アイスを食べるには早いほう
彼らの出会いは暑い日で、でもとっても冷たくて、最高なコンビになりました。
12月。雪降る街中はどこかしんとしていて安心する。そして、雪が溶けて無くなるように、毎日積み上げてきたものも消えていってしまうような心の淋しさも感じる。
しゃかしゃかしゃかしゃか
どこからともなく突然鈴の音が聞こえだす。ぼくの人生が動き出したなんてたいそうなことではないけれど、心の中で刻まれたリズムは、この物語の主役になりそうな気配を感じる。
「12月は寒いなー。やっぱ寒い日はアイスだよな。」
「えー!アイスなんて余計に寒くなるよ!」
「寒い中で冷たいものを食べる。格別だよ。」
「佐藤くんはすごいね!」
友達の佐藤くんは目立ちたがりで、いつも女子話題を振って興味を引きたがる。特に長所もこれといってない彼は、とても大きなことを言って注目を浴び、周りから一目置いてもらうことが好きなのだ。
彼は甘いものは食べられない。食べられる環境にない。このことを知っているのは、先生を除いてクラスの中でぼくだけだ。
少し前の7月上旬。梅雨明けにもならないのに、気温ばかりが高くなる。蒸し暑さで体が溶けてしまいそうだ。ペットのジョンもきちんと言うことを聞くのに、天気だけは思い通りにならない。12歳のぼくにはどうすることもできないし、歳をとっても多分無理だろう。
4月にあったクラス替え後の自己紹介以来、ぼくと佐藤くんのはじめての会話はこんな暑い時期に交わされた。突然ぼくのうしろに来て彼は大きな声で話し始めた。
「7月は暑いなー。やっぱ暑い日は氷だよな。」
「氷って?」
とっさにぼくは質問してしまった。
「冷凍庫でかぁちゃんが作ってくれるやつ。上手いよなあれ。」
てっきりかき氷やアイスのことを氷と呼んでいるのかと思っていたが、そのまま呼んでいたらしい。
「味気ないじゃん。もっとアイスの方が美味しいよ。」
ぼくの言葉に佐藤くんはまっすぐな目をして、顔を近づけてきた。そんな変なこと言ったかな。
次の日、彼は学校に来なくなった。理由はわからない。その次の日も、次の次の日も彼と会うことはなかった。
1週間が経って、けろっと佐藤くんは登校してきた。でも顔にアザがある。そんな理由を聞くほど仲良くない。そしてぼくのうしろにきてこう言った。
「どうしてもアイスを食べたい。」
なぜぼくに伝えてくるんだろうか。
「お母さんに言えば。」
「君と、長谷川くんといっしょに食べたいんだ!」
こんなにも必死で伝えてくる人をこれまで見たことはなかった。彼がどんな人なのか、まだ知らない。でもこんなにも胸の奥がぐっーとなる。
放課後、作戦を決行することとした。題して「佐藤くんはじめてのアイス大作戦」だ。作戦というにはあまりにチープで、子どものぼくでも子どもじみている。でも、心の高まりは佐藤くんにアイスを食べさせることしか考えられない。
作戦の概要はこうだ。下校途中にお地蔵さんがいる。そこにお金が置いてあるのを彼は見たそうだ。そこからお金を恵んでもらい、スーパーでバニラアイスを買う予定だ。たくさんの子どもたちが帰る時間では流石に怪しまれる。時間をどこで潰すのか。答えは出なかったので、下校の流れで家の前まで行き、Uターンしてお地蔵さんに恵みをいただくことにした。佐藤くんの家は教えてくれないから、ひとまずぼくと
下校が始まった。ぼくは気が気でなかった。上手く隠せているのかわからない。周りの子、友達からの会話はぼくの耳にはカァカァと聞こえる。何が何だかわからない。わかることは一つ、心臓がドッカンドッカンなっていること。みんなとの会話はこれまでの5年間学校で習ってきたことをすべて使って、何もないフリをする。
いつのまにかカラスの大群がいなくなった。目の前には暑さで溶けそうな彼。
「もうひと踏ん張りだろ」
励ますぼく。お地蔵さんの前まであと少し。頑張れ佐藤くん。がんばれぼく。。
到着すると、そこには5円玉がたくさんと10円玉
3枚、100円玉が3枚あった。
「どうする?」ぼくが言う。
「アイスってどれくらいの値段なんだろう。」佐藤くんは腕を組む。
ぼくは100円玉があればアイスを買えることを知っていた。お地蔵さんに手を合わせ、100円玉だけ恵んでもらうこととした。
「ありがとうお地蔵さん」
彼は今にも崩れそうな声で伝える。まだもうひと踏ん張りだろうが。
スーパーに着いた。アイスのコーナーはレジに近く、そこまでの道が非常に遠く感じた。でもあと少し、ショーケースの中をみる。
「これがアイスさ。」
紹介するぼくに聞く耳を立てずに、佐藤くんは夢中で一つ一つアイスをじっくりみる。つばをごくんと飲み込んだ。
「これがアイス。」
視線の先に98円のバニラアイスがあった。ぼくは彼にショーケースを開けるように伝える。彼はアイスに触れた。手に取った。そしてレジへ向かう。
「98円が一点。お会計105円です。」
暑すぎたせいか、それともお金が足りないからか、頭が回らなかった。お地蔵さんの前からお金を盗むことに抵抗があった気持ちが今になって後悔へと変わる。たくさんあった5円玉、持ってくれば買えたのに。
「またにしよう。」
彼はそう言って戻ろうとする。すると後ろに並んでいた大人がぼくらに言ってきた。
「なぁ、坊主、いくら足らないんだよ。」
「5円」
「ったくよ。やるよ。貸し借りはなしだぜ。おれはぁ忙しいんだ。」
気がついたら会計されたアイスが手元にあり、右のポケットには100円玉も残ってる。
「ありがとう、おじさん!」
「おじさんじゃねえよ。ジャイアントホースだ」
変なおじさんでもいい人はいるんだな。
公園についたぼくらは、ランドセルを椅子に置く。そして佐藤くんの手にはアイスがある。
「これがアイス。」
じっとりと汗を流しながらゆっくり舐め回すように見る。
「早く食べなきゃ溶けちゃうよ!」
そかそかと彼は袋をあけた。棒タイプのアイスだ。すぐさまにかぶりつく。
「冷たい!」
彼はそう言った。
「甘い!」
「おいしい」
しみじみ食べている彼を見て、ぼくの心はまた熱くなった。
「おれさ、アイス食べたいってかぁちゃんに伝えたんだ。何度も伝えた。でも買ってくれなかった。」
ぼくはうなずく。
「クマムシみたいで気持ち悪いって言われたんだ。でもそんな生き物知らなくて、調べたらどんな空間でも生き延びられる、すごいやつなんだって!」
ぼくはまた胸が苦しくなる。ポケットに入っている100円玉はお地蔵さんに戻すことにした。
「ありがとうお地蔵さん」
心から伝えた。
そんなことがあって佐藤くんの好物はアイスとなった。でも季節なんて通り越して冬でもアイスは流石に違う。
自慢話が終わったころ、彼に言った。
「冬にアイスは流石に寒い。」
「じゃあ、何ならいいんだよ。」
「今度うちに来て。特別なスープつくって振る舞うよ。」




