12話:法外なのではなくて?
城から戻った私を出迎えたのは、妹のエリオノーラだった。
彼女は涙目になりながら私を呼んだ。
「お姉様!!大変なの……!!」
「エリオノーラ!?どうしたの!?」
「お母様が……!お母様が……!」
エリオノーラは、それ以上言葉にならなかったらしい。グイグイとドレスの袖を引っ張られて、彼女の案内について行くと──
そこはサロンだった。
(お父様とお母様……?)
2人は、向かい合うようにソファに座っている。
私が足を踏み入れるとお母様がにこりと笑って見せた。
「あら、おかえりなさい。リンシア」
「ただいま戻りました。……これは?」
戸惑いながら尋ねると、お母様は、机の上を示した。そこには2枚の書類が置かれている。
「1枚は、カウニッツ伯爵家とリンメル伯爵家の婚約書。そしてもう1枚が、20年前に結んだ、両家の融資の契約書よ」
「えっ!?」
「話は聞いたわ、リンシア。大変な思いをしたわね。もう心配はいらないわ。お母様が何とかして差し上げますから」
見ればお父様は深くうなだれている。
(話は聞いた……って)
つまり、お母様はリンメル伯爵家がカウニッツ伯爵家に融資を受けていたという話を……知らなかったと言うの!?
信じられない思いでお父様を見る。
お父様は、肩身が狭いようでますます体を小さくしていた。
お母様が、氷のような冷たい声を出す。
「あなた」
とりあえず私は、お母様の隣に座ることにした。
どうすればいいかわからず、戸惑っているエリオノーラも隣に呼び寄せる。彼女は大人しく私の隣に座った。
「確かにあの年の被害は酷いものだったわ。だから、私からも申し上げたはず。アッカーマンからも援助する、と。それを断ったのは、ラインハルト。あなたよね」
アッカーマンというのは、お母様の生家である。
お母様の生家は、アッカーマン伯爵家だ。
お母様の言葉に、叫ぶようにお父様が答えた。
「その時にはもう融資を受けていたんだ」
「ですから、その時にお返しすればよろしかったのです!あなたは今の私の気持ちがわかって?あの時、あなたは私の提案を断りましたわ。父は、リンメルの被害を気の毒に思い、援助すると言った。娘の夫だからと、金利も一切なしと、そうまで言ったのですよ!それをあなたは断って……!結果、どうなりました?リンメルはカウニッツに頭が上がらない!しかもまだ、返済は終わっていない!」
返済は終わっていない……!?
その言葉に唖然として、咄嗟に机の上の書類を手に取った。お父様が「あっ!」と慌てた声を上げたが、私はそれに構わず書類に視線を走らせた。
「──」
そして、くらりと目眩がした。
金額が問題なのではない。
問題なのは──
(金利よ……!!)
とても小さく書かれているが、年々金利が若干上がるよう記載がされている。
一年で数パーセント上昇し、現在は──
「40パーセント……!?」
ほぼ40パーセントの金利計算になる。
それに唖然としていると、お父様が気まずそうに視線を逸らした。
知られたくなかったのだろう。
(40パーセントなんて……信じられない)
最初に借り入れた額は既に返済が終わり、今払っているのは、金利分だ。
だけどこの分では、いつ支払いが終わるかも分からない。お父様がカウニッツ伯爵家に頭が上がらない理由がわかった。
「お父様……」
唖然として呟くと、お父様がヤケっぱちに叫んだ。
「し……仕方ないだろう!!額が額なんだ……!」
「このままじゃ、リンメル伯爵家は一生カウニッツ伯爵家に頭が上がらない上、そのうち取り込まれるわよ……!!どうしてこんな契約を──いいえ、あの時は皆混乱していたわ。その混乱に乗じて、ということなら分からなくもない。だけど問題はその後よ……!どうして言ってくれなかったの!」
お父様は黙り込んでしまった。
(お父様が、婚約破棄どころか、解消すら申し出ることは出来ないと言った理由がわかったわ……)
こんな契約書がある以上、リンメルからは強く出られないだろう。じゃあ早く耳を揃えて返せと言われたら困るからだ。
私はため息を吐いた。隣でエリオノーラが不安そうにしていたので私は彼女の背を撫でて、退室を促す。
「レオナルドのところに行ってらっしゃい。お姉様はもう少しお母様たちとお話するから」
「でも……」
「大丈夫よ。お姉様が何とかしてあげる。いつもそうだったでしょう?」
妹のエリオノーラと、弟のレオナルドは双子だ。愚図る妹弟をあやすのは、いつも私の役目だった。
お母様は双子の相手で疲れきっていることが多く、侍女たちも扱いにくい双子に手を焼いていた。
喧嘩っ早く、短気で言葉遣いも乱暴なレオナルドに、泣き虫なのに、短気で喧嘩っ早いのはレオナルドと同じエリオノーラ。
ふたりはよく一緒に遊んでいたが、同じぐらいよく喧嘩もしていた。
その度に2人を慰め、話を聞くのは姉の私の役目だった。
エリオノーラはそれでも不安そうにしていたが、おずおずと頷いた。
「あのね……お姉様、あとでお部屋に来てくれる?……何があったのか、教えて欲しいの」
「分かったわ。レオナルドと仲良くするのよ」
額にキスをすると、エリオノーラは擽ったそうにしていた。流石にこの時だけは、お父様とお母様も口論を止めていた。




