3話:how to
「私のところに来ませんか?あなたが欲しい」
「……お言葉ですが、意図をお伺いしても?」
ぜっ……たい、この人絶望的なまでに言葉が不足している。
そう思った私が補足を促すと、ルーズヴェルト卿は確かにその通りだと思ったのだろう。
「ああ」と納得したように言った。
「そうですね。申し訳ありません。言葉が足りませんでした」
でしょうね……という言葉は呑み込んでおく。
続きを待っていれば、彼は順序だてて説明した。
「まず私は、魔法管理部に籍を持っています。そして、あなたの知識量の多さと、その発想はなかなか得難いものだ。そういうわけで、魔法管理部に欲しいんですよ。あなたのような人材を、今、私たちは喉から手が出るほど求めていますので」
(なるほど、欲しいってそういう……)
納得した後、私はふたたび首を傾げる。
緩いカールを描く桃色の髪が、視界で揺れた。
「……確かに私は文官を目指しております。あなたの誘いは願ってもないものですわ。ですが、理由が気になります。私のような人材を求めている、と仰るその理由が」
警戒心が先立ってしまい、つい、声が低くなる。
それに、ルーズヴェルト卿が僅かに驚いたように目を見開いた。
(しまった、凄んでるように見えてしまったかしら……)
私は、砂糖菓子を溶かしこんだような──良く言えば可愛らしい、悪く言えばあざとい容姿をしている。
大人しそうに見えるのも、あざといと思われる理由の一つだろう。
ローズ色の髪に、同色の瞳。
ぱっちりした目はつぶらで、可愛らしいとよく言われる。
それと同時に、お母様同様目力も強いので、上目遣いで目元に力を込めると……あら不思議☆凄んでいるように見えてしまうのだ。
可愛い容姿とのギャップに、目にした人はかなりの衝撃を受けるのだ……という話は、父からよく聞いた。
そのため、以前までは気をつけていたのだ。
カミロに、嫌われないように。
物心付いてから、髪も肌も、手入れを怠ったことがない。
カミロは、かなりの面食いだ。
その上、彼はどんどん上を求めた。
婚約者の求めに応じて、私は可愛さというものを追求するようになったのだ。
私の過去の日記は、このようなものが殆どだ。
【カミロと話をする時は、彼の好きな話をすること。
私の得意分野──つまり、魔法関連の話をすると彼は怒るので、振ってはならない。
カミロは、声を荒らげる女性は嫌いみたい。
だから、気持ちはグッと押し込める必要がある。話す時は、落ち着いた声を意識すること!
カミロは、甘い香水は好きではないみたい……。
お気に入りの香水だけど、カミロに商売女の匂いがする、と言われてしまったわ。もうこの香水はつけてはだめ。
カミロに、口答えしてはいけない。私の意見は、口にしない方がいいみたい。
些細なことで彼は怒ってしまうから。その日を楽しく過ごすためにも、私が口にするのはYESだけ】
……と、今考えるとあまりにもアレな内容ばかり。読み返して、頭が痛くなったものだ。
これでは、淑女というより、都合のいい女になるための入門編である。
(蔑ろにされてきた【私】のためにも、私は好きに生きてみせるって決めたの)
好きな香水をつけて、自分を殺すことなく生きたいと思ったのだ。
物思いに沈んでいた私は顔を上げ、先程のルーズヴェルト卿の話を思い出した。
(魔法管理部へのお誘い、だったわよね……)
「ルーズヴェルト卿。とても嬉しいのですが、そのお誘いはお断りしますわ」
「なぜ?」
彼の質問に、私は笑みを浮かべて答えた。
「確かに私は文官……もっといえば、あなたの仰る魔法管理部への所属を確かに希望しています。私の長年の夢でもありますわ。ですがそれは……自らの手で勝ち取りたいのです。裏口入学なんて、箔がつきませんでしょう?」
私の言葉に、ルーズヴェルト卿は呆気にとられたようだった。
(まさかとは思うけど、一も二もなく頷くと思ったのかしら……)
私がどんな思いで文官登用試験まで漕ぎ着けたのか、この人は知らないのだろう。
そう思って、私は淑女の礼を執り、頭を下げる。
「では、失礼します」
「待ってください。分かりました。あなたには全てお話します。それを聞いた上で、改めて判断いただけますか?」
何だか必死な様子の彼に、私は顔を上げる。
そこでは、ルーズヴェルト卿がどこから話すべきか、とでも言うように眉を寄せていた。
「……何かしら」
そこまでして、私を呼び留めようとする理由は何だろう。
訝しげに思って尋ねると、ルーズヴェルト卿が答えた。
「聖女セリーナには、違法魔道具の所有および使用の疑惑があります。我々には、魔道具に詳しい人が必要なのですよ、レディ・リンシア」
想定外の言葉に、目を見開いた。
それから、彼の言葉を心の中で繰り返した。
(セリーナに違法魔道具所有および使用の疑い……?)
違法魔道具とは、その名の通り、使用どころか所有しているだけで罪に問われる呪いのアイテムである。
その全てが曰く付きで、自身の血肉から生み出したとされるものから、寿命を代償にするものまで、多種多様。
とにかく、関わるとロクな目に遭わないという。
硬直する私に、ルーズヴェルト卿がさらに言った。
「先程の質問の答えになりますが……私が、聖女に近づいているのは、情報収集のためです。近づけば、何かしらボロを出すと踏んでの策略です」
それは、つまり──
「……つまり、色仕掛け、ですの?」
目を丸くして、彼に尋ねる。
私の直截な物言いに、ルーズヴェルト卿は一瞬嫌そうな顔をしたものの、否定できなかったのだろう。
「まあ……そうです」
と彼は短く肯定した。