反乱軍
大陸南西部
やや乾燥気味ではあるものの、海岸部などには多くの人が住む国『ジニア王国』
多数のジニア人とその他の少数民族で構成されたこの国は、かつては大陸全土に名を轟かせる大国であったが、時の流れと共に弱体化し、近代化においても周辺国に一歩遅れを取ったこの国は帝国主義を掲げ全世界に植民地を作る時代に追い付くことが出来ていなかった。
植民地化の魔の手が何度も迫るも、長い歴史ある没落国家であったジニア王国は近代化も遅れた軍隊でかろうじて周辺国からの植民地化を免れていた。
しかしそれも限界が見え始めている。
ジニア王国の南東部、少数民族の一つ部ドット族が多く住む地域ドッテート地方において反乱が発生した。
規模は日を追うごとに大きくなり、独立を求める者たちの行進がジニア王国の首都に向かって始まった。
新陽暦1769年 8月
ドッテート地方にて起こった大規模な反乱。
現地の部隊はすぐさま鎮圧へ動くもその規模の大きさを見てすぐさま撤退。
援軍を待ち、戦力を揃えてから鎮圧を行う構えをとった。
それを知った反乱軍は更に勢い付く。
自分達はただ支配され、虐げられる存在ではないと。
自分達を虐げてきたジニア人に一泡吹かせられると。
自由を求める者達の行進は更に大きくなり、ジニア王国の権力者たちは頭を抱える事態となった。
そしてそれは、当事者たる現地の兵士達にも伝わっていた。
「あ〜…喉渇いたな?」
「こんな真夏に反乱とか…面倒くせぇ事しないでくれよ…」
「しかも俺達が即撤退する規模だぞ?はぁ〜…何が『周辺国に負けないかつてのジニア王国を取り戻す』だ。反乱軍如きにこのザマで何が出来るんだよ」
この地域は夏に乾燥し、冬に雨が降る気候の為、兵士は水不足に喘いでいる。
真夏の太陽にじわじわと焼かれながらひたすら援軍の到着を待つ。
そこへ良くない知らせが届く。
「迎撃態勢を取れ!反乱軍が迫ってきているぞ!!」
偵察から帰った隊長が簡易拠点で待機していた兵士達に命令を出す。
突然の事に動揺が全体へ広がるも、敵がすぐそこまで迫っていると知って、身構えないのんきな人間は居ない。
すぐさま簡易拠点の防衛陣地の配置に付き、布陣を整える。
遮蔽物に身を隠しながら銃を構え、緊張した空気が簡易拠点に流れた。
そこへ反乱軍と言う名の武装した暴徒が現れる。
「数が多すぎる…」
一人の兵士がそう呟いた。
この簡易拠点には2000人の兵士が詰まっている。
対する反乱軍はどれだけ少なく見積もってもその倍。
それどころか、3倍4倍程度にすら留まらない可能性すらあるほどな多勢。
「連中はこのままここを通り、我々を撃破してからジニア主力軍とぶつかるつもりのようだ。目の前にいるのは反乱軍の主力。我々はドッテートの駐屯部隊として奴らをここで叩き返さねばならない!!」
隊長は激励を全体へ行うも、圧倒的な戦力の差は誰が見ても明らかだ。
更に撤退の途中という事もあり士気は高くない。
しかし、軍隊において上官の命令は絶対。
嫌でも従うほかなく、迫りくる反乱軍を前に緊張が走る。
そして、ホイッスルの音が鳴り響いた。
射撃開始の合図。
敵を射程圏内にとらえている者たちは一斉に射撃を開始し、反乱軍を攻撃する。
しかし、正規軍も反乱軍も使っている武装は同じ。
こちらが射程圏内という事は、相手もこちらを狙える状況にあるため、反乱軍からも攻撃が飛んでくる。
近代化に遅れたこの国において最新の装備を持っている部隊はごく僅かなため、このような事態が起こっているのだ。
装備に差がないとなれば、圧倒的に数で勝る反乱軍の有利。
ひとりひとりの練度の差など全く障害にならないほどの数の暴力を持って叩き潰すのみ。
状況は時間の経過とともに悪くなり、ついには脱走を試みる兵士まで現れ始めた。
そんな絶望の空気が漂う簡易拠点に、さらなる絶望が訪れる。
「嘘だろ!?ここで『魔法使い』が出て来るのかよ!?」
反乱軍の雑兵の奥から現れた巨大な火の塊。
速度こそまるで大きなボールを飛ばしたようなフワフワとしたゆっくりなものだが、あれが直撃しようものなら人の体など簡単に壊れ、後にはわずかに焼け残った肉片と骨しか残らないだろう。
その上、あのサイズなら一撃で家を吹き飛ばすことも可能。
簡易拠点に大きな穴が出来、そこが弱点となる事も容易に想像できる。
更に最悪なことに、あの『魔法』を放った魔法使いは射程圏外かつ多くの雑兵に守られ、兵士たちに配られた武装では手が出せない位置にいるという事。
あの火の塊を避けたとしても、第2射、第3射が飛んでくる可能性が大いに予想できる。
魔法使いは貴重な才能故に、このような辺境の地に正規軍の魔法使いは配置されていない。
このままでは成すすべなく簡易拠点は制圧され、兵士たちの殆どが殲滅されるだろう。
その事を理解できない者は目先の火の塊に絶望し、理解できた者はその先に待つ助かる見込みのない未来に絶望する。
その間にも火の塊はゆっくりとこちらへ飛んできている。
ある者はそれでも戦おうと必死に銃に弾を込め、ある者は呆然として空を見上げ、ある者は絶望し銃を手放す。
誰もが死を覚悟したその時――眩い閃光が火の塊を消し去った。
それを理解する間もなく、再び閃光が駆け抜け辺りを照らす。
刹那、地面が揺れるほどの轟音が鳴り響き、先程まで反乱軍が居た場所で爆炎が立ち上る。
簡易拠点の兵士たちは口を開けてその光景を見つめることしかできない。
しかし、この場に似つかぬ少女の声によってほとんどの者が我に返った。
「ギリギリ間に合ったかな?」
その言葉に振り替えると、将校の軍服に似た服を身に纏い、服と同じ色で統一された短いスカートを履いた、一部の高位の軍人しか身に着けることのできないマントを羽織る少女がいつの間にか簡易拠点の中央に立っている。
その少女は簡易拠点を見渡し、何かを確認すると魔法を使用した。
地面から明るい緑の光がまるで蛍のような形で舞い上がり、簡易拠点を包み込む。
「き、傷がっ!?」
その魔法の効果を始めに実感したのは負傷兵だ。
そして、すぐに暑さに苦しんでいた者たちや、軽い病や持病に悩まされていた者達もその効果を実感する。
危機が去り、自分たちが助かったことを理解した簡易拠点に歓声が響き渡る。
「本部からの援軍とお見受けする。自分は――」
兵士たちの代表として、隊長が前に出て敬礼して様式にのとった挨拶をしようとするも、隊長の自己紹介を軍服の少女が遮る。
「ああいいよ。私、そういう堅苦しいの嫌いだから」
「ですが…」
「構わないよ。ここにはマナーやルールにうるさい連中は居ないし。それより君たちに次の指令を持ってきた」
挨拶を遮った少女は、歓喜の声に湧き上がる兵士たちに冷や水を浴びせる。
「明後日には援軍が到着する。その指揮官の指示のもと、残りの反乱軍の制圧と、反乱そのものの鎮圧をせよ。それまではこの簡易拠点で待機だ」
「はっ!!」
隊長は自分の半分程度の時間しか生きていないであろう少女の命令を受け取り、敬礼をする。
そして、仕事を終え帰ろうとする軍服の少女に問いかけた。
「窮地を救っていただき感謝いたします。失礼は承知ですが恩人のお名前をお伺いしたいのですが…」
強面で、いつも兵士たちに厳しい普段の隊長からは考えられない物腰柔らかな態度と穏やかな声。
兵士たちはその事に驚きつつも、隊長と同じく軍服の少女が何者なのか知りたかったため、口を開かず空気と同化している。
「私の名前を知らない…?まあ、こんな田舎だしあり得るのか……ゴホン!私はジニア王国軍属魔法使い。メアル・カサブランカ特別中将。まあ、『至高の魔法使い』と名乗った方がいいか」
「なっ!?」
『至高の魔法使い』
ジニア王国において最強の魔法使いが冠することの出来る最高位の称号。
即ち、目の前の少女がこの国において最強の魔法使いであるという事。
その事実に一同はまたも口を開いてポカンとすることしかできず、固まっていた。
「じゃあ、私も暇じゃないんでね。君たちの健闘を祈るよ」
そう口にした少女は、常人ではありえない急行列車のような速度で走り去っていった。