エピローグ
「おはよう。おはよう。」
美結がすれ違う生徒、教師に挨拶をする。その反応はそれぞれ異なる。
「お、おはよう。」
「えっ?あっ。」
「………。」
挨拶を返す人、美結の変化に戸惑う人、無視し立ち去る人と多種多様である。美結が髪を綺麗にまとめ、バッグを両手で体の前で持つ。制服も皴一つなく、清楚な優等生という恰好である。
結美の時も学校に衝撃が走ったが、今回も変わり振りも相当だった。結美のようなやや反抗的な強気な態度ではなく、美しい物語のヒロインのような空気を醸し出している。誰もが振り返る美人とは美結のことだろう。
「武田先生。おはようございます。」
頭を下げて挨拶をする。そのしなやかで自然な動きに誰もが見とれる。
「お、おはよう…。」
「先生?」
「何だ…?」
やや警戒した様子で問いかける。
「武田先生、靴紐解けてますよ。」
「あっ、ああ。ありがとう。」
武田先生が胸をなでおろし、靴紐を結び直すべく、しゃがみ込む。
前屈みになり、武田先生の頭の上から、他の人には聞こえないボリュームで確かに伝える。
「武田先生――。まだバレてないみたいですね。これからもお互いの平穏の為に、宜しくお願いしますね。」
武田は指が震え、上手く靴紐が結べなかった。
「柴崎君、おはよう。」
「おはよう。――って、えっ。」
挨拶もそこそこに柴崎の腕を引っ張り、空き教室に連れ込む。
「ねえ。」
空き教室で急に倒され動揺する柴崎の胸倉を掴み、
「何をすr――。」
柴崎の顔のすぐ隣を躊躇なく踏み込む。もし、当たっていれば、ただでは済まなかっただろう。
「昨日は世話になったな。だが、間違えるな。俺が上でお前が下だ。」
「髙山結美なのか…?」
「違うよ。私は髙山美結。髙山結美の意志を継いだ者。」
「それは…。」
「立場を弁えるならば、今まで以上にこき使ってやる。その代わり、役に立ったら礼は弾むよ。」
美結は自身の口に指を突っ込み、そのまま柴崎の口に突っ込む。
「何を…。」
「昨晩の礼だ。じゃあ、頼むよ。」
そう言うと、教室から出る。これ以上ない屈辱的な扱いをされた柴崎はと言うと、
「最っっっ高ぉぉぉっ!!」
体を捻じり、蕩けた顔で非日常の快楽を享受していた。
「おはよう。小川さん。」
「…おはよう。」
小川 からはこれ以上関わりたくない雰囲気が強くある。
「小川さん。」
「何よ。」
「これまで本当にごめんなさい。」
頭を深々と下げ、謝罪をする。
「なっ。」
これまでの経緯を考えれば、謝るべきなのは小川の方である。それを知っているからこそ、美結が望んだとおり、極力関わらないように生活していた。罵倒されることはあっても、お詫びされるとは露も思っていないかった。
「そして、我儘だけど、できれば私と友達になってくれませんか?」
「えっ?」
手を差し伸ばす美結に驚き、周囲を見渡す。教室にはほとんどの生徒が登校しており、美結が堂々とお詫びをしたことで、注目を一身に浴びている。
本来悪者ではない美結から関係性修復を願われているにも関わらず断るという選択肢は存在しない。
「う、うん。宜しく。」
恐る恐る美結の手をとる。
「ありがとう。」
繋いだ手を強引に引っ張り、ハグをする。
「わあ。」
もう小川の頭の中は考えがまとまらない。対応する間もなく、状況が日に日に変わっていく。
「ねえ。私、貴方のいじめを忘れた訳じゃないから。」
他には聞こえない低い声が鼓膜から頭の先、足の爪の先まで響き渡った。
その日の放課後――。
帰宅した美結は直ぐに自室に入った。
「ただいま。結美。ちゃんと見ててね。私は結美を超えていくよ。」
手作りの人形に優しく、ただ芯の通った声で誓った。




