2話:機嫌は自分で取るもの
証拠は撮れた。
私は魔道具を切った。
これは、前世の記憶を取り戻してから作った、いわゆる動画である。
この世界では、動画を撮るのはかなり手間がかかる。
まず初めに、魔法のカメラとそれに応じたレコードを用意しなければならない。
そして、魔法のカメラで動画を撮り、音声はレコードで回収する……という、超絶めんどくさい仕様なのである。
記憶を取り戻した私が一番に思ったのは、まず、初めに証拠作り!!である。
我が国に突如として現れた聖女、セリーナ。
彼女の魅力に、高位貴族令息はすぐにメロメロになった……らしい。
彼女の出現時期(こう言うとモンスターのようだけど)、私は他国にいたので実際目にした訳では無い。
(だけど、友人の話によると、セリーナはあっという間に紳士方を虜にしてしまったらしいわ。既婚未婚問わず)
結果として、今のような状況──つまり、セリーナの爆モテブームに繋がるのである。
元々彼女は、平民だった。
平民女性が、聖女の力を見出され、さらには公爵家の養女にまでなった。
何それ、どこかで聞いたようなお話ね、というのが初見の感想。
そして、帰国したその日。
婚約者はかなり気難しい顔で私を迎えに来たけれど、セリーナの話を持ち出した途端、彼の機嫌はさらに急降下を迎えた。
そしてあろうことか、
『君と話していると気が滅入る。今日はこれで失礼するよ』
と、会場に着いた途端、私を放置したのである。
放置したのよ!?
信じられる?少なくとも私は信じられなかった。
想定外の事態に直面した私は狼狽えたし、これからどうすべきか困惑もした。
泣きそうになっているところを、通りすがりの令嬢クララに助けられのだ。
話によると、彼女も似たような事情で婚約者に放置されたらしい。
『もう信じられないったら。こんなところでハイ、さようなら、なんて有り得る!?』
彼女は可愛らしくプンスカしていたが、その怒りは深いように見えた。
当然だわ。
こんなところで放ったらかしにするなんて、周りからどう思われるかも、彼らは考えていないのだ。
しかし、可愛らしく怒る彼女とは対照的に、私は自身の失態を咎められているような気持ちになった。
(私が至らなかったために、カミロは怒ってしまったんだわ……)
と自省する始末だった。
記憶を取り戻して思った。
(いい大人なら、約束くらい守りなさいよ!途中で放置なんて有り得ないわ!感情を優先して動くなんて、あなた本当に成人した大人なの!?)
少なくとも社会人なら有り得ない身勝手さである。
同伴を請け負っていたのに、気分を害したからはいさよなら……って、勝手すぎるにも程がある。
私はさらに思った。
(自分の機嫌すら自分で取れない人と一緒にいたって疲れるだけじゃない!!どうして私がそこまで面倒見なきゃならないのよ!?いい大人でしょあなた!!赤ちゃんじゃあるまいし!!)
バブーバブー泣く赤子なら分かる。
赤ちゃんは癇癪を起こして泣くのが仕事みたいなものだ。
だけど成人を迎えてなお、自分の機嫌ひとつ取れずに約束を反故にするのは、人としてどうなのかしら……!?
今でこそそう思うが、当時の私は自分に非があると思っていたので──メソメソしながら、彼女の兄にエスコートを担当してもらった。
クララには兄が2人いるのだ。
聖女がどうとかではない。
彼女はあくまできっかけに過ぎなかった。
どうせ、セリーナの件がなくても、カミロは似たようなことをしただろう。
第二のセリーナ、第三のセリーナが現れるだけだ。
前世の記憶を取り戻した私は、カミロと一緒になる未来なんて絶対に嫌だった。
一生、接待生活が約束されたようなものだもの。
私の人生は、私のものだ。
誰かに良いように使われるためのものでは無い。
カミロとの未来を考えただけで、強いストレスを覚える。
だからこそ、私は彼との婚約解消のため、証拠作りに必要なこの魔道具を開発した、のだけど──。
チラ、と隣に立つ男性を見る。
ルシアン・ルーズヴェルト。
雪のような銀髪と、青灰色の瞳が神秘的で、かつ目尻の黒子が色っぽいと、貴族令嬢やご婦人方から大変人気な公爵令息である。
(ま、聖女の取り巻きなんだけどね)
私からしたら、聖女に想いを寄せているという時点でマイナスである。
そのまま視線を逸らして、踵を返そうとすると──パッと手首を掴まれた。
「……!?」
驚いて声を上げそうになったけれど、すんでのところで押しとどめる。
向こうにはまだ、愛を語らうカミロとセリーナがいるからだ。
驚いて顔を上げると、ルーズヴェルト卿がちらりと向こう──2人がいるところとは反対の方向を視線で示した。
(ついてこい、ってことかしら……?)
それにしても止め方が乱暴だ。
このまま無理に振り払ってもいいけれど……。
(彼が何を思って乱入しなかったのかは気になるし……)
何より、声を出されたら困る。
今はまだ、彼らに気づかれるわけにはいかないのだから。
セリーナはただの貴族令嬢ではない。
彼女は聖女だ。
降って湧いた聖女の存在に、この国は沸き立っている。
(現場を押さえるだけでは甘いわ。言い逃れできない物的証拠と、それを是正する場が必要)
努めて冷静にそう考えた私は、ルーズヴェルト卿の誘いに乗ることにした。
そして、彼に促されてついていった先は回廊をぬけた先の裏庭だった。
穴場なのか、人気はない。
ルシアンが振り返り、私に問いかけた。
「なぜ、黙って見ておられたのです?割って入っていかなかったのですか?」
「私もお聞きしたいですわ。ルーズヴェルト卿。あなたは聖女の取り巻……んんッ、聖女様をお慕いしていらっしゃるのでしょう?あの場面を見て、何とも思いませんの?」
これは純粋な疑問だった。
首を傾げると、彼はあからさまに嫌そうな顔をする。
それから、短くため息を吐いて、答えた。
「あなたは、思っていたよりずっと冷静な人なのですね。もっと取り乱すかと思っていた」
「質問の答えになっていなくてよ」
さらに尋ねると、ルーズヴェルト卿の視線は、私の手元に落ちた。つまり、魔道具である。
「その質問に答える前に、聞いても?」
「何かしら」
「それは、魔法管理部に届けのあった記録機ですね。あなたは先程、それを使っていたように見えるが」
「……それを聞いて、卿はどうなさるの?」
「承認の降りていない魔道具の使用は王国法で禁じられています。上長に確認する必要がある」
杓子定規の言葉に私は肩を竦めた。
どうやら、ルーズヴェルト卿はお堅い人らしい。
「ご心配なく。こちらは、次の検証テストで提出する予定ですわ。あの場面を撮ってしまったのはただの偶然。私もびっくりしました」
流石にわざとらしいだろうか。
今日私は、カミロから約束を一方的にキャンセルされたので、その時間を使って魔道具申請に来ていたのだ。
それなのに、まさか城でカミロとセリーナの逢い引きを見てしまうとは……。
(もはやツイてるのかツイてないのか分からないわね……)
記憶を取り戻す前ならきっと、ツイていないと思っていただろう。
だけど、証拠集めがある今は、幸運だったと思う。
私がそう思っていると、何か考え込んでいたらしいルーズヴェルト卿がふと顔を上げた。
彼の青灰色の瞳が私を見つめる。
「では、リンメル伯爵令嬢。あなたの才を見込んで、ひとつ提案があります」
「……何でしょう?」
再び首を傾げる。
すると、ルーズヴェルト卿は思ってもみないことを口にした。