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花火  作者: 瑛彪・玄彪
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 8時だというのに、気の早い太陽がジリジリと肌を攻めてくる。

 信号でいったん自転車を停め、空を見上げる。

 そこには、どこまでも澄みきった青が広がっていた。

 

 この分だと、花火大会は決行だな。


 自然とペダルをこぐ足が速くなる。

 まだ今日が始まったばかりだというのに、と苦笑いする。





 花火大会、と聞いて思い出すのは、この会話。




「十三日、花火大会があるんですよ。どおしましょぉ〜」


 ばんばんっと両手で職員室のデスクをたたく僕。

 

「見ないほうがいいんじゃないか?俺んときは自習してたよ。」


 あごをさすりながら平然と答える青年。司法修習生・河口氏(二十五)である。彼は去年司法試験をパスし、現在は裁判官になるべく修行中の身だ。法曹を視野に入れている僕の憧れの先輩である。

 その日彼は、後輩である僕ら;大学受験生の様子を見に来て、その帰りに立ち寄った職員室で、かつての恩師と昔話に花を咲かせていた。ちょうどそこへふらりと来た僕が捕まり、話の輪に加わったのだが、僕と先輩が熱くなり、いつのまにか二人で話し込んでいた。(あれ、先生は?)

 彼のあっさりとした答えを聞いた僕が、ん〜やっぱり受験生と花火ってムエンなのかしら、という顔をしたら、川口氏は、

「そう云えば帰りがけに現チャリに乗りながら見た気がするなぁ〜」

 とニマニマしながらつけたした。



それが三日前のことだった。




 塾に着いて授業二時間もらって、昼ごはんを食べている時、あおが話をもってきた。

 花火、友達と行くけど、一緒来ない?

 何時から行くんだ。

 七時前。

 ん〜

 あおは前々から花火を見たがっていた。なので自習を早めに切り上げて、えづこ経由で帰りがけに見ようかという話はしていた。だが、一緒に見に行く友達が見つかれば、僕が付き合う必要はない。よって断った。人を一人にしたくないが、自分は一人のほうがよいのである。

 もちろん、一人になることは危険である。孤独に固執するあまり排他的になったり、周囲が見えなくなって独我的になったりがちだからだ。しかし、それを十分承知のうえで僕は一人を好む。仲間という存在がいかに大切であるかを実感している。それと同じくらい一人であることがいかに大切であるかも実感している。この両方が均等に必要なのだ。これを知らない一人は、何人群れても危険な独りである。花火を、友達とわいわい見るのもよし、家族で和やかに見るのもよし。だが、この年、この夜を自分にプレゼントするのも、また、いいと思う。今年は、僕にとって特別な人生の節目なのだ。


 さて、まったく自由となったこの夜をどう過ごそうか。

 楽しい悩みごとをもてあそびながら、今週最後の授業である英作文の教室へと階段を上っていった。できれば最後まで自習をしたい。だがそうなると花火は見れない。自習をするという前提は揺るがないが、花火を見たいという気持ちを捨てきれずに階段を上りつめる。帰りがけに見れるよう早く帰ろうか。それとも塾の駐輪場の最上階は適宜見物しに行こうか。・・・さすがに花火の一発目から最後まで、えづこで見ようという選択肢はなかった。いや、実はあるのだが、それは条件付である。その条件とは・・・

 「はづきくぅ〜ん!」

 教室の戸口から、いしざきさんが手をふりながら出てきた。「にゃぁー。」と返すと、今度はいしかわさんからごあいさつ。「にょー。」と返して、そのまま笑顔で教室に入った。で、そのまま笑顔で席に着けばいいものを、塚崎が視界に入ったとたん、反射的に顔が凍ってしまった。しまった、と思いながら進行方向で顔を背けた<条件>の横をかすめて、席に着いた。しまったと思ったときにはもう、淡い期待は消し飛んでいた。読みかけの文庫本を開いてその文字を見つめながら、ああぁ〜〜しまったぁ〜〜、と改めて猛烈に後悔した。ものすごく傷つけてしまったにちがいないと思った。塚崎がこちらを見ると、ぱぁっとハイテンションになってしまう。へたするとニヤけてしまう。それを抑えるために、いっつも表情を消してしまう。見られたくないのだ、塚崎でなく、常に塚崎に張り付いているトリマキたちに。・・・こんな感じでいつも斬りつけてばかりだったけど、今のできっと、とどめを刺しただろう・・・。

 瞬時に天地がひっくり返ったので、ずいぶん動揺した。頭の中が真っ黒だった。が、いつまでもヘコではいられない。授業終了十分前にやっと、宮井先生の腹づつみを笑う余裕が、できた。

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