祖国に捨てられた聖女、異国の皇子に愛される
3作品目です!
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「アイラ・フォン・グレチア! この場をもって、貴様との婚約を破棄する!」
きらびやかな装飾が美しい宮殿の真っ赤な絨毯の上で、わたしはまるで打ち捨てられたみたいに立ち尽くしていた。
わざわざ聴衆に聞こえるような大きな声で叫んだのはコルヴィーナ王国の第一王子ルシアス。
コルヴィーナ王国は非常に小さな国であり、現在は大国である大月帝国に従属している。
小国の後継者がこれではこの国も長くはないだろう。
「あ……アイラさまがあたしのことをいじめてくるの……」
そして彼の隣には美しい庶民の娘カティアが寄り添っている。
彼女は低い身分に関わらずその美貌で多くの男たちを魅了してきた。
しかし、一部ではかなり性格に難があるという噂もあり、わたしも以前からその人格を疑っていた。
――――やはり本当だったようだ。
「なんてひどいことをするんだ。やはり悪役令嬢という噂は本当だったようだな――――」
「殿下、違います!」
必死に弁解しようにも聞く耳を持たないルシアス。
「やはりアイラ嬢が悪役令嬢という噂は真実だったようだ……」
周りにいる貴族もなんの根拠もない噂話に興じている。
わたしの悪口を吹き込んだのは誰だろうか。
――――カティアだろう。
プライドの高い彼女のことだ。王妃になりたいがために婚約者のわたしを蹴落とすために嘘を吹き込んだのだろう。
「お前をこの国の聖女からも解任する! 悪人に務まるような大任ではないからな!」
「な……聖女を解任されてはこの国の結界が――――」
コルヴィーナの結界はわたしがたった1人で維持してきた。
そのわたしを解任するというのだ。
必ず魔物の大群がこの国に押し寄せてくるに違いない。
それだけはダメだ。無辜の民を巻き込むような真似は。
「聖女はこのカティアにやってもらう。貴様と違って性格もよく優秀だからな」
「カティア殿では実力不足です」
「殿下、またアイラさまがいじめてくる……」
「この性悪女が!」
わたしを嘲る声が響き渡った。
「俺はこのカティアを愛している。傲慢で冷たいお前などやはり最初から婚約者としてふさわしくなかった。婚約を破棄して正解だ!」
カティアは得意げにわたしを見上げる。
勝った、と思っているのだろう。
彼女はこれ見よがしにルシアス王子の腕に抱きつく。
「――――っ」
周囲の貴族たちが息を呑むのがわかる。
わたしが泣きわめくのを期待しているのだろうか。
それとも自暴自棄になって暴れることを恐れているのか。
理由はわからない。
けれども周りにいる貴族やカティアがわたしに対してよからぬ感情を抱いていることはわかった。
わたしは……ただ静かに一礼した。
「……承知いたしました」
涙なんて流さない。
こんな男のために涙を流すほどわたしは浅はかじゃない。
けれど追い討ちはすぐに来た。
「アイラ。貴様のせいでうちの面子は丸つぶれだ。貴様に我がグレチア家の名を名乗る資格などない。本日をもって縁を切る」
――――父の冷酷な宣言。
貴族たちが集まるこの場で絶縁宣言を突きつけられる。
「承知いたしました……」
わたしは震える指先を必死で押さえながら再び一礼した。
背中越しに誰かがせせら笑う声が聞こえた気がした。
――――その夜。
空を覆う青白い光がパリンっ、と音を立てて割れた。
わたし1人が支えていたコルヴィーナ王国の結界が音もなく崩れたのだ。
けれど、宴に酔った者たちはその異変に気づかないだろう。
暗い森の奥から魔物たちの咆哮が響き始めたような気がした――――。
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わたしは何もかも失った。
城を追われ、家を失い、街を彷徨い歩く。
汚れたマントに身を包み、足元をぬかるみに沈めながら冷たい雨に打たれ続けた。
――――そんなときだった。
パカラっ、パカラっ、と鈍い蹄の音が背後から近づいてきている。
振り向くと金と黒の龍をあしらった旗印を掲げた騎馬隊が迫ってきていた。
「大月帝国……⁉」
わたしはその場に立ち尽くした。
先頭の青年が馬を降り、わたしの前に跪き、そっと手を差し出す。
「――――お怪我はありませんか? お嬢さま」
銀色の長い髪に切れ長の蒼い瞳。
彼は大月帝国の第一皇子、黎翔さまだった。
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焚き火の前でわたしは震えながら事情を話した。
カティアにそそのかされたルシアスがわたしに婚約破棄を突きつけてきたこと。
それを恥と感じた父グレチア公爵が絶縁宣言をしたこと。
そしてなによりも。わたしが1人で維持してきた結界が崩壊し魔物がこの国に押し寄せて来ていること。
黎翔さまはただの1度もわたしを咎めなかった。
ただ静かに深くわたしの話を聞いてくださったのだ。
「……辛かったでしょう」
彼はそう言ってわたしの手をそっと取る。
大きくて温かい手に涙が止まらなくなった。
わたしは必死に顔を隠したけれど流れ出した涙は見られてしまっているだろう。
そんなわたしに黎翔さまは静かに告げた。
「安心なさい。君に手を差し伸べない愚かな国など我ら大月が正してみせよう」
その後、黎翔さまは即座に動いた。
大月帝国からの正式な勧告状がコルヴィーナ王国に届けられる。
『貴国は国を護る聖女を不当に扱い国の結界を破壊した。従属国の民を救うのも宗主国としての役割。よって帝国は貴国に対して処分を下す』
その結果――――。
「お、親父⁉ お、俺が廃嫡だって⁉」
「ああそうだ。常日頃からお前の愚行に頭を悩ませていたがとうとう帝国を怒らせてしまうとは。お前のような者がこの国を継げば3日ともたん。さっさと出ていけ」
「つ、追放だと⁉」
「誰か。この反逆者を国外に送ってくれ」
「わかりました陛下」
ルシアス第1王子は廃嫡となり国外追放となった。
最後は見下していた家臣たちによって護送車に放り込まれそのままどこかに消えてしまった。
「ありえない……。わ、わたしのシンデレラストーリーが……」
「貴様、とっとと働け!」
カティアは王宮の下働きにまで落とされたらしい。
裏で下女をいじめたりしていたカティアは相当恨みを買っていたらしく、ルシアスが廃嫡になった直後から彼女を処刑するように主張する者が後を絶たなかった。
「アイラ嬢、朕にどうしてほしいのか申してみよ」
カティアの処遇の最終決定をする際、国王はわたしに意見を求めてきた。
たぶんあのときに処刑を主張していれば彼女は今ごろ首と胴体が離れ離れになっていただろう。
「寛大な処置をお願いします」
「誠実よの。普通なら一族郎党皆殺しを願い出るところじゃが……」
「そのように物騒なことをしても誰1人幸せになりませんから」
「ほほっ……我が国の聖女は心まで清らかであったようじゃな――――じゃが、これではアイラ嬢の面子も立たんじゃろ」
そう言って国王は家臣に指示を出した。
しばらくすると鎖につながれたカティアと気まずい表情をした父がわたしの目の前にまでやってくる。
「おっ、お父さま……」
「――――こ、これは貴族としてのけじめだ。お前と絶縁したことについて全力で謝罪させてもらう。本当に申し訳なかった」
「え……頭をお上げくださいお父さま」
父はその場で膝をつくと頭を地面にこすりつけた。
その様子を見届けた国王はカティアに厳しい視線を向ける。
「ほれ。この国の貴族が頭を下げておる。お主も謝罪の意くらいは示せ」
「――――くっ。も、申し訳ございませんでした」
カティアも父と同様に土下座を行う。
しかし、父と対照的に彼女の顔は屈辱にまみれていた。
もう少し謙虚に生きていればこのようなことにはならなかっただろう。
自業自得とはまさにこのことだ。
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満開の牡丹が咲き乱れる大月帝国の離宮にて。
わたしは黎翔さまに呼び出され、緊張しながら庭を歩いた。
「ほ、本日はご招待いただき誠にありがとうございます」
「ふふっ。そう固くなるな」
緊張のあまり震えてしまった腕を押さえる。
その様子を見て、そっと笑いかけてくれた黎翔様。
カチコチになったわたしの心をほぐしてくださったのだ。
しばらく歩いていると大樹の目の前までやってきた。
彼はゆっくりと跪く。
「アイラ。君が望むならコルヴィーナの王妃にしてやることもできる」
絶対的な力を持つ帝国の皇子が口添えすれば実現する話だろう。
少し前のわたしなら喜んで受け入れていたのかもしれない。
――――でも。
「だが私が願うのは……ただ君自身だ」
――――真剣な蒼い瞳がわたしを射抜いた。
「君をこの手で守りたい。君と生涯を共にしたい」
そう言って黎翔さまはわたしの手を取った。
「ふふっ。なにもかも失ったあの日と同じ温かい手です」
わたしは胸がいっぱいになりながら、震える声で答える。
「……わたしも黎翔さまを愛しています」
黎翔さまは優しくわたしを抱き寄せた。
――――初めて世界が温かく感じた。
「あ、でも代わりの聖女が見つかるまでは新婚生活はお預けですっ」
「よし。帝国内からも探させよう。1日も早く君と一緒になりたい」
「ふふっ。意外とせっかちなんですね」
こうしてかつて『悪役令嬢』と蔑まれたわたしは帝国一の皇子に愛され、世界一幸せな花嫁になった。
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