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誤文訂正(2/12)
雪が溶け、春がくるように
貴女の心にも、幸せが訪れればいいのに
×××14×××
下女すら寝静まった真夜中。
もうこの季節になると雪が降る事は無くなったが、まだまだ朝と夜の冷え込みは厳しい。
四人一部屋の一室で、室内の同僚達が寝静まっているのを確認しながら一つの影がゆったりと動いた。
静かな動作でベット付近にある荷物をまとめてゆく。
元々此処に来た時も、荷物は少なかった。
リアは、この3年間で貯まった僅かながらのお金と今日の夕食で残したパンを小さな布袋に入れる。
この城に勤める下女達は、無償で寝所と食糧、そして衣料を提供してもらえる代わりにほぼ無償で働かなければならない。給料らしきものが受け取れるのは、1年間で春と秋の2回のみであった。
静かに扉を閉め、一息つく。
あそこまで、自分の素姓が知られているとは知らなかった。
自分の出生ならまだしも、母の最期まで知られていたとは…いったいどんな手を使ったのか。
考えただけでも寒気がする。決していい気分ではなかった。
「……もう、ここにはいられない」
キンと澄み切った空気がリアを包み込む。
足音を立てない様に、早足で庭園を通り抜けてゆけば、視界には零れ落ちそうなほど煌めく無数の星が入ってきた。
このまま此処に居れば、戦争に使われるのは解りきったこと。
この国の魔術持ちの数は隣国に比べて数が少ない。
だからこそ、喜んで王宮に入る者も多いのだ。自分の力と引き換えに、苦労しないで一生を過ごすことができるから。
それでも、リアは嫌だった。戦の為に魔術を使う事が心の底から嫌いだった。
いとも簡単に人の命を奪い、穢してゆく。
母から教わったものは、もっと暖かくて明るい気持ちにさせるような術ばかり。
人の命を奪う為の魔術なんてあってはならない、と。
以前から調べていた庭の抜け道を使い、下女の宿舎から大手門へと向かう。
時折巡回している騎士の姿を見ては、息を殺して草むらに隠れた。
魔術の気配を感じれば、必死で自分の魔力を抑えつけた。
ここで、見つかれば何の理由も無しに殺されることは解りきったこと。
王国への反逆罪か、それとも他国のスパイとして扱われるか。
リアの手首には、何度も何度も魔力を押さえつけた時にできた爪痕がくっきりと付いており、赤く血の滲んでいる部分もあった。
「………なかなか、辿りつかない…」
呟いた声は無意識に焦りを含んでおり、草むらの中で空を見上げれば部屋を出た時よりも予想以上に月の位置が西にずれていた。
リアは大手門が開く早朝を狙っていた。食材や調度品を積んだ馬車が入ってくる時、それがリアに許された一度きりのチャンスなのだ。王族や騎士団が出入りする時は、警備が厳しすぎて一人でその全員を相手にするわけにもいかない。
だからこそ、警備の少ないこの時間を狙う。
息を整え、草むらから立ちあがる。
もう時間がない。このままだと門を潜る事はおろか同室の同僚たちに自分の不在が明らかになってしまう。嫌な意味での心音は加速していた。
カサリ
カサリ
「っ………!?」
カサリ
突如、無音の空間に聞こえる足音。誰かがこちらへ来る姿が遠目に見える。
相手は気づいていないのか、そのままこちらへゆっくりとした歩調で歩いてきていた。
今ならまだ、間に合う。
建物の影に移動しようとゆっくりと身を翻そうとした瞬間だった。
「っ、!?」
ガサガサという大きめな物音が響き渡る。
原因は、自らの髪が木の枝に引っかかり立てたものだった。
「誰だ!?」
男の声、早まる足音
「っ、……!」
ぐっと髪を引っ張り、リアは全力で走り出す。
「待てっ……!誰か!不審者だ!!」
力の出る限り、足の動く限り、走る速度を上げる。
何度も何度も建物の角を曲がり、草むらを抜け、庭園を抜ける。
あがる息、喉が焼け切れるように熱い
後ろから聞こえる、兵士独特の鎧がこすれる音は絶え間なく付きまとう。
「っ、きゃっ…!」
いくら目が慣れていたとはいえ、暗闇は暗闇。
何かの石に躓き、リアの身体は一瞬宙に浮いた後、地面に叩きつけられた。
口の中を切ったのか、地の味が広がっていくと同時に全身が熱く、倦怠感に襲われる。
「っ、はぁ…はぁ…っ」
治まることのない息と、時折ひゅーとなる喉はもうすでにリアの体力の限界を表していた。
それでも、走らなければいけない。
地を這ってでも、もっと、遠くへ、もっと、もっと。
「いたぞーーー!こっちだ!!!」
兵士の大きな声が響きわたる。
「っ、駄目っ……動いて、うごいて…!」
とっさに口からこぼれる言葉
滲む視界
震えが止まらない足
近くにあった枝を手に取り、おもいっきり足に突き刺せば神経が切れそうなほどの痛みが襲う。
声にならない声を上げると共に手を地について、爪に泥を食い込ませる。
痛みで震えが止まった足で、再び走り始めた。
「っ、ッ………」
ぼろぼろと流れる涙を拭いながら、懸命に逃げる。
足の感覚なんてもうない。
自分がどうなっているのかさえ解らない。
あぁ、3年前とこれじゃ同じだ。
ふとよぎった思い
最後の母の顔
その瞬間、リアの右腕は力強く引っ張られた。




