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誤字を訂正しました。御迷惑をおかけしました。(2/5)
まるで、氷盤の上でチェスをしているような
そんな攻防戦
見え透いた嘘
砕かれた駒
さぁ、どうしようか
×××10×××
大陸の東端に位置するグランディア帝国にも、冬は訪れる。
寒さもより一層厳しくなり、雪が降り積もる頃になると下女達の仕事は益々増えるのだ。
「早くその薪を運びな!!またせるんじゃないよ!」
「暖炉の掃除、終わってないだろう!早くしな!」
下女達はいつもの紺色のスカートの上にそのスカートを覆うほどの大きさの白い布を被せた格好をしている。寒さ厳しいこの時期、彼女達には避けては通れない仕事があるのだ。
「マーサ!灰袋忘れてる!!」
「っ、ありがと!リア!」
暖炉の薪を補充し、暖炉の灰をきちんと処理しなければならないし、部屋の温度差で生み出される雫を綺麗に拭きとることも仕事の内だ。
更に今日の様な雪の降る日は、扉付近の床が濡れてしまうため人が通った度に拭かなければならない。
まさに、猫の手も借りたい状態である。
「………次は、この部屋」
リアやマーサは各部屋の灰掻きの仕事を中心としていた。
もちろん、各部屋につき一人が原則なので楽しくお喋りしながらというわけにはいかない。
リアは手に持っていたメモをポケットにしまい、佇まいを整え二回ノックをする。
コンコンという音の後、中から返事が聞こえ、がちゃりという音と共に目の前の木製の扉が開いた。
「はい、どちら様ですか」
「お忙しいところ、申し訳ございません。暖炉の掃除に参りました」
「あぁ、どうぞ入ってください。今日は、とても溜まっているの」
「わかりました」
中から出てきたのは美しく着飾った侍女。
リアは、両手に道具を持って部屋の中へ入ってゆく。
基本的には部屋の中の事は、その主人に仕えている侍女が行うのが通例であるが、冬の暖炉の掃除だけは下女が行う。
なので、下女の中にはこの機会を逃してなるものかという勢いで、掃除のついでにその部屋の主へアピールを欠かせない者もいるのだ。
侍女になりたいとか、主人の寵愛を受けたいとか。
もちろん、リアにはそれっぽちもないのだが。
暖炉の前に立てば、その暖炉の中には灰がいっぱいたまっていた。
三角巾を口元と鼻を覆うように後頭部で結び、灰袋を開け、掻き寄せた灰を飛び散らないようにゆっくりと入れてゆく。
一区切りつき、額に浮かび上がる汗を腕で拭ったときだった。
「リア?」
「?」
呼ばれた声に振り向けば、そこには眩しいほどの笑顔を見せる男が一人。
「やっぱり、リアだ。久しぶりだね」
「レヴァン様、お久しぶりでございます」
「もうすぐ終わる?」
「はい、時間をかけてしまって申し訳ありません」
「いや…そういう事じゃないんだけど、な」
灰色の髪を掻きあげ、レヴァンはリアのいる暖炉の近くまでずるずると椅子を引っ張ってきたかと思えばそこに座った。
「レヴァン様……?」
「ん、掃除を続けてくれ」
「………はい」
箒で暖炉の下を掃く音
時計の針がかちり、かちりという音
侍女達は別の部屋にいるのであろう。
この空間には、その二つの音しか聞こえない。
懐かしい、と、そう、思う。
「懐かしいなぁ」
その言葉にリアは、一瞬動きを止めたものの、また作業を再開する。
「ねぇ、リア。覚えてるかい?」
「何でしょうか」
「俺とリアが、初めて会ったこと」
「………はい。今日の様な、雪の積もる日でした」
「そう。リアは、雪に溶けてしまいそうなほど儚かった」
「……………そうでしょうか」
「うん、だから……俺はお前に手を伸ばしたのかも、ね」
あまりにも消えてしまいそうだったから、
誰もいない部屋で、雑巾を片手にじっとただ雪が地上に降りていく様子を眺めていた三年前の彼女。
何かを見ているのに、何も映し出していないような瞳。
その瞳は、綺麗なエメラルド。
だから、その時、気づいた時には無意識に彼女の腕を掴んでいた。
「……もう、3年が経つのですね」
「リア、」
「貴方は、こんな素晴らしい部屋をお持ちになられた」
「っリア……!」
灰袋を持って立ちあがり、振り向いた彼女と視線が合う。
掴もうとすれば、するりと抜けるその細い腕。
「私は、貴方の部屋にこうやって入れて幸せです。同期として、こんなに嬉しいことはございません」
「リアは、俺が嫌いなのか」
その問いに、無言で首を左右に振った。
「じゃぁ、なんでっ……俺の申し出を断るんだっ」
泣きそうになるレヴァンを、悲しそうに見るリア。
「次のお部屋に行かなければならないので……これで失礼します」
「リア、っ……俺は、」
手を伸ばす、後ろからその身体を抱え込むように。
「っ…………」
リアの息を詰める音が聞こえたのと同時にコンコンと聞こえたノックの音。
その音に、リアは更にびくりと身体を揺らし、一瞬緩んだレヴァンの腕から素早く抜け出す。
「レヴァン様、お客様がおみえです」
侍女の声が聞こえるのと同時に、彼女の姿はもうこの腕の中にはなかった。




