6話:伯爵令嬢リンシアの本領発揮
私は頷いて答えた。
「私名義の貯金だけでは足りないというのなら、その時はお金を工面するわ。だからどうか、お願い。お母様」
お母様はじっと私を見つめた。
確かめるような、私と同じ一重梅色の瞳。私も負けじと、お母様を見つめ返す。
互いに互いを推し量るような視線のやり取りが続いたが──先に諦めたのは、お母様だった。
「……仕方ないわね。分かったわ」
「っ!!本当!?」
「ええ。だけど期限は三ヶ月。あなたが解決できなかった場合は、その間の利息を支払ってもらうわ。後で無理だと言っても聞かないわよ」
「絶対言わないわ!ありがとう、お母様!これは……これだけは、絶対私の手でやりたかったの」
私は、そこで言葉を切った。
まつ毛を伏せて、思ったことをそのまま口にする。
「私のことはいいわ。今更だし、私個人の問題だもの。……でも、エリオノーラは違うでしょう?」
「……そうね」
長い沈黙の後、お母様はつぶやくように言った。
きっと、お母様も言いたいことがあるのだろう。だけど彼女は私の言おうとしていることは察し、口を噤んでくれたのだ。
その気遣いが、ありがたいと思う。
私はカミロが嫌いだ。昔から、苦手だった。
婚約してすぐの頃はまだ、猫を被っていたようだけど、その猫も早々に脱走した。
結婚したら、これからもカミロの顔色を窺い、こびへつらう日々が続くのだ。機嫌を損なわないように意識する毎日。
それを、エリオノーラに?
(冗談じゃないわ)
先日の騒ぎ──王城での最終試験で、カミロはもう、私との婚約続行は難しいと思ったのだろう。
それで、今度はエリオノーラ?
(……馬鹿にしてるわ)
私のことも、エリオノーラのことも。
結局、カウニッツ伯爵家は、リンメル伯爵家を金蔓程度にしか思っていないのだろう。
私やリンメルの名誉はともかくとして。エリオノーラの人生まで踏みにじろうとするその根性は、許せない。
(相応のお返しは、させてもらわなければね)
二十年……だったかしら?
十分、リンメルは尽くしただろう。
今度は、カウニッツの番だ。
執務室を出た私は、足早に自室へと向かっていた。
(王太子殿下に例の話をしておいて良かったわ……)
セリーナの件で協力を要請されたのは想定外だったけれど、こちらの希望を通せたのは大きい。私も、相応の働きを見せなければ。
部屋に戻った私は、フローラが淹れてくれたハーブティーに口をつけると、彼女に便箋を用意してもらった。
宛先は、エルドラシアでお世話になった恩師だ。
豊富な知識を持つ彼女なら、何か知っているかもしれない。
そう思いながら、私はペンを走らせた。
☆
そして、数日後。
教授からの返信より先に、私は思いもしない報告を受けることになる。
それも、弟のレオナルドから。
(うーん……やっぱり、うちの蔵書室にはなさそうね)
私はその日、リンメル伯爵邸の蔵書室から、魔道具関連の本を全て自室に持ち込んで、手早く内容を確認していた。
もしかしたら、どこかに違法魔道具に関連する記載がないかと一縷の望みで確認することにしたのである。
しかし、パッと見たところ、やはりなさそうだ。
(それもそうよね。そもそも、違法魔道具に関連する本は例外なく発禁指定を受ける。あるとしたら、王城か……あるいは、宝物庫?)
どちらにせよ、王太子殿下か、その側近2人のどちらかに聞いた方がいいだろう。
エルドラシアへの手紙は送った。
現在、教授からの返事待ちの状況だけどその間を無為に過ごすわけにもいかない。
そう思った私は、まず国内で集められる情報を収集することにしたのだ。
王太子殿下の方でも確認しているだろうけれど、自分の目でも確かめたい。
そう思って、私は蔵書室の本を検めていたのだった。
(少なくとも、リンメル伯爵邸にはないわね)
私がそう思い、本を戻すために腰を上げようとした、まさにその時だった。
部屋の扉が叩かれたのは。
部屋を訪ねてきたのは、レオナルドだった。
(あら、珍しい……)
成人が近づいてきて、大人の自覚が芽生えたのだろう。レオナルドは昔のように私に甘えてくることはなくなっていた。それは少し寂しかったが、彼もいつまでも子供というわけではないのだ。
これも、必要なことなのだと自分に言い聞かせたのが、つい最近の出来事だった。
エリオノーラとレオナルドは、お父様と同じ銀髪だ。
扉を開けると、そこにはまだ大人になりきれていない少年の姿があった。
「レオナルド、どうかしたの?」
私が水を向けると、レオナルドは躊躇いがちに顔を上げた。
見れば、彼の後ろにはエリオノーラの姿もあった。エリオノーラは、『さっさと早く言いなさいよ』とでも言わんばかりにレオナルドに視線を向けている。
「……姉上。今お時間よろしいですか?」
「構わないけど……。そうだ、そしたらレオナルド、エリオノーラ。本を戻すのを手伝ってもらえるかしら?1人じゃ大変だと思っていたのよ」
本当は、力持ちの従僕を呼ぶつもりだったのだけど、何だかレオナルドは緊張しているようだったのだ。
だから、気をほぐすためにもそう言うと、レオナルドはぎこちなく頷いた。
「……大丈夫です」
「私もやるわ!」
そうして、2人に手伝ってもらい、蔵書室に向かったのだけど──蔵書室の机の上に本を置くと、先に口火を切ったのはエリオノーラだった。
「ねえお姉様!?レオナルドったらね、聖女様に声をかけられてるのよ!」




