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ほら、ここはこんなにも暖かいよ
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雪が解け、花々が咲き乱れ、動物達が冬眠から目を覚ます。
いつしか季節は凍るような冬から春へ。
早くもリアがローベルトの侍女になって約1カ月が過ぎようとしていた。
「本日のお召し物はこちらでよろしいでしょうか」
「あぁ」
「今日のスケジュールは、午後一番に防衛会議がございます」
「……昼食は用意しなくていい」
「はい」
リアが今日のスケジュールを読み上げる中、ローベルトは衣服身につけてゆく。
「今日の会議は、延長するかもしれない。もし、来訪があった場合はその旨を伝えてくれ」
「解りました」
オフホワイトのシャツに胸部分に黒い紋章入りのピン。第四騎士団のカラーである黒を基調とした黒のベストとズボンにこげ茶のベルト。本日は会議がある為、羽織るものを脱いでも良いようにリアが考えて選んだ結果である。
「ローベルト様」
襟元が折り込まれているのを見つければ、リアは近づき背伸びをする。
ローベルトとリアの身長差は頭一つ分以上あった。なので、少し背伸びをしなければ襟元に届かない。
素早く、折れ込んだ襟元を直し、同時に曲がっていたタイピンも直す。更に、ローベルトが腰ベルトに剣を収めている間、リアはその周りをぐるっと一周回って最終確認。
「行ってくる」
「はい、お気をつけて」
ドアのすぐそばまで行き、彼の後ろ姿を見送る。
ふと、ドアノブを握る彼の動作が止まった。
「………どうか、されました?」
「いや……」
ローベルトは振り返り、リアの姿をまじまじと見る。
凍える冬は終わり、暖かい春が来た。
今日のリアの服装は灰色の質素なドレス。本人が勝手に調達してきていたので何も言わなかったが、それは明らかに誰かから譲り受けたものであろう。かなり使い込まれたものであり、リアの身体のサイズよりも大きなものであった。
「好きな色は…」
「え?」
「お前は、何色が好きなんだ」
「えーっと……あまり、目立たない色が…」
「……そうか」
一瞬考えるそぶりをした後、ローベルトはいつも通りドアノブを開けて出て行った。
「い、いってらっしゃいませ!」
リアは急いでお辞儀をして見送る。
パタンという音と共に閉まった扉に、先ほどのやりとりに疑問を感じながらもリアは袖をめくり、下女の時の灰掃除用に使用していた汚れ防止の布の様なものを衣服の上に手早く身につけてゆく。
「よし、掃除しなきゃ!」
手際良くローベルトの部屋のシーツを変え始める。
はっきりいってリアは下女の仕事はしたことがあるものの、侍女の教育を受けてはいなかったのでいざ侍女の勤めを行おうと思っても最初は解らなかった。
ローベルトに聞いても、彼も今まで侍女を持っていなかったので何の参考にもならず。
仕方なく、ローベルトの部下の侍女数人の話を聞いて行っているのが現状だ。
ローベルトの部屋に隣接している部屋が侍女としてリアに与えられた部屋であった。
リアも自らのシーツを交換し、下女が回収にくる所定の位置まで運ぶため、シーツを抱えて部屋を出た。
「あ、おはようリア!」
「おはようござます、ルーアさん」
「今日もローベルト様格好よかったわ~!」
「……そうです、ね」
にっこりと話しかけてきたのは、ローベルトの部下の侍女のルーアだった。
リアに侍女の務めをアドバイスした一人で、今ではリアと一番仲の良い侍女友達である。
「私、午後から町に出るのだけれど何か買ってきて欲しいものとかあるかしら?」
その言葉にリアは脳内でローベルトのシャツのボタンが外れかけていたのを思い出す。
「黒糸と白糸……それと、金刺繍用の糸もお願いできますか?お金は後でお支払いするので…」
「わかったわ!ははーん、ローベルト様に刺繍で贈り物ねぇ?やるじゃない」
「ち、違います!私は、別にっ「はいはーい、行ってきます」
「ルーアさんっ…!もう…」
リアの呼び声は、遠ざかってゆく彼女の背に虚しく響く。
溜息を一つつきながら使用済みシーツ置き場に、抱えていたシーツをばさりと落とす。
ローベルトの侍女になって約1カ月。少しずつだが、彼の事が解るようになってきた。
まず一つ目に、身の回りのことは自分でできてしまう。侍女を長らく持たなかったからであろう、本来ならば衣服の着替えや濡れた髪の手入れは侍女が行うのが通例であるが、彼は自分で行う。唯一リアが行っているのは彼の衣服の組み合わせを決める事だけであった。
二つ目に、苗字で呼ばれる事を好んでいないという事だった。当初『マクレン様』と呼んでいたが、そう呼ぶとあの綺麗な顔が鬼のように歪み、恐ろしすぎて二度と苗字では呼ばないようにしようと心に誓ったのだ。
リアはそっと窓から外の空を見つめる。
ローベルトは、顔が整っているからか少し近寄りがたい雰囲気がある。でも、そうじゃない。話しかけたら、ちゃんと言葉を返してくれるし、侍女である私でさえも気遣ってくれる。
「笑ってるところは……みたことないんだけど、ね」
ぐっと伸びをして、青空から目線を外す。
何時までも此処にいれるとは思っていない。だからこそ、此処にいれる間だけでも精一杯働こう。
いつ、あの魔術師が現れるか解らないし、一度は逃亡しようとした身。
リアは無意識に腕を押さえる。今でこそ痕は薄くなったもののあの時の傷は消えない。
本当は、こんな傷なんてすぐに魔法で消せる。それでも――---
ゆっくりと下がってきた袖をまくりあげ、部屋へと戻る。
窓から差し込む光が長い茶色の髪の毛を優しく照らしていた。




