第5章 第1節 アカリはツカサを振り切り休憩室で一人悲しみに暮れる。心を落ち着かせるために最後のお茶を飲んだ刹那、不思議な毛むくじゃらの「おつまみモンスター」が再び姿を現したのである
第5章 至高の晩餐と現世の楽園
第1節 アカリはツカサを振り切り休憩室で一人悲しみに暮れる。心を落ち着かせるために最後のお茶を飲んだ刹那、不思議な毛むくじゃらの「おつまみモンスター」が再び姿を現したのである
ロッカールームに飛び込んできたツカサの悲痛な呼びかけを背に受けながらも、アカリは自責の念に耐えきれず、彼から逃げるようにして誰もいない薄暗い休憩室へと駆け込んでいた。小さな段ボール箱に私物をまとめ終えた彼女は、窓際のパイプ椅子に力なく腰を下ろした。
窓の外には、夕暮れ時の赤黒い空が広がっている。自分が丹精込めて作った料理が、あろうことか社員たちに激しい腹痛をもたらしてしまった。その残酷な嘘の事実が、アカリの心を鋭いナイフのように何度も何度も容赦なく抉り続けていた。
「私……本当に、最低なことをしてしまった……」
ポツリと呟いた言葉は、誰に届くこともなく虚しく空気に溶けていく。これ以上ここにいては、会社にも、そして何よりも自分を優しく見守ってくれていたツカサにも迷惑がかかる。早くこの場を立ち去らなければならない。そう頭では理解していても、絶望で鉛のように重くなった体はピクリとも動かなかった。
アカリは震える手を伸ばし、傍らに置いていた自分の水筒のフタを開けた。せめて最後にもう一度だけ心を落ち着かせようと、湯飲みにお茶を注ぐ。それは、今朝彼女が自分自身のために丁寧に淹れた、ほうじ茶だった。
温かい茶碗を両手で包み込み、ゆっくりと口に含む。香ばしい香りと優しい温もりが、冷え切った食道を細く流れていった。
――お茶を飲み込んだ、まさにその刹那だった。
「キュウッ」
何もない虚空から、奇妙な鳴き声が鼓膜を揺らした。アカリが驚いて目を瞬かせると、目の前のテーブルの上に、以前自室で一度だけ目撃したあの不思議な生き物がちょこんと座っていたのだ。
体長は手のひらサイズで、全身がふわふわとした黄金色の毛で覆われている。つぶらな瞳と短い手足を持ったその奇妙な生き物は、アカリが密かに『おつまみモンスター』と名付けていた不思議な存在だった。
「あなた……どうしてここに……?」
アカリが呆然と見つめる中、毛むくじゃらのモンスターは短い鼻をクンクンと鳴らしながら、彼女の顔のすぐ近くまでピョンと飛び乗ってきた。そして、アカリの周囲を取り巻いている黒く重い空気――絶望、悲しみ、自己嫌悪といった暗い感情の塊に向かって、パクリと大きな口を開けたのである。




