サンタ魂の継承者
コーヒー牛乳? なんだイチゴミルクは卒業か。ほぉ、そうかそうか。お前も大人の階段をひとつ上がったわけか。ああ、父さんはビールだ。父さんほど立派な大人になると風呂あがりはビールだ。まあ正確にはビールじゃないんだが、これは仕方ない。母さんが厳しいからな。いや、べつに文句じゃないぞ、いまのは。母さんは風呂か? 風呂だよな……よし。まあ発泡酒で我慢するのも立派な大人には違いないだろう。一応いっておくが、お前にはまだ早いぞ。上らなきゃいけない階段はまだまだあるからな。いまはたっぷりと寝ることだ。それを飲んだらすぐ布団に入れよ。これだけ外が冷えてると、すぐに湯冷めをする。あー、そのまえに歯磨きか。危ないところだった。またしても母さんに……。
そういえば、今年はサンタさんにどんなプレゼントをお願いするつもりだ? いやサンタは来るのかって、去年も来たじゃないか。なに、煙突? なるほど英語教室の先生が、サンタさんは煙突からやってくると。ああ、それなら大丈夫、心配することはない。そりゃあ中古マンションに煙突はないよ。ないけどもノープロブレムだ。あれは、たとえ話だよ。ああ、そうだ。煙突からやってくるというのは、メッセージだな。俺たちサンタクロースは、どんな方法を使ってでもプレゼントを渡すぞ、っていうメッセージだ。
えっ……ああ、そのとおり。サンタクロースはひとりじゃない、いっぱいいるんだよ。というよりグループの名前だな。グループの人たちをサンタさんって呼んでいるんだ。いや聞いたことないって、さては父さんを信じていないな? 父親の言葉を疑うなんて大人の階段をどれだけ駆けあがるつもりだ。やれやれ、しょうがないな。こうなったらサンタクロースの歴史を話してやろう。特別だぞ。ほかの人に言ったらダメだからな。母さんにも秘密の話だ。ああ大丈夫。お風呂は女のエステだからな。きっと長風呂だ。
えーっと、じゃあ、どうしようかな。宗教団体ってわかるか? 神様を信じている人たちの集まりだ。で、なかにはもう、神様を信じないで幸せに生きていけるわけないじゃないか、という人もいてな。そんな人たちが集まって、どうやって子どもたちに神様を信じさせようかと話し合いをしていたわけだ。むかしむかし、日本じゃないどこかの国でな。大人は疑り深いから、素直な子どものうちに神様を信じさせようと思ったんだろうな。
まずは子どもたちに、神様がいるってことをわからせないといけない。これは難しいことだ。奇跡、ミラクルが必要だ。そう、なにか特別すごいことが起こらないと、神様がいるなんて思えないものだ。父さんもそうだったなぁ。母さんと出会ったときに、ようやく神様はいるって思ったもんだよ。まあ、ノーメイクの顔を見たときには存在を見失ってしまったんだけどね。いやまったく、神様を信じつづけるのは難しいものだ。いやいや、いまではちゃんと信じてるぞ。母さんは、昔も今も、父さんの天使だ。神様の使いだ。父さんの日常生活は奇跡そのものだ。
ええっと、なんの話だったか。そうそう、サンタクロースというグループができたのは、奇跡をつくるためだ。いきなりプレゼントが贈られてくるという奇跡をみせて、子どもたちに神様がいることを信じさせようとしたわけだ。たとえ信じてくれなくても、喜んでくれるからいいだろうって、そんな感じだったと思う。こんなことを考えたんだから、基本的にいい人たちなんだよ。
しかし、すばらしいアイデアではあるが、やるとなると大変だ。他人の家へ勝手に入るわけだからな。泥棒に間違えられたら、神様がどうとか言っても通じないだろう。子どもにはもちろん、大人にも気づかれることなくプレゼントを置いて帰るには、そこらへんの泥棒よりうまくやらないといけないわけだ。まあ一流の泥棒でもないと難しい。
にもかかわらずサンタクロースのサンタさんたちはやってのけた。超一流の神業テクニックを身につけて、眠っている子どもたちの枕元に次々とプレゼントを置いて帰った。プレゼントが湧いてくるという不思議な話はすぐに広がりを見せる。
それで、サンタさんたちも調子にのったんだろうな。演出っていうか、ちょっと姿を見せはじめて、関係ないところまでこだわるようになったんだよ。できるだけ目立つよう、派手な赤色にしたり。ほら、トナカイの話とか聞いたことあるだろう。盛り上げるためなら何でもチャレンジしたそうだ。煙突からやってくるっていう話も、エピソードのひとつかもしれないな。じつは本当に空を飛んだとかなんとか、ほんとに神様の奇跡が起きたっていう説もあるくらいだ。子どもだけじゃなく大人まで神様を信じはじめたくらいだから、かなりすごかったのは確かだろうな。きっと命がけだ。テレビに出はじめた若手芸人ぐらいがんばったと思う。まあ、とにかく、最初のうちはうまくいってたんだよ。
やっていくうちにね、お金が足りなくなったんだ。神様を信じる人たちは増えたんだから、もう続ける必要もなかったような気がするけど、止めようとは考えなかったらしい。喜ばれたかったのか、楽しかったのかはわからないけどな。入ってくるお金も増えてはいたんだが、プレゼントを待っている子どもたちは大勢いる。やればやるほどお金は減っていく。演出を止めても、それでも足りなかった。
このままではいけない。それはみんなわかっていた。メンバーを増やして、グループを大きくして、もっと無駄なくやっていこう。しかし、それをやるにもお金がいる。で、あるサンタさんがこんなことを言ったわけだ。
俺たちの力があれば、お金なんかすぐに集まるじゃないか。
ようするに、お金持ちの家に泥棒をして、お金を盗めばいいじゃないかってことだ。もちろん、そんなことは間違っているとして、多くのサンタさんたちは反対した。いろいろ話し合っても、意見はずっと変わらない。結局、お金がないのはどうしようもないから、年に一回だけ、できる分だけ、子どもたちにプレゼントを贈ろう。多数決でそう決まったんだ。どうしても賛成できなかった人たち、お金を盗めばいいって人たちは、サンタクロースを出て行くことにした。いや、追い出されたって言ったほうが正しいのかな。過激派のサンタさんたち、泥棒をすればいいって考えたサンタさんたちは、自分たちのほうが絶対に正しいんだって、本当に金品を盗んじゃったんだよ。
財産を盗まれたお金持ちの人たちは、泥棒を決して許さなかった。犯罪者となった元サンタさんたちは命まで狙われるようになる。逃げまわる生活はとても厳しくてねぇ。自分たちは正しいことをしたのに、神様はなぜ自分たちを苦しめるのかと悩んだ。そして、とうとう神様を見失ってしまった。無知である人間にとって、神様を信じ続けるのは難しいもんなんだよ。うん。
で、ここからはあれだ。サンタクロースの光と闇の闘いだな。
追い出したとはいえ、サンタクロースはピンチになった元サンタさんたちを助けようとした。でも、彼らの心を救うことはできなくてね。犯罪者として逃げまわっていた彼らは、神様のためでも、ましてや子どもたちのためでもない、自分たちのためだけにお金を盗む、本物の泥棒になってしまった。
なんといっても技術は超一流だからな。本気になったら、そりゃすごいさ。そして元サンタさんたちの恐ろしさを、サンタクロースのメンバーはよくわかっていた。彼らがブルーサンタという新しい犯罪者グループをつくりあげると、サンタクロースは闘う決意をしたんだ。すべての責任は自分たちにあるとしてね。
プレゼントは年に一回だけど闘いは年中無休だ。もちろん正義は勝つさ。しかし、ブルーサンタが消えることもなかった。彼らは国を越えて活動をつづけて、それを追いかけるようにサンタクロースも活動を広げていった。
初代のサンタさんたちは死んじゃったけれど、その意志を受け継いだ人たちが闘いをつづけた。サンタクロースの活動が世界中に広まったのは、何百年も続く闘いのおかげかもしれないな。もちろん日本にもサンタ魂を受け継いだ人たちがやってきたわけだが、いつ来たのかはよくわからない。でも戦国時代にはいただろうな。サムライ魂に混じって、サンタ魂もあったんじゃないかなぁ。
んん? おお、そうだ。サンタスピリットだ。やるじゃないか、ジャパニーズボーイ。魂をすんなりとスピリットに言いかえるとは、さすが、英語教室に通っているだけのことはある。先生は優しいか? いい先生に恵まれることは、いい人生を歩むことにつながるからな。
おっ、そうだ。それじゃここで偉大なるマスター、ラットボーイ師匠について教えようではないか。悪い奴から金品を盗み、貧しい人たちに配ってまわる、元ブルーサンタのメンバーでありながら、正義に目覚めたスーパーヒーローだ。なんと師匠は、ブルーサンタから財宝を盗み出すという伝説までもっている。
そう、ラットボーイ師匠は超一流の泥棒だった。ブルーサンタのなかでも一番すごい。サンタクロースのサンタさんといえど、師匠を捕まえることができなかったと言われている。そんな師匠が正義に目覚めた理由なんだが、じつはよくわかっていないんだ。サンタクロースの歴史を知ったからとも言われているけど、父さんは違うと思うな。悪い人から金品を盗むのは初代の過激派サンタさんのようだけど、その後の配り方が派手だからね。神様がどうとか、子どもがどうとか、まったく関係ないから。
父さんが思うに、たぶん、師匠は恋をした。女性のハートを盗むのは難しいが、師匠ならルパンのごとく盗めたとも思う。しかし、自分は泥棒であり、追われる身だ。愛しい人を巻き込むことはできない。彼女の幸せを願い、自分は影から想いつづけようとした。で、心やさしい彼女を喜ばせるために、貧しい人たちを救うことにしたんだよ、たぶん。それにブルーサンタのお金を盗み出したのも、彼女のためかもしれない。組織から命を狙われていたこともあるだろうけど、犯罪者グループがいるとなれば、誠実に生きている彼女たちは安心して生活ができないからな。
まあ、とにかくだ。師匠の活躍があって、ブルーサンタの日本支部は一度滅んだ。サンタクロースは師匠を仲間にしたかったけれど、師匠の行方はついにわからずじまい。そして、そんなラットボーイ師匠の名はサンタクロースの歴史に刻まれて、今でも尊敬されているのだよ。
どうだ、すごい人だろう。ん? なに、伊達直人?
おお、そうだな。伊達直人よりすごい。いや、伊達直人もすごいけどね。しかしなんだな、よく覚えていたな。父さん言われるまで忘れてたよ。お前はなんだ、今夜、父さんを一気に越えるつもりなのか? いかんぞ、この程度で父さんを越えたと思ってはいかん。いまのはちょっと油断しただけだ。父さんの実力はまだまだこんなもんじゃないからな。
でもあれだな。ランドセルを贈るあたり、もしかしたら伊達直人もサンタクロースの一員かもしれないな。いや、待てよ。伊達直人といえばタイガー……元ブルーサンタのほうがいいか。うん、なんかそんな気がしてきた。
あっ、いかん、風呂場が騒がしいぞ。母さん半身浴はしなかったのか? なんてこった。さあさあ、コーヒー牛乳は全部飲んだか? それじゃ歯を磨いて布団に入れ。それといいか、今夜の話は誰にも言うなよ。とくに母さんには秘密だ。いろいろと面倒だからな。よしよし、わかったならそれでいい。あと、そうだな。サンタさんに欲しいものを紙に書いて、机のうえに置いておくといい。メッセージはちゃんと伝わるから、なにも心配することはない。言っただろ? サンタさんたちはな、何としてでも子どもたちにプレゼントを贈るんだよ。