遅効性の毒に似ている、ような
「リンシアの髪型、いつもとっても可愛いわよね……!一体、どうやっているの?」
と、友人のクララに聞かれて、私はどうしてこの今の髪型──ツインシニヨンの形に落ち着いたのか、思い出すことになった。
☆
お城でのお勤めの後。
私とルシアンは、秋を如実に知らせてくる銀杏並木を並んで歩いていた。ふと、先日のクララとの会話を思い出して、私は彼に言った。
「女の子は、砂糖とスパイス。そして素敵なものでできている、と言いますわよね」
「…………そうなんですか?」
訝しげに聞かれて、私はにっこりと笑って答えた。
有名なフレーズだけど、ルシアンはこの手の話には興味がなさそうなので、それも当然かもしれない。
「童話の一節ですわ。私は……なんだか、そのフレーズを聞いてからすごく。惹かれたのですわ」
「…………へえ」
着地点が読めないのだろう。ルシアンが困惑交じりに言うのがわかって、私はクスクスと笑った。
「砂糖菓子、みたいな女の子に憧れていたのです。……ここだけの、お話ですよ?」
そっと、口元に人差し指を当てて、口止めをする。こんな話、クララにもしていない。
だいたいの人間がこんなことを言われたら、絶対!思うもの。
『え?』って。若干、笑い混じりに思うものなのよ……!!
でも、本気だったのだ。本気で、私は。
「…………私は、この髪色が、幼い時からお気に入りだったのです。ピンクの髪って、可愛いですもの」
「確かに、マカロンやスイーツの色にもよく採用されますね」
なんだか、ちょっと求めている回答とは異なる気がするけど、ルシアンが本気で話を聞いてくれているのが分かって、嬉しかった。
私の、この髪。桃色の髪。
前世の記憶を取り戻して思ったことがある。
あら……?
この髪。この見た目。
すっ…………ごい、因果応報で自滅するタイプの女だわ……!!!!と。
若干、私は自分が抱いた感想にショックを受けないでもなかったが──だって、好きなんだもの……!!
可愛いものも!
ピンク色も!
キラキラしたものも!
リボンだって大好き!
砂糖菓子みたいな女の子になりたいと思っていた。
私は私の理想を叶えるために、努力してきたつもりだもの。
髪のお手入れもお肌のお手入れも、スタイル維持もセンス磨きだって。
(…………まあ!同性の受けはすこぶる悪いのだけど、ね!)
それはそれ。これはこれ、というものよ。
と、まあ。
なぜ私がこんなに突然、この話を持ち出したのか、というと。
「昔見たウェディングケーキに……こんな、女の子が乗っていたのですわ」
こんな、と私は自分のツインシニヨンをそれぞれ両手で示した。
ルシアンはそれに、ぱちぱちと目を瞬いた。
驚いているようだ。……驚くわよね。
だってもう、十年以上前の話だもの。
「それが、砂糖菓子で出来たお人形で……とても、とても可愛らしかったのですわ。私はそれに憧れて……このような、形、に」
言いいながら、どんどん頬が熱を持った。
(あ、あら?あらら?)
先日クララに聞かれて、何となく思い出したことではあったけど。
よくよく考えれば。
いや、よく考えなくても、よ?
今、私は──とんでもなく恥ずかしいことを口にしているのでは!?
幼い時に見た、可愛い砂糖菓子のお人形。私は彼女に魅せられ、そのようになりたいと思った。
…………それは子供心の憧れではあったけど。
今でも思い出せる。
シャボン玉が弾けるような、祝福の空気に満ちた会場で。
薄ピンクに象られた砂糖菓子のお人形が、ウエディングケーキを飾っていた。幼い私はそれを見て、囚われたのだ。
……とは、いえ。
いきなりそんな話をされても、間違いなく、確実に、だから何?ってなるわよね。普通そうなる。
とても恥ずかしい自分語りをしてしまったわ……。
私は深く反省した。
咳払いをし、さり気なさを装って、このまま話を畳もうとしたのだけど──
「リンシア」
「?っ──」
名を呼ばれて、顔を上げて。
ほんの一瞬。ほんの僅かに。
くちびるが触れた。
「…………っ!?…………!?!?」
びっくりして思わず足を止める私に、ルシアンがなんてことないように言う。
「確かにあなたとの口付けは、あま──…………。…………」
「…………」
しかし、その先の言葉は、音にならない。
徐々に、ルシアンの頬が、じわじわと熱を持つ。
流石に恥ずかしかったらしい。私もかなり、恥ずかしい。
だって、今。
いま、ルシアンが言おうとした言葉は。
(キスが甘い、って言おうとした、のよね……!?!?)
互いに発する言葉を持たない私たちは、何を言うことなく足を止めていた。だけど、ついに耳まで赤く染まったルシアンが、言い訳のように口を開く。
「…………いえ。こういう、時は、そう、言うものだと」
「それは、誰から?」
誰の入れ知恵……?と思って尋ねると、ルシアンがとても、本当に気の毒になるほど、気まずそうに視線を逸らした。
そして、ぽつりと言った。
「……本に」
「本」
想定外の単語だわ……。
目を瞬く私を、一瞬ルシアンが見て、口元を覆う。
目尻を赤く染めたまま、ルシアンが罪を告白するように言葉を重ねた。
「フェリクスに勧められて読んだ恋愛小説です。私は、恋愛ごとに疎いので参考に、と、思ったのですが。……………すみません。出直してきます」
本当に恥ずかしかったらしい。
言われかた私ですら、頬が烈火のごとく熱を持っているだから、ルシアンのそれは推して知るべし、だわ。
今にもこの場を去ってしまいそうなルシアンの服の裾を私は咄嗟に掴んだ。
そもそも出直すって。
どう出直すつもりなの……!!
恐らく、ルシアンも混乱している。
「待っ……あ、あの──ええと、そう!銀杏並木!」
「は?……いちょう、なみき?」
ルシアンが、私の言葉を繰り返す。
なんとかこの、気恥ずかしくてたまらない空気感からの脱出を狙って言葉を探したのだけど、私が口にしたのは、この場所そのものだった。
我ながら、どうして銀杏並木!?という感じだったけど、ひたすら思考を回転させる。
もはや、目が回りそうだわ……!!
なんとか言葉を探した私は、そのままルシアンの服の裾を掴んだまま、彼に言った。
「ここは、デートスポットとしても有名だと、友人に聞きましたわ。……せっかくですもの。一緒に、歩きましょう?ルーズヴェルト卿が読まれた小説にも、逢瀬のシーンはあったのではない、かしら……」
このまま、よく分からないまま解散……となるのは、嫌だった。
絶対、後悔するもの。
(……せっかく、ふたりでいるのだから)
勇気を振り絞って誘うと、私の意図を察したルシアンが、頷いた。
その目元はまだ赤い。
だけど、私も相当混乱していたのだろう。
うっかり、ルシアンのことを以前のように呼んでいた。
それに気がついたのは、彼と別れて自邸に戻ったあとのこと。
邸に帰って──自室のソファに転がって。
私はクッションに顔を押し付けた。お化粧が落ちてしまう。
だけど火照った頬の熱を少しでも、クッションの布に吸収して欲しかった。私は、先程のことを思い出して、声にならない声をあげながら、額をクッションの柔らかな布地に押し付ける。
一度目の恋は、羨望に近かった。
憧れを追うようなもので──ただ、必死だった。
今となっては、あれを恋とカウントしていいのかも分からない。
だけど二度目の恋。
……激しさはないけど、秋の優しい木漏れ日のようなそれは……遅効性の毒に少し似ている。……と、考えて我ながら乙女チックな思考すぎてまた、私は足をばたつかせた。
伯爵令嬢リンシア、書籍が2026年8月25日KADOKAWA(MFブックス)様より発売予定です!
リンシアは最初から可愛さに特化した女の子にしよう!と決めてビジュを凝りすぎてしまったのですが、イラストレーターの藤村ゆかこ先生が、本当に可愛く描いてくださいました。ぜひカバーイラストでご確認ください。
特典SSは3つです!アンケートに回答いただくと読めるSSもあります。帯裏にコミカライズ情報も出てます。
よろしくお願いします。




