ローベルト、話の続きを聞かせてくれないか?」
「はい。相手の騎士団と歩兵はマダンザの人々でしたが、魔力はトゥルーサ帝国のものである確率が高いです」
「そうか…やはり、あの2カ国で密約か何かが交わされていたか…」
「いや、あの犬猿の仲の2カ国がですぞ!?」
「魔力については、魔術師団長の私から話させていただきます」
そう言ってシュアルツが立ちあがり説明する。
「今回、第四騎士団の多くの騎士達が負った怪我の中に、3年前の第二次戦争時に使われたのと同じ人物の魔力が検出されました」
「………ほう、それは興味深い」
各大臣達は、シュアルツの言葉に慎重に返す。
「資料の54項にお目通し下さい」
「これは……まさか」
その資料を見た人々の表情が青ざめてゆく。
「その通り、3年前にトゥルーサ帝国が開発した人体生成魔術の魔力と一致しました」
「………その魔力の元となっている人物は、3年前と一緒なのか?」
「おそらく……若干の穢れはありましたが、主な元は変わらないかと」
「……エスタール女史か……なんと皮肉な」
一人の男の言葉に、同意する様に多くの人々が重い溜息をつく。それを払拭するかの如くパンパンと手が打ち鳴らされる。
「ともかく、これでトゥルーサ帝国とマダンザの関係が濃厚となった。隠密の報告によると、ある研究所に……未だにその3年前のものが残っているという情報がある。魔術師団を早急に派遣し、真実を掴み、結果によってはそれを破壊せねばならん。そこで、騎士団の護衛を要求する」
宰相の言葉に、一同のざわめきが再び大きくなる。それは事実の大きさと、「破壊」という言葉に対する思いと、様々なものが入り乱れたものだった。
カタンという椅子が引かれる音と共に、ローベルトが立ちあがる。
「私に、第四騎士団に行かせていただきたい」
「っ、しかし…傷が…」
「今回の件、全ては私が引き起こしたもの。この件を終息させるまでは…死んでも死にきれません」
はっきりとした低い声が響き渡る。
その様子に、王は一瞬悲しそうな顔をしたが軽く頷いて声を上げた。
「今回の護衛は、第四騎士団に一任する。これにて。会議を終了する」
昼過ぎに始まった会議が終わったのは日暮れと夜が合わさる時間だった。




