ー第5節 ツカサはアカリに深く頭を下げて感謝を伝えるが、現世での至高の境地に達しているアカリは自身の料理の異常な力に全く気づかず、「お腹が空きすぎていたから」と無自覚で純粋な反応を返す。
第5節 ツカサはアカリに深く頭を下げて感謝を伝えるが、現世での至高の境地に達しているアカリは自身の料理の異常な力に全く気づかず、「お腹が空きすぎていたから」と無自覚で純粋な反応を返す。
ツカサは立ち上がると、目の前で静かに微笑んでいるアカリに向かって、深く、九十度に腰を折って頭を下げた。次期社長候補というプライドなど、そこには一切なかった。
「ありがとう。君の料理が、私を救ってくれた。何ヶ月ぶりかに、食事がこれほどまでに尊く、美味しいものだと思い出すことができた。君は私の命の恩人だ」
真摯な声で紡がれる最大限の感謝の言葉。しかし、その言葉を受け取ったアカリの反応は、ツカサの予想を大きく裏切るものだった。
「え……? 命の恩人だなんて、そんな大げさな……」
アカリは困ったように眉を下げ、ふんわりと柔らかく笑った。
「きっと、お仕事が忙しくて、お腹がペコペコに空きすぎていたんですよ。空腹は最大の調味料って言いますし。でも、私が作ったものを残さず綺麗に食べてくれて、本当に嬉しいです。お粗末様でした」
アカリは心底嬉しそうに、空になったお盆を片付け始めた。
彼女は、おつまみモンスターによって『現世での至高の境地』に達しているため、地位や名誉、あるいは特別な奇跡を起こしたという自負といった自己顕示欲が完全に消え去っていた。ただ目の前の命を慈しみ、誰かが自分の料理で元気になってくれたという「今ここにある幸せ」だけで完全に満たされているのだ。
そのため、自分の作った料理が重度の味覚障害を一瞬で治癒するほどの異常な魔法の力を持っていることになど、微塵も気づいていなかった。
ツカサは、アカリのその無自覚で純粋すぎる背中を見つめながら、雷に打たれたような別の衝撃を受けていた。この淀んだ会社の中で、これほどまでに無垢で、見返りを求めない真心の持ち主が存在したのかと。ツカサの胸の奥底に、アカリに対する絶対的な信頼と、ある種の特別な感情が深く根を下ろした瞬間だった。




