第16話 口は一本、祝い勘定
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魚骨通り裏の小座敷。油灯がゆらぎ、天井の煤が息をしている。
今夜は親分衆の寄り合い――港筋、街道筋、工匠筋の顔が小さく輪になり、表には用心の見張り。盃と湯が静かに回る席だ。
盃がひとつ空いて、誰かがぽつり。
「……兄貴と姐さん、今日は『視察札』ぶら下げて織りと染め、回ってたらしいな。花嫁衣裳の下見だとよ」
「はは、視察ねぇ。……兄貴、やるこたぁやってらぁ」
「見た奴が言ってたぜ。手ェつないでたとよ。姐さん、よう笑ってたってな」
くぐもった笑いが走って、それで終わらない。卓の木目に、皆の視線が落ちる。
「南部を回し始めたよな、兄貴は」
「回し始めたどころじゃねぇ。港の秤は帳場に戻った、二重取りは止まった、夜回りの足音が変わったろ」
「徴発ももう打ち切りだ。告示は貼りっぱなしじゃねぇ、読ませて動かしてる。……見りゃ分かる」
短い沈黙。湯呑が、こん、と鳴った。
「――で、いってぇ式はどこでやるんだい?」
「雁の宿じゃ箱が足りねぇ。客を受ける箱が要る。与力のラウレンってのが、領主の館の段取り引いてるらしいが、まだ図の上だ」
「式となりゃ、どんなお偉ぇさんが来る」
「姐さんの親父はアークレイン公爵様だ。もしかすりゃ王様も、って話だぜ」
「へぇ、王様かよ! ……で、どこに泊めんだ? 親分衆だって溢れるぜ」
「――泊める場所がねえなんて、南部の恥だ」
「なら、しっかりしたもん建てるしかねぇよな。……でもよ、兄貴にそんな金、あんのか?」
一拍、座敷がしんとなる。港筋の若頭が肩をすくめた。
「ねぇよ。あっても全部、こっちに突っ込むタチだ。あの人は」
笑いが走る。そういう人だって、もう皆が知ってる。
なら、次の言葉は決まってる。
「だな。どうする」
角刈りの親分が、指を二度、卓を叩く。
「どうする」
最年長が煙管を外して、口を開いた。
「恥はかかせねぇ。俺らは見てきたからな、兄貴と姐さんがやってんのを、毎日見た。――なら、貸しを作るんじゃねぇ、“祝い”を出す」
「祝いだ」
「祝いだな」
座敷の熱が一段上がる。誰かが指を鳴らし、口が勝手に段取りを吐き始める。
「材は俺んとこが引っ張る。上手の山の檜が今ちょうど出せる太さだ。曲がりは梁に、通し柱は三本、節の少ねぇやつを選る」
「石は“枯鷺の沢”だ。目が締まってる。土台と段はそこから。運びは筏で下ろしゃ早ぇ」
「瓦は“赤土の窯”の火を起こさせる。焼き直しの職人も戻せる。屋根は黒にしねぇで、鈍い鼠にしようや――南の光を跳ね過ぎねぇ色だ」
「釘と金物は鍛冶のカンゾウに回す。蝶番は重いのを、鎖は錆び止め塗ってから納めさせる」
「石灰は川向こうの焼き場だ。土間と漆喰は俺が見る。砂は“鴫の浜”の粗目が壁に利く」
「縄張りの前に水だ。井戸一本、湧き筋は俺が知ってる。砂走りを嫌って、床は高く、敷は栗で組む」
「参道は北向きに取って南風を背にやる。本棟は東を向けて朝日を正面に受ける。門は西へ少し振れ。――式の日、姐さんの行列が風をまともに食らわねぇようにな」
「人足は港と街道から“抜く”んじゃねぇ。持ち場を休ませながら交代で出す。昼は現場炊き出し、腹は俺らで責任持つ」
「炊き出しは女衆と若ぇので回すよ。豆と麦、塩気は薄め、工の手が痺れねぇ味にしろって言っとくさ」
「勘定は祝い勘定だ。箱は三つ鍵、印は三つ。抜きは出さねぇ。帳面は読み上げる」
「口は一本化だ。兄貴と与力の筋に通して、現場の合図はバルドの口から落とさせる。そうすりゃ乱れねぇ」
「まずは縄と杭と、黒土の掘り起こし。三日で地の顔を出して、一週で礎石を据える。――絵はこっちにタネがある」
笑いが混じって、でも誰も引かない。座が前へ前へと寄る。盃が伏せられ、煙管が懐へ戻る。
「祝いだ。俺らの手でやる」
「南部の面子だ」
「兄貴と姐さんの、門を立てる」
角刈りの親分が、卓を二度、こん、と叩いた。
「決まりだ」
そこで、最年長が煙管を懐に戻し、静かに頷く。
「図面のタネはこっちにある。材の算段と大工の手ェも寄せらぁ。――まずは『建てさせろ』って筋、兄貴んとこへ通しに行くぞ」
暖簾が鳴り、夜の南部へ足音が走った。希望を脚に宿した、いい足音だった。
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あとがき。
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次話は明日19:10頃に投稿致します。ぜひご覧下さい。
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