第1章 第1節 社内食堂の地味な栄養士、アカリの終わらない戦い。食べる人の健康と笑顔を願う彼女の真心を、利益第一の上司は「手作りなど無駄だ」と冷酷に踏みにじる。
第1章 謎の毛玉と神の料理
第1節 社内食堂の地味な栄養士、アカリの終わらない戦い。食べる人の健康と笑顔を願う彼女の真心を、利益第一の上司は「手作りなど無駄だ」と冷酷に踏みにじる。
都心の一等地、雲を突くような巨大なガラス張りの高層オフィスビル。その中層階に位置する大企業の社内食堂は、昼のチャイムが鳴り響くと同時に、数百人という規模の社員たちが一斉に押し寄せる過酷な戦場へと変貌する。
無機質なステンレス製の長いカウンターの向こう側で、真っ白な割烹着に身を包み、額に滲む汗を拭う暇もなく立ち働いているのが、この食堂で働く二十六歳の栄養士、アカリだった。
彼女の目元には連日の激務による深い疲労の色が色濃く刻まれているが、それでも手元だけは決して休めることはない。次から次へと流れてくるお盆の上に、少しでも美味しそうに見えるよう、そして食べる人の心が少しでも安らぐようにと、小鉢の配置やメインディッシュの盛り付けを一つ一つ丁寧に整えていた。
「おい、アカリ! 何をモタモタしているんだ! 食堂は回転率が命だと言っているだろうが!」
背後から容赦なく飛んでくる怒声に、アカリはビクッと肩を震わせた。声の主は、食堂の責任者でありアカリの直属の上司である恰幅の良い男性だ。彼は常に眉間に深いシワを寄せ、エクセルに並ぶ数字とコスト削減のことしか頭にない、極端な利益至上主義者だった。
「申し訳ありません……ただ、彩りを少しでも良くしようと、野菜の配置を……」
「馬鹿野郎! 彩りなんかで腹が膨れるか! そんな手作りの手間暇なんて全くの無駄なんだよ! 安いレトルトパックを湯煎して、業務用の冷凍食品を油に放り込んで出せばそれでいいんだ! お前は栄養士の資格を持っているだけで、一流のシェフでも何でもないんだからな。分を弁えろ!」
上司の冷酷な言葉が、アカリの柔らかい心に鋭い刃となって突き刺さる。アカリが過酷なこの仕事を選んだのは、食べる人の日々の健康を底辺から支え、美味しい食事で少しでも笑顔になってもらいたいという、ごく純粋で温かい願いからだった。だからこそ、どれほど限られた厳しい予算の中でも、昆布と鰹節からきちんと出汁を取り、手作りの温かさを提供しようと毎日夜明け前から厨房に入り、黙々と仕込みを行ってきたのだ。
しかし、彼女のその献身的な努力は、上司にとっては単なる「無駄な人件費と時間の浪費」でしかなかった。自己主張が極端に苦手なアカリは、言い返すこともできず、ただギュッと唇を噛み締めて俯くことしかできなかった。




