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屈原と老人

 洞庭の水は満々として、夕陽に照らされている。

 一人の男がそれを眺めながら、嘆息した。楚を追われた屈原である。


『世は溷れて分かれず、好んで美を蔽いて嫉妬す』


 世の中は濁っている。才能のあるものに嫉妬してそれを隠そうとする。


 かつて、彼はそう詩を作り、嘆いた。その後復帰したが、またも政界を追われる。


 ――自分は間違ったことはしていない、正しきを貫いたのだ。なぜそのような自分が、今こうやって国の危機に何も出来ず、放浪をやむなしとするのか?


 また彼は溜息をつく。

 ふと釣りをしている老人に目をやった。すると、突然その老人が屈原のことを見ようともせず、突然に声をかけてきた。

「そこに居られるのは、かつての左徒、屈原様ではないかな?」

「はい、そのとおりです。ご老人は?」

 白い髭をしごいて老人は笑って答える。

「儂はここらで悠々自適の生活をしておる、ただの年寄りじゃよ」

「結構なことですな。某はこうなった身でもいまだこの楚国の行く末を憂いてござる」

 老人は首を横に振りながら、屈原にこう説いた。

「世の中というものは、得てしてそういうものじゃ。自分が正しいことをしていても、国のことをどれだけ思っていても、それが認められるとは限らぬもの。それはあなた様が一番よく分かっているのではないじゃろうかな?」

 屈原は黙って俯いた。


 ――しかし、それでも私はこの国を見捨てることはできぬ。


 老人は続ける。

「どうじゃ、儂とともに、ここで悠々自適の暮らしを送ってみんかな? 明ければ畑仕事に勤しみ、たまにこうやって釣り糸を洞庭に垂らしながら、世間の憂いと係わることなく暮らす。どうじゃな?」

 それを聞いて屈原は三度目の溜息をついた。この老人は、老荘の教えに従って暮らしている人なのだろう。かつて理想の社会を目指した孔子に、自然あるがままに生きよと説いた老人のような。

「それはありがたい申し出ですが……」

 一瞬屈原に迷いが生じた。羨ましい、そう彼は思った。だが屈原と老人では立場が違う。生まれも、今まで過ごしてきた環境も。

 老人はそれも見抜いていたようだ。

「あなた様にはできぬこと、だと言うんじゃな? よいよい」

 そう言って老人は釣り糸を引き上げると、一匹の鯉魚が躍り上がった。

「お見事ですな」

 洞庭のほとりに風が吹き抜けた。なんと穏やかな風だろう。その穏やかな風に吹かれても屈原の憂いは晴れない。

 老人はやはり彼の心を見抜いているのだろう。

「いやいや、今日はあなた様に会えてよかった。最後に一つだけ言っておくかの。あなた様の生き方は間違ってはおらぬよ」

 ようやくこちらを向き微笑む老人。

「某は……」

 何かを言いかけて口ごもる。


そうか、自分の生き方は間違ってはいないか――


 老人とはそれっきり。そして彼は楚の都が落ちたことを知る。


 あの老人の言うことももっともだが、某は国に殉じよう。


 屈原 汨羅に於いて入水自殺す。享年六十三。


さて、この作品は自分の心を屈原と老人に託して書いたものです。理想に生き、それに殉じようとする屈原。自然とともに生き、無理をして生きようとしない老人。ラノベ作家を目指して突き進むのがいいのか、それとも、職業訓練を経て、職に就いて、その後現状をよしとするのか。でも屈原の生き方は間違っているとは思いません。ワナビの皆さんは、迷わず突き進めばいいのです。

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