第1話 豚と足首と、ロジオンの受難
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午後三時。アークレイン邸の奥、刺繍入りのカーテンがそよぐ私室には、紅茶と花の香りが静かに満ちていた。
セレフィーナ・ルクレツィア・アークレイン嬢は、手にした便箋に、じっと視線を落としていた。
薔薇の封蝋を割って開いた手紙は、面識のない男爵家の令嬢からの私信で、しかも紹介状は見当たらない。中には、“豚の背に跨る、場違いに気品のある少女”の絵が添えられていた。
「……たいそう……個性的な趣向ですわね……」
つぶやきながら、目を滑らせる。
その筆致には誠実さと情熱があり、丁寧に綴られた言葉の端々には、見知らぬ相手にしてはいささか砕けた親しみがのぞいた。
――だが。
「本当は護衛騎士を四つん這いにして、その背に腰をおろしたかったんですが、図に乗って足にキスなんかしてくるので、豚にしました」
「……あ、足に……キ、キスを……?」
その一文を読んだ瞬間、セレフィーナ嬢は手紙を持ったまま硬直した。
それが“あちらのご家庭”の出来事にすぎないことは、理屈では飲み込んでいた。
この絵の中の出来事であり、一風変わった方が暮らす、自由奔放なお宅の様子を反映した冗談である、と。
けれど、けれども――
「……もしそれが、わたくしの屋敷で起きたなら……?」
気がつけば、彼女の視線はふと、裾から覗く自分の足首へと落ちていた。
薄絹を幾重にも重ねたドレスの下には、雪解け水のように澄んだ肌がのぞく。
そこに、跪いた誰かが唇を寄せる……そんな光景が、なぜか鮮やかに浮かんでしまったのだった。
(な、何を考えておりますの、わたくしは……!)
思わず首を振る。けれども、想像は止まらない。
浮かんだのは、忠実なる護衛騎士、ロジオン。
いつも仏頂面で、余計なことは一切言わず、ただ黙々と仕えてくれる無骨な男。
そんな彼が、もしも、何かの拍子に──ふいに膝をつき、わたくしの足元に顔を寄せたなら──
(やっ……)
その唇が、そっと足首に触れる――
「お嬢様、失礼いたします。書斎の帳簿の照合で──」
ティースプーンが受け皿に触れて、かす、と鳴る。
がちゃり。
不意に扉が開き、現れたのは、よりによって妄想の主、ロジオンであった。
「ひゃっ……!!」
驚愕と羞恥と妄想の余韻がないまぜになり、セレフィーナ嬢の口から、理不尽きわまりない非難が、反射のように口を突いた。
「こ、このっ……ロジオンのエッチ!!」
「……えっ?」
ロジオンは、心底きょとんとした。
その目には、問いと困惑、ついでに少しの絶望が滲んだ。
「お、お外に出てらっしゃいっ!! いま、いますぐっ!!」
彼女の指が鋭く扉を指し示す。ロジオンは、訓練された子犬のような潔さで、無言のまま退いた。
扉が閉まるや、セレフィーナ嬢は机に突っ伏した。
(ああ、どうして……どうしてわたくしは……)
手紙の文面をもう一度見つめる。
絵の中の少女は、相も変わらず満足げに豚に跨り、薔薇の花飾りを風に遊ばせていた。
その姿はいっそ小悪魔めいて見え、セレフィーナ嬢は思わず唇を噛んだ。
―――――――――――
あとがき。
第1話をお読み頂きありがとうございました。新作は公爵令嬢が愛しの騎士様と結ばれる恋愛ファンタジーです!ぜひお楽しみ下さい!
楽しかった、続きが少しでも気になる思われましたら★★★★★評価や作品ブックマークをどうぞよろしくお願いします!
次話もお嬢様のドキドキは続きす。本日は19:10、20:10、21:10、22:10頃にも投稿致します。ぜひご覧下さい。
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