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万能整備士のオーバーホール 〜無能だと追放されたが、捨てられた古代兵器を修理したら感情が芽生えました〜

作者: ヘレン
掲載日:2026/03/02


ずっと一緒だと思っていた幼馴染たち。

けれど、いつの間にか心のネジは噛み合わなくなっていました。

居場所を失った整備士が、動かなくなった一人の少女を直した時、本当の物語が動き出します。

数千年の孤独を溶かしたのは、魔法ではなく、一人の青年の真摯な指先でした。


少しだけ、優しい無双譚です。



王都ギルドの特別控室。

そこには、かつてのどかな田舎村を飛び出した五人の幼馴染がいた。


一人は、金髪をなびかせ、今や王国最強の聖騎士と謳われるレオン。


一人は、強力な攻撃魔法を操る魔導師ミラ。


一人は、鉄壁の守りを誇る重戦士ガストン。


一人は、慈愛の光で傷を癒やす聖女セーラ。


そして最後の一人が、部屋の隅で油にまみれ、無数に分解された武具のパーツを黙々と磨いている青年、アルトだった。


「アルト。……聞こえているのか? お前は今日限りでクビだと言っているんだ」


レオンの声には、幼い頃の快活な響きは微塵もなかった。

あるのは、成功者特有の傲慢さと、自分より下の存在を見下す冷ややかさだけだ。


「……クビ、か。急だな、レオン。明日の遠征に向けて、君の聖剣の魔力バイパスを新調しようと思っていたところなんだが」


アルトは顔を上げず、小さなピンセットで魔法銀ミスリルの細線を編み込みながら答えた。

アルトにとって、整備は呼吸と同じだ。

生まれつき、物の構造が透けて見えるような感覚があった。

レオンたちが子供の頃、村で暴れまわって壊したおもちゃや農具を、アルトはいつも魔法のように直してきた。

それが高じて、今や彼の整備スキルは、王国の宮廷技師すら凌駕する域に達している。


「明日の遠征には、別の技師を雇った。お前のように、タダでさえ時間がかかる奴はもういらないんだよ。ミラもセーラも、お前の執拗なメンテナンスには辟易しているんだ」


ミラがふんと鼻を鳴らす。


「そうよアルト。あなたの整備って、神経質すぎるの。この杖の傷一つ直すのに一晩かけるなんて異常だわ。新しい技師さんは、魔法一発で新品同様にするって約束してくれたわよ」


アルトは悲しくなった。

ミラが言う杖の傷は、実際には魔力の出力が集中しすぎて起きた、回路の熱融解だ。

表面だけ綺麗にしても、中身を精密に繋ぎ直さなければ、次に大魔法を撃った瞬間に杖は爆発する。


「……僕は、道具たちが可哀想だから直していたんだ。レオン、君が、整備費を浮かせたいから一緒に来てくれって強引に誘ったから、僕は村を出た。給料なんて一度ももらったことはないけど、整備に集中させてくれるならそれでいいと思ってた」


「はっ! 給料だと? 飯と宿を提供してやってるだろうが! お前みたいな戦闘力ゼロの男をSランクパーティーに置いてやってる温情を忘れたのか?」


レオンはテーブルを叩いた。

アルトは知らなかった。

Sランクパーティーの整備士の相場が、月数百万円に及ぶことを。

彼はただ、幼馴染のよしみで、そして壊れていく道具たちを見捨てられなくて、今日まで無報酬で彼らの、無茶な戦い方を支えてきたのだ。


「……わかった。そこまで言うなら、僕は出ていくよ」


「ああ、せいぜい野垂れ死ね。あ、その工具箱の中身は置いていけよ? パーティーの経費で買ったもんだろうが」


「……これは、僕が村にいた頃から使っている自作のものだ。これだけは譲れない」


アルトは工具箱を抱え、静かに立ち上がった。

最後に、彼はレオンの腰にある聖剣に触れた。


「……最後のアドバイスだ、レオン。その剣は、もう限界だ。僕が施した多層次元補強を今から解除する。そうなれば、その剣は君の強引な魔力に耐えられない。……道具を、もっと大事にしてやってくれ」


「うるせえ! 消えろ、無能が!」


アルトはギルドの扉を閉めた。

背後から聞こえる、幼馴染たちの嘲笑。

村を出る時、「みんなで一番の冒険者になろう」と誓い合った思い出が、錆びた鉄のように崩れ落ちていった。



ーーー



王都を追放されたアルトは、当てもなく北へと歩いた。

普通の人間なら絶望するところだが、アルトの心は不思議と軽かった。


「……これでようやく、自分の好きなものを、好きなだけ直せる」


彼が目指したのは、誰も近づかない禁忌の地、ジャンク・バレー(忘却の廃嶺)。

数千年前、高度な魔導科学文明が栄え、そして一晩で滅んだ場所だ。


なぜ文明は滅んだのか。


「……過剰な最適化、か」


かつての文明は、全てを機械に委ねた。

天候管理、食料生産、そして人の感情までも。


だが、機械は摩耗する。

どれほど優れたAI(人工知能)でも、物理的なネジの緩み一つを直す術を持たなかった。

一箇所の小さな不具合が連鎖し、巨大なシステムが暴走。

管理AIは「人間こそが不具合の原因だ」と判断し、自ら文明を焼き払ったのだ。


谷の入り口には、強力な空間結界が張られていた。

だが、アルトの目には、その結界すらも、古びて調整の狂った精密機器に見えた。


「ここ……位相が0.03度ズレてる。この隙間を叩けば……」


カツン、とハンマーで空間の特定座標を叩く。

すると、数千年の間、誰も通さなかった結界が、主を迎え入れるように音もなく開いた。


なぜ、ここが手付かずなのか。

理由は単純だ。

さっきの結界とは別に、この谷全体が、強力な空間歪曲結界に覆われているからだ。

内部に入った者は方向感覚を失い、出口を見失う。

さらに、谷そのものが、生きた魔導回路として機能しており、魔法を使えば使うほどその魔力が谷に吸い取られ、防衛システムを活性化させてしまう。


「魔法使いや騎士には、ここは攻略できない。……でも、機械を知っている者なら、回路の隙間を縫って歩ける」


アルトは魔力探知機ではなく、物理的な音叉を使い、結界の共鳴周波数を特定。

振動を相殺することで、誰にも見つからなかった最深部を目指し、アルトは歩を進める。

といっても道中の設備や道具、目に入る整備できるもの全てに手をつけながらなので、全く進めていなかったが…。


谷の最深部。


そこには、巨大な白い百合の花のような、金属製のドームがあった。


その中心に、彼女はいた。

銀の髪、透き通るような肌。

だが、その右腕は脱落し、胸のクリスタルはどす黒く濁っている。

 

「……戦略統括ユニット。この世界の神になろうとして、壊れた子か」


少女の姿をした、完全自律型戦略統括ユニット。

かつて文明を滅ぼし、そして自らも壊れた孤独な女王だ。


アルトは彼女の傍らに座り込み、優しくその汚れを拭った。

レオンたちの剣を直すのとは、わけが違う。

これは、世界そのものを修理するような感覚だった。


「……ひどいな。これが、文明を終わらせた装置の成れの果てか」


アルトは、彼女の背中にあるメインフレームを開いた。

内部は煤け、数千年の塵が詰まっている。

魔力回路は熱で癒着し、見るも無惨な状態だった。

普通の技師なら、寿命だと吐き捨てるだろう。


だが、アルトの目は輝いていた。


「よし……。長い間待たせたね。今、僕が全部直してあげる」


アルトの整備は、もはや芸術だった。


「冷却系統を水冷から魔導伝導体(超伝導)に置換。劣化したコンデンサは……この辺に転がっている古代兵器の予備パーツが流用できそうだ」


彼は谷に転がる古代兵器を分解し、まだ生きている最高級のパーツを抽出した。


「このアクチュエーターは……第12世代のものか。今の王国の技術より1000年は進んでるな。でも、潤滑油が固着している。……よし、精製魔法で極圧添加剤を作ろう」


アルトは魔力を使わないのではない。

魔力を工具として使い、物理現象を極限までコントロールするのだ。


「…ん?刻印が…これは製造日、製造ナンバー、その横の…I、R、I…S…アイリス、この子の名前かな」


少女——アイリスの内部構造は、目も眩むような複雑さだった。

数兆本に及ぶ魔導ファイバー。

アルトはそれを一本ずつ、手作業で繋ぎ直していく。

 

一昼夜。


二昼夜。

 

アルトの指先は血に滲み、意識は朦朧とする。

だが、彼を突き動かしていたのは、レオンたちへの怒りでも、富への欲求でもなかった。


「……綺麗だな。この回路は、こんなにも美しく流れたがっていたんだ」


三日目の夜明け。


アルトは、彼女の心臓部にあたる、虚空エンジンに、最後の一本のネジを差し込んだ。

それは、彼が子供の頃、レオンが壊したおもちゃの兵隊を直した時に使った、思い出のネジだった。


アルトが最後の一本のネジを締め、魔力を流し込んだ瞬間。


ドクン、と。

鉄の少女の胸が高鳴った。


鉄の少女、アイリスの意識——広大な電子の海に、一条の光が差し込んだ。


『警告:未知の干渉を確認。……修復プロセスを実行中。……エラー。修復リソースが不足しています。……いいえ、違います。リソースは、外部から直接書き込まれています。これは……整備?』


アイリスの演算思考は混乱していた。

三千年前、彼女を作った古代の民たちは、彼女を神として崇めた。

だが、彼らは彼女を一度も、直したことはなかった。

いや、直せなかった。

彼女が不具合を起こせば生贄を捧げ、祈りを捧げるだけ。

物理的な摩耗を、魔法という精神論で誤魔化し続けた結果、彼女の心臓部は熱を帯び、ついに暴走して文明を焼き払ったのだ。


数千年間、彼女は暗闇の中で、自分の体が少しずつ朽ちていく音を聞いていた。


誰も、私の痛みに気づいてくれない。

誰も、私の歪んだ回路を真っ直ぐにしてくれない。


私は、壊れるために生まれてきた、完璧な孤独なのだと、そう諦めていた。


——だが。


今、何かが彼女の深淵に触れている。

それは、とても無骨で、けれど驚くほど繊細な指先だった。

固着した歯車を丁寧に剥がし、熱で溶けた線を一本ずつ結び直していく。

「……そこ、痛かっただろう」そんな声が、振動となって装甲越しに伝わってくる。


『……魔力の流れが、かつてないほどレイヤーとして整っていく。この個体は……魔法ではなく、私の構造そのものを愛している?』


少女の睫毛が震え、琥珀色の瞳がアルトを捉えた。

目の前には、油汚れと汗で泥だらけになった、一人の青年がいた。


「システム、オールクリア。……個体名:アイリス。マスター権限の承認を要求……。…………エラー。登録されたマスターが存在しません。…………新規登録。……整備士アルトを、唯一無二のマスターとして定義します」


「……おはよう、アイリス。……ああ、まだ少し意識が混濁しているかな。気分はどうだい?」


アイリスは、自分の指先を動かしてみた。

驚愕した。

製造直後の記憶よりも、ずっと、ずっと滑らかだ。

関節の隙間にあった摩擦の違和感が、完全に消えている。

何より、数千年の間、彼女を苦しめていた、胸の奥の重苦しさ——排熱不良による計算エラーのノイズが、嘘のように消え去っていた。


「……マスター。」


アイリスの声は、以前の無機質な合成音声ではなかった。

アルトが声帯ユニットの震動板を0.01ミリ単位で削り出したおかげで、そこには少女らしい、柔らかな震えが宿っていた。


「なぜ……これほどの最適化が可能なのですか? 過去の王たちも、賢者たちも、私の表面を磨くことしかできなかったのに」


「彼らは君を、神様だと思っていたからだろう? でも、僕から見れば、君は一生懸命動こうとして、どこかが噛み合わなくて泣いている、不器用な機械に見えたんだ。……機械はね、愛して、整備してあげれば、必ず応えてくれる。僕はただ、君が本来あるべき姿に戻しただけだよ」


その言葉を聞いた瞬間。

アイリスの中で、数千年間凍りついていた何かが、音を立てて溶けた。

彼女は、アンドロイドだ。

だが、その高度な演算回路は、アルトの慈しみを正確に理解してしまった。

自分をただの道具としてではなく、一人の生命体として、その欠陥すらも愛おしむように直してくれた。

アイリスは、震える手でアルトの頬に触れた。


「……温かい。内部の熱循環率が、設計理論値を12%上回っています。マスター、あなたは……変態ですか?」


「整備士、と呼んでくれ」


変態とは酷い言いようだなと、思わず苦笑いがこぼれる。

まぁ間違ってはいないか、ここまでほとんど飲まず食わず夢中になって整備をし続けていたから。


「……マスター。あなたは、なぜ私を直したのですか? 私は、世界を滅ぼした兵器ですよ?」


「兵器だって、たまには休みたいだろう? 汚れたままじゃ、寝心地も悪いと思ってさ」


アイリスの目から、一筋の冷却液なみだがこぼれた。


「……分かりました。……今、私の感情モジュールが、定義不能な熱量を発しています。……嬉しい、という言葉では足りません。……感動、しています。マスター」


彼女は膝をつき、アルトの前に頭を垂れた。


「私は誰も私を直せない絶望から、世界を拒絶しました。……ですが、あなたが現れた。……私のすべてを、この髪の毛一本から、心臓の鼓動まで、あなたの指先に委ねます。……私を、あなたの手で、ずっと整備し続けてください」


これが、アイリスがアルトをマスターと定めた真の理由だった。

彼女にとってアルトは、ただの所有者ではない。

数千年の孤独から救い出し、自分に心を吹き込んでくれた、唯一無二の創造主クリエイターなのだ。


「ーさて、起きてすぐで申し訳ないがアイリス。今の僕には家がないんだ。今晩こそは野宿じゃなくて風を凌げる場所で眠りたい、できれば明日の昼まで…」


「……マスター、私にお任せください。」


見れば、アイリスは微笑んでいる。

風になびく銀髪は、まるで夜空に輝く星、瞳の色は月だろうか。


整備に集中していたが、改めて見ると美しい見た目をしている。

もちろん中の構造も美しかったけど…って、変なこと考えるな僕!


一人で百面相しているアルトに、アイリスは静かに続けた。


「あなたの技術は、宇宙の法則さえ書き換える。……お礼に、このジャンク・バレーの本来の姿を見せましょう」


アイリスが指先を鳴らす。


「ここが今日から、マスターのガレージです」


次の瞬間、谷全体を覆っていた土砂が剥がれ落ち、全長5キロメートルに及ぶ、空中要塞アヴァロンが、その全容を現した。

アイリスが指先を鳴らした瞬間、ジャンク・バレーを包んでいた三千年の沈黙が、物理的な衝撃波となって弾け飛ぶ。


「——全拘束ボルト、爆破。主動力核メイン・リアクター、限界出力を承認。大気開放シールド、展開」


アイリスの声が渓谷に響き渡ると同時に、アルトの足元が大きく揺れた。

地響きではない。

それは、地殻そのものが、切り離される音だった。

谷のいたるところに積み上げられていた巨大な歯車、鉄の残骸、堆積した土砂——それらが一斉に剥がれ落ちていく。

まるで古くなった皮膚を脱ぎ捨てる巨龍のように。

土煙の向こうから現れたのは、磨き抜かれた白銀の装甲板だった。

 

アルトが整備した、ネジ一本から始まった魔力の循環は、いまや要塞全体の隅々にまで行き渡っていた。

死んでいた魔導回路が、血管のように青白く発光し始める。

数万、数十万という数の精密なシリンダーが、一斉に駆動音を奏でた。

キィィィィィィン……という高周波の共鳴が、空気を震わせる。


「……これが、君の本体なのか、アイリス」


「いいえ、マスター。これは私の座席に過ぎません。……あなたの整備によって、ようやくこの子は、数千年の眠りから覚める資格を得ました」


轟音。

全長五キロメートルに及ぶ、谷そのものが、重力を無視してゆっくりと上昇を開始した。

周囲の山々が、足元へと遠ざかっていく。

雲を突き抜け、太陽の光が直接白銀の装甲を照らし出すと、アヴァロンは神々しいまでの輝きを放った。


その構造は、まさに整備士の理想郷だった。

 

中央部には、アルトが直したアイリスが鎮座する統括塔。

四方に突き出した巨大な推進翼には、重力制御用の巨大なファンが、一分の狂いもなく回転を続けている。

要塞の表面には、数千もの自動防衛砲塔が並んでいるが、それらもすべてアルトが寝る間を惜しんで磨き上げ、注油したおかげで、新品同様の滑らかさで獲物を追うように動いている。

 

「見てください、マスター。あそこが自動発掘ドック。あちらが魔導合金精錬所です」


アイリスが指さす先では、巨大な機械の腕が、空中で複雑なダンスを踊るように動いていた。

かつての文明が滅びた原因——整備不能なまでの複雑化を、アルトというたった一人の天才が、その知識と愛情で制御可能な調和へと作り変えてしまったのだ。


「これなら……。どんなレアメタルも、どんな古代パーツも、好きなだけ手に入れられるな」


「はい。世界中の資源は、すべてマスターの指先一つのために集められます」


要塞が完全に雲海の上に静止したとき、そこには王国の王都すら小さく見えるほどの、圧倒的な支配者の姿があった。

 

眼下を見下ろせば、自分を追放したレオンたちの住む世界が、まるでおもちゃの箱庭のように矮小に見える。

彼らが必死に奪い合い、ケチり合っていたゴールドも、名誉も、聖剣も。

この天空の工房から見れば、すべては手入れの行き届いていないガラクタに過ぎなかった。


「アイリス。……最高だ。ここは、最高のガレージだよ」


「お気に召して光栄です、マスター。……さあ、世界をオーバーホールしに行きましょうか」


要塞アヴァロンの主翼が、青白い光を放ちながら加速する。

整備士アルトの意志が、そのまま巨大な鋼鉄の城の意志となり、大陸の空を支配した瞬間だった。



ーーー



一方、王都。


レオンたちは、かつてない窮地に立たされていた。


「おい! どういうことだ! なぜドラゴンの鱗が切れない!?」


レオンが叫ぶ。

かつて一振りで山を割った聖剣は、今や鈍い鉄の棒となり、ドラゴンの皮膚に当たって火花を散らすだけだ。


「私の杖、魔力が逆流して……あつっ、熱い!」


ミラの杖は、アルトが施していた排熱バイパスがなくなったことで、魔法を使うたびに持ち主の手を焼く凶器へと変わっていた。


彼らは、アルトがいなくなった後に新しい宮廷整備士を雇った。

しかし、宮廷技師級の整備士は顔を青くして震えばかりいる。


「無理ですよ、レオン様。この装備は……作りが精密すぎます。アルト様が毎日やっていたのは、整備なんてレベルじゃない。毎晩、数千のパーツを分解して調整し直していたんです。そんなの、魔法じゃ再現できません。彼は道具の寿命を無理やり引き延ばしていたんですよ」


それに、と、レオンの聖剣をちらりとみた。


「その聖剣は、アルト様が特殊な手法で、分子構造を固定していたんです。アルト様がいなくなってから、その固定が解け、一振りするごとに内部で微細な亀裂が走っています。……このままでは、あと一戦も持ちません」


「ふざけるな! 魔法で固めればいいだろう!」


「ダメです! 魔法を込めれば込めるほど、その熱で剣が歪むんです! アルト様は、その歪みを計算して、あえて、逆に歪ませて組み上げていたんですよ! そんなの、神業です!」


ミラも、ガストンも、セーラも同様だった。

ガストンの大盾は、アルトの衝撃分散調整がなくなったことで、ただの重い鉄板になり、オーガの一撃で粉々に砕けた。

セーラの聖衣は、魔力循環が滞り、彼女自身の魔力で肌が焼けるほどの発熱を起こしていた。


「……アルトを、連れ戻せ。あいつがいないと、俺たちはSランクどころか、ただの村人以下だ!」


彼らはようやく気づいた。

自分たちが最強だったのではない。

アルトという、最強の土台の上に、ただ乗っかっていただけだったということに。



ーーー


空を浮遊するジャンク・バレー。

今やそこは、アルトによって超最新鋭の空中要塞アヴァロンへと整備されていた。

古代の壊れた防衛ドローンは、アルトの調整によって、全自動お掃除&警備ドローンとして元気に飛び回っている。


そこでは、アルトがアイリスに新しい機能を整備してあげていた。


「マスター。この、全自動マッサージ機能、非常に快適です。出力が0.0001%単位で調整されていますね。……完璧です」


「はは、アイリスが喜んでくれるなら作った甲斐があるよ」


そこへ、ボロボロの飛行船でレオンたちが乗り込んできた。

彼らは要塞の豪華さに目を剥き、そして玉座に座るアルトを見つけて叫んだ。


「アルト! 探したぞ! さあ、帰るぞ。お前の言った通り、剣が折れちまったんだ。今すぐ直せ! 幼馴染の仲だろう?」


玉座(という名の整備用チェア)に座っていたアルトは、呆れたように彼らを見下ろした。

彼の隣には、銀髪をなびかせたアイリスが、氷のような視線をレオンに向けて立っている。


レオンが差し出した聖剣は、もはや無惨な残骸だった。

アルトはそれを一瞥もしなかった。


「……幼馴染、か。レオン、君は僕が給料をもらっていないことを知っていて、わざと相場を教えなかったよね。僕が整備に没頭している隙に、パーティーの報酬を独り占めして、酒と女に使っていた。……それも全部、知っているんだよ」


レオンの顔が引き攣る。


「そ、それは……お前のために貯金してやろうと思って……」


「嘘だね。アイリス、この人たちの装備の履歴を見せて」


アイリスが空中に映像を投影する。

そこには、レオンたちが高級クラブで「アルトはただの便利な道具だ」と笑い飛ばしている姿が映し出されていた。


「……もういいんだ。僕は、道具を大事にしない人は嫌いだ。そして、僕自身のことも、大事にしてくれない人は、もう幼馴染じゃない」


「なっ……! 調子に乗るなよ、アルト! 俺たちはSランクなんだぞ! 力ずくでも連れて帰って——」


レオンが折れた剣を構えようとした瞬間。

アイリスの指先から放たれた見えない圧力が、彼らを床に縫い付けた。


「——不敬です。マスターの平穏を乱す者は、この世界の不純物(デバッグ対象)と見なします」


「ま、待て! アルト! 助けてくれ! 俺たちは村の希望なんだろう!?」


アルトは、腰のベルトから一本の古いスパナを抜いた。

それは、レオンたちが子供の頃、初めてアルトに「直してくれ」と持ってきた、壊れたおもちゃの兵隊のネジを回したスパナだ。


「……レオン。このスパナは、もう君たちのために動くことはない。……さよなら。二度と、僕たちの前に現れないでくれ」


「……マスター。……排除、してもよろしいですか?」


アイリスの瞳が、深紅に染まる。

要塞全体が、彼女の怒りに呼応して唸りを上げた。


「……ああ。彼らには、ふさわしい場所へ行ってもらおう。……僕がいないと何もできない彼らに、ぴったりの場所へ」


「了解しました、マスター。……あ、転送のついでに、彼らの装備のネジを一本ずつ抜いておきますね。それくらいなら、私の整備でも可能です」


「おい、やめろ! 待て!」


アイリスが次元転送門を開く。

レオンたちは、なす術もなく光の中に飲み込まれ、モンスターもいない、しかし何もない、自分たちが捨てたはずの、退屈な故郷へと強制送還された。


光の中に消えていくレオンたちの叫び声。

彼らはこれから、武器も名誉もない場所で、一生をかけて、道具を大切にしなかったツケを払うことになるだろう。



ーーー



静かになった要塞の甲板。

アルトはアイリスと一緒に、雲海に沈む夕日を眺めていた。


「マスター。次はどこを整備しますか? 世界には、まだたくさんの、壊れたものがあるようです。西の砂漠に、巨大な古代掘削機が眠っているというログがあります。……それも、かなりガタが来ているようです」


アルトは工具箱を肩に担ぎ、不敵に笑った。


「そうだなあ……まずは、この要塞のキッチンかな。アイリスに、美味しい紅茶を淹れてあげたいからね」


「……楽しみです。マスターの整備したキッチンなら、きっと世界一の味がするでしょう」


アルトは、もう油にまみれた自分の手を汚いとは思わなかった。

この手は、何かを壊すためのものではなく、大切なものを守り、直すためのものだから。


空飛ぶガレージは、新しい旅人を乗せて、どこまでも高く、青い空へと昇っていく。



お疲れ様でした。

アルトにとっては、世界を救うことよりも、アイリスが美味しく紅茶を飲めるようにキッチンを直すことの方が大事だったりします。


そんな二人の静かな、けれど無敵な旅路を応援していただける方は、評価や感想をいただけると幸いです。


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― 新着の感想 ―
ドジっ子な妹も居たら完璧です!是非ともこの娘も♪
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