7話:私の大事なもの
「…………っはぁ!?」
思わず、淑女らしからぬ声が出た。
だけどそれも、仕方ないというものだろう。
ぐるんっとレオナルドの方を見ると、先に言われてしまったためか、彼はばつが悪そうにしていた。それから、エリオノーラを睨み、不満を口にする。
「何でそれをお前が先に言うんだよ!?」
「あなたがいつまでもモジモジしてるからでしょ!お姉様に言うべきって言ったのは私よ!」
「だからって普通、勝手に言うか!?だいたいこれは僕の問題なんだぞ!?」
エリオノーラとレオナルドはよく喧嘩する。
これはもう昔っからだ。さっきまで楽しげに話をしていたかと思いきや、数秒後には大喧嘩に発展し、それからまた気がついたら仲直りしている。
常に関係性が変化するので、様々な意味で気が抜けない。
昔は、今より激しく、レオナルドもエリオノーラもよく手が出た。レオナルドのヤンチャな性格に影響されて、エリオノーラも応戦するようになり、取っ組み合いの喧嘩に発展することもまあ……珍しくはなかった。
最近はもう、そんなこともなくなったけれど。
それでも未だ喧嘩の絶えない2人を仲裁するのは、姉の私の仕事だ。
興奮してきた2人を落ち着かせるために声をかけようとすると、ムッとした様子のエリオノーラが言った。
「何よ!じゃあレオナルドはあの女に声かけられて、『きゃ~かっこいい~♡』なんて言われちゃって、喜んでるとでも言うの!?」
「そんなこと言ってないだろ!?だいたいそんなことも言われてない!ちょっと触られたくらいで……」
そこで私は、レオナルドの聞き逃せない言葉を聞いて、思わず顔を上げた。
「触られた、ですって!?」
そして、レオナルドに向かい合うと、私は彼の肩に手を置いた。
「触れられた、ってどういうこと?一体何があったの?そういえば2人は、この前お友達のガーデンパーティーにお誘いを受けていたわね。そこでの話?」
私が次々に尋ねると、その勢いに戸惑ったのか、レオナルドは困惑気味に頷いた。
「触られたって言っても……肩とか」
「嘘よ!抱きしめられていたわ!」
「はぁ!?」
「向こうが勝手に……!僕は何もしてない!!本当だ!ねえ、姉上。聖女……様はいつもあんな感じなの?」
そう言葉を続けたレオナルドは、不安そうだった。
2人ももちろん、あの最終試験でのことを知っている。社交界中の噂話だからだ。
それで、2人は聖女に良い印象がないのだろう。
絶句する私に、エリオノーラが割って入った。
「レオナルドったら固まっちゃって、情けないのよ!だから私が引っ張っていったの」
「お前のあれは……!マナー違反だぞ!ギリギリ失礼だ!」
ギリギリ失礼とは一体……。
今度はエリオノーラに視線を向けると、彼女は首をかしげた。さらりと、彼女の銀髪が肩から落ちる。
「『お姉様の婚約者はどうされたんですか?弟に聖女様のお相手は務まりませんわ』
……って言っただけよ」
「そんなことを……」
「だって、ムカつくじゃない!あんな女に靡くカミロもカミロよ!でもそれだけじゃないわ。レオナルドにまで粉をかけて、どういうつもり!?腹が立つったら。絶対お姉様に知らせるべきだって思ったの!」
可愛らしく怒りを見せるエリオノーラに、レオナルドは黙ってしまう。
だけど、彼女の言葉を否定しないあたり、レオナルドも同じように思っているのだろう。
2人の話を聞いた私は──2人にまで心配をかけてしまっている自分の不甲斐なさに、ため息を吐いた。
「……話はわかったわ。不愉快な思いをさせてしまって、ごめんなさいね」
「お姉様が謝ることはないわよ!」
「姉上は悪くないでしょう!」
2人同時に、同じようなことを口にする。さすが双子。
それから、私はレオナルドに向き合った。
「レオナルド。あなたは、聖女様のことをどう思っている?」
「僕は嫌いです!ああいう女が……っていうより、姉上を蔑んだのが許せない!馬鹿はあいつだろ!!姉上の方が頭がいい!嫌われるのも当然だ!あの女は最低です!カミロは論外だ!」
「レオナルド。シー」
ヒートアップするレオナルドに、私は苦笑して、くちびるに人差し指を当てる。
私を庇ってくれるのは嬉しいが、大声で聖女の悪口を言うのはさすがにまずい。
ここは自邸なので問題ないが……他家だったり、王城だったら、面倒なことになる。私は、レオナルドの立場を悪くしたくないのだ。
それから、私はレオナルドとエリオノーラ二人を見て言った。
「教えてくれてありがとう。エリオノーラ、しばらく外では、レオナルドと一緒にいてあげてくれる?」
「もちろんよ」
頷いて答えるエリオノーラを見てから、今度はレオナルドに視線を向ける。
「レオナルド。しばらくは、エリオノーラと一緒にいてちょうだい。……聖女様も必死なのよ。魔道具が本物だと証明されたら、彼女も今の立場を失いかねないわ。だから、あなたを取り込もうとしているの」
「……分かりました。気をつけます」
「ごめんなさい、巻き込んで。エリオノーラ、レオナルド」
私は二人を呼ぶと、そっとその肩を抱き寄せた。
エリオノーラの身長は私と同じくらい。レオナルドにはとっくに抜かされてしまっている。
「あなたたちは、私のとっても大事な家族よ。……私を思って怒ってくれるのは嬉しい。でも、危ないことはしちゃダメよ。聖女様には関わらないで。いいわね?」
「お姉様……」
「エリオノーラ、いいわね?」
特に、エリオノーラが危ない。負けん気の強い彼女は、その分隙も多い。
何せ、エリオノーラはまだ社交界デビューを済ませていないのだ。
売り言葉に買い言葉で、足を掬われたらと思うと、いてもたってもいられない。
私は、レオナルドを見た。
「レオナルド、気にしてあげてね」
「分かってます」
そう言うと、今度はエリオノーラがむっつりと黙り込んだ。頼りないと言われているように感じたのだろう。
彼女の気遣いが、優しさが嬉しくて、思わず頬が緩む。
私はエリオノーラの顔を覗き込んだ。
「大好きよ。エリオノーラ、レオナルド。……お姉様のお願い、聞いてくれる?」
「…………分かったわ」
エリオノーラが頷いて答えた。
レオナルドも同様だ。
そして、2人の話を聞いたあと──私は蔵書室の片付けを従僕にお願いすると、すぐに自室に戻った。
早急にやらねばならないことが出来たからだ。
フローラにメッセージカードを用意してもらい、用件を書きつける。ペン先が乱れて、私は自分でも思った以上に腹を立てているらしいことに気がついた。
(2人の手前、笑みを保っていたけど……)
正直……腸が煮えくり返りそうなほど腹が立っていた。
(やってくれたわね……)
レオナルドにちょっかいをかけるセリーナも、エリオノーラでも構わないと宣ってくれたカミロも。
2人まとめて、宇宙の彼方にでも放り込みたい気持ちだ。
ああでも、宇宙はゴミ捨て場ではない。困ったわね……。
「っ……」
つい、ペンを持つ手に力が入ってしまい、黒インクが滲んだ。それに、思わず舌打ちをする。
ダメにしたメッセージカードをくずかごに入れて、新しいものを取り出した。
宛先は、王太子殿下。こっそり動くのはもうやめだ。
向こうがその気なら、私だって最大限の迎撃体制で迎え撃とう。
私の大事なものに手を出してくれたのだ。これくらいは、彼らだって予想範囲内なのではなくて?
気がつくと、私はニッコリと笑みを浮かべていた。ふふ、と笑みを零し、私は呟いた。
「最高の舞台を用意してあげる。セリーナ、カミロ。楽しみに待っていて」
牢獄で仲良く、愛のワルツでも踊ればいいわ。
それは誰も見る人のいない、酷く寂しいものになるだろうけど。




