4話:理由を聞かせてくださいませ
馬車に揺られながら、私は先程のことを思い出していた。
カミロとセリーナには散々な事を言われたが、その後のことの方が強烈で、彼らの記憶は薄くなっていた。
(しかしまあ、公爵令息ともあろう人がハニートラップを仕掛けるなんて……)
案外、王城も人手不足なのかしらね……。
そんなことを思いながら、私は帰宅した。
私は断るつもりだったのだけど、ルーズヴェルト卿は、返事は今すぐでなくても構わない、と言った。
そのため、返事は保留という扱いになったのだ。
やっぱり、私は自分の力で文官になりたい。
融通が利かない、頭が固いと言われたら確かにその通り。
(でも私は……どうしても、自分の力で文官になりたいの)
それは、私が人生で初めて抱いた夢だった。
覚悟であり、希望だった。
魔法大国エルドラシアへの留学は、当然だけれどお父様に猛反対された。
味方をしてくれたのはお母様と、妹と弟だけだった。
『大丈夫よ、リンシア。あなたならきっと出来るわ』
そう言ってくれた母の優しい言葉や、
『お姉様ならきっとできるわ。だって、私の自慢のお姉様だもの!』
そう笑う妹の言葉が、支えだった。
『姉上……。留学しても、僕のことは忘れないでくださいね?』
涙ぐむ弟は可愛くて、離れがたかったけれど、向こうのお菓子を買ってくると言ったら、喜んでくれた。
母や妹、弟の応援を受けた私はお父様と交渉し、結果、一年であれば留学を認めるとお父様は言った。
エルドラシア魔法学院は三年制。
通常通りなら、卒業すらできない。お父様は私の本気度を試したのだろう。
無理だと私がいったら、それまでの話だ、と。
条件は厳しかったが、私はそれを受けた。
そして、エルドラシア魔法学院の飛び級制度を利用して一年で卒業したのだ。
ちなみに当時ついたあだ名は『図書室の亡霊』である。
理由は、毎日早朝から深夜まで図書室に篭もり、一心不乱に勉強しているから、とかなんとか……。
そんな訳で、留学中は全ての時間を勉強に当てていたので、友人のひとりも出来なかった。
それはまあ良いとして。
そうやって私は、エルドラシアに一年間留学していたのだ。
通常、貴族令嬢が他国に留学なんて、よっぽどの秀才か、変わり者しかいない。お父様が渋るのも当然だ。
でも私は、生まれて初めてと言ってもいいくらい切望した。
昔から、ものづくりが好きだった。
キラキラとした魔法の光が好きだった。
これを形にする作業に魅せられた。
幸い、私にはその手の才能があったらしく、独学で学んでいたのだが──本格的に文官、つまり、魔法管理部への在籍を目指すなら、エルドラシア国への留学は必須だった。
エルドラシアは、魔法学が盛んで、魔法学を学ぶものなら誰しも一度は足を運ぶ。
実際、魔法管理部に所属する文官の九割がエルドラシアへ留学をしているらしい。
文官の筆記試験は、オール満点とまではいかなかったが、自己採点したところ九割程度は取れたはずだ。
今日、魔道具申請も行ったことだし、通常通りなら検証テストに進むはず。
(セリーナの違法魔道具使用は驚いたけれど……)
正式に文官になったら、セリーナの件、私も調査したいと申し出よう。
(それにしても……違法魔道具って何なのかしら)
詳しくは聞けず仕舞いだった。
物語さながらのシンデレラストーリーと、なにか関係があるのだろうか。
そう思った私は、まずは自分の婚約だ、と思考を切りかえる。
帰ったらお父様に話をしようと思っていたのだけど──帰宅後、私は思いもよらぬ話を聞くことになる。
☆
「……は?お父様、今、なんて?」
「だから、婚約の解消はできない。先方も、おそらく本気では無いはずだ」
お父様の言葉に、耳を疑った。
今、私はお父様に先程録画した内容を見せたのだ。
それを見ての、この発言だった。
唖然とする私に、お父様は気まずそうに視線を逸らした。
「まあ、こういうことは貴族にはよくあることだ。お前は真面目だから気になるのかもしれないが……」
「では、お父様にも身に覚えがあるということですの?」
「何を言う。私はアウレリアと結婚してからこの方二十年、彼女一筋だ。私はそこらの男とは違うからな」
「では、お父様は私に、そこらの男と結婚しろ、と?」
「仕方ないだろう。これも、貴族の責務だ。上手く付き合っていきなさい」
お父様の言葉はにべもない。
取り付く島もないと判断した私は、攻め手を変えることにした。
「事情がありそうですわね。先方……カウニッツ伯爵家に、なにか借りでもございまして?」
私の言葉に、お父様がギクリとする。
その反応に、私は黒だと確信した。
私は執務机──お父様の前の机にドンッと手を置くと、にっこりと微笑んだ。
お父様が【凄んで見えるので怖い】と言った笑みを浮かべて、尋ねる。
「お聞かせ願えますか?あんなに娘を虚仮にされてなお、婚約解消できない大層な理由……ございますのでしょう?」
私の言葉に、お父様の顔がひきつった。