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エリシュカの亡命

一大ニュースがツヴェーデン中を駆け抜けた。

エリシュカ(Elischka)王女がツヴェーデンに亡命してきたのだ。

エリシュカ王女はチェカ(Czeka)王国の王女である。

ツヴェーデンには留学経験もあった。

チェカ王国……ツヴェーデンの南東に位置する小国で、歴史的には神聖レーム帝国時代からツヴェーデンとはかかわりが深かった。

チェカはチェカ人の国である。

ただし、一部の地域にツヴェーデン系住民もいた。

チェカ人は東から移住してきた民族で、スラブ系である。

言語はチェカ語であるが、長らく神聖レーム帝国の一領邦だったことから、ツヴェーデン語も公用語になっている。

そんな国のお姫様が亡命してきたというのだから、ツヴェーデン中が騒然としたのも当然だった。

このニュースをアンシャルもテンペルで受け取った。

アンシャルはエリシュカとは旧知の仲である。

この二人はツヴェーデン大学で出会った。

テレビにはカメラのシャッターを切られたエリシュカが映っていた。



エスカローネはヴァルキューレ隊でライザやナターシャと訓練していた。

今は休憩中だ。

その合間にナターシャはエリシュカの話を出した。

「ねえねえ聞いた? エリシュカっていう王女様の話し?」

「ええ、聞いたわよ。それがどうかしたの?」

ナターシャの質問にエスカローネが答える。

「エリシュカ王女の亡命はチェカでの抗争のせいだ。情報では、エリシュカ王女は弟と王位を争っていたらしい。ところが、その弟がエリシュカ王女に脅威を与えたらしく、王女は国にいられなくなった、というところだろう」

ライザが分析する。

「姉弟で、争うなんて……やっぱり、王族ってことなのかしら? 王位が絡むと肉親も憎むのね」

「双方とも王位の継承を主張している。ツヴェーデンとしては弟王子より、エリシュカ王女が女王のなってくれたほうが都合がいいだろうな。そのあたりはヴァイツゼッカー大統領が考えているだろう。ただ……」

ライザがお茶を濁した。

何か含みがあるようだ。

「どうしたの、ライザ?」

「ああ、これはあくまで噂なんだが……エリシュカ王女はアンシャル副長とかかわりがあるらしい」

「アンシャルさんと?」

エスカローネが目を大きくする。

エスカローネはそのあたりのことは知らない。

「それなら、エリシュカ王女は実質的にアンシャル副長を頼ってきたってこと?」

ナターシャが疑問を挟む。

ナターシャの推測はエスカローネも当たっていると思った。

「そうだろうな。これは我々にもチェカ行きの話しが来るかもしれないな」

「チェカに乗り込むのかしら?」

「ツヴェーデンとしては、こちらから攻めたいと思うよ」

三人はエリシュカ王女の件で話を進める。

「エリシュカ王女か……王女様ってどんな暮らしをしているのかなあ?」

「一般の人よりはいい暮らしができるだろうけど、けっこう地味なんじゃない?」

「弟の王子ヴェンツェル(Wenzel)の方が貴族に担がれているらしい。それに対してエリシュカ王女の側には民衆がいる。それぞれ支持基盤が違うわけだ。だから抗争をしているんだろうが……」

「あーあ、王女様ならドレスを着れるわよねー! いーなー!」

ナターシャがうらやましがる。

エスカローネはそれを聞いてあきれた。

「ナターシャ、あなたはコルセットを着たいと思う?」

「へ?」

ナターシャはコルセットには無意識だったらしい。

呆けたような返事をする。

「あれはつけたくないな。体格を矯正させられるからな」

ライザも嫌そうな顔をした。

コルセットをつけるのは一種の苦痛であった。

エスカローネはそれを言いたかったのである。

「よし、おまえたち、休憩は終わりだ! 再び訓練を再開するぞ!」

ナスターシヤ隊長の号令が響き渡った。

今日もヴァルキューレ隊は好調のようだ。

ヴァルキューレ隊は基本的に女性で構成されている。

そのため、戦力的には補助部隊という位置づけになっている。

テンペルには戦いたい女性たちが集まってくる。

そんなニーズの答えたのがヴァルキューレ隊だった。



エリシュカ王女はヴァイツゼッカー大統領と会談していた。

エリシュカ王女は独裁者ではない。

彼女は周囲の人間の考えを無視して政治を進めるということは基本的にできなかった。

広く民意を募って、政治を行うというスタイルを取っていた。

この点が弟ヴェンツェルと違う。

ヴェンツェルも取り巻き貴族の利益を約束したが、政治は独裁制こそ最も優れていると考えている。

ヴァイツゼッカー大統領はエリシュカの個人的なことや、有力市民などのことを部下に調べさせた。

そのため、甘ちゃんな王女のことは大概大統領は知っていた。

「この度は災難でしたな。王位をめぐる争いは君主制の常ですからな」

ヴァイツゼッカー大統領がにこやかに応じる。

それに対して、エリシュカは曇った表情を隠さなかった。

大統領はこの件から一体どのような利益を引き出せるか、に集中していた。

にこやかなほほえみも年長者としてのポーカーフェイスであった。

「大統領の配慮には感謝しています。私たちを受け入れてくださり、ありがとうございます」

エリシュカは大統領に礼を述べた。

これがこの娘の本心であるのはわかりきったことだった。

少なくとも、ヴァイツゼッカー大統領にはあっさりと見破られた。

政治は化かし合いでもある。

正直に話せばいいというわけではない。

ヴァイツゼッカー大統領は国益には目ざとい。

国民からの支持率は60%ほどある。

彼はもっぱら『狐』と呼ばれていた。

この娘は王位には正統性があるが、政治家としては落第だと大統領は思った。

しかし、この娘は他人に対して恩を感じる人間であるだろう。

ならば、ここでツヴェーデンの利害をからめるのもあながち無益ではない。

それにツヴェーデンとチェカはもともと神聖レーム帝国の領邦国家であった。

チェカは唯一の王国だった。

そのため、王制の伝統があるのだが。

「我々はできる限りの支援をいたしましょう。ですが、我々としてもチェカと軍事的にことを構える気はありません。今のところ亡命の受け入れしか我々にはできません」

「そうでしょうね……」

エリシュカは自虐的に笑った。

この女には少なくとも自己客観視はできるらしい。

ヴァイツゼッカー大統領は内心でほくそ笑む。

「国王のオットー(Otto)殿の遺言ではエリシュカ殿、あなたを指名しておられた。それは大きな正統性ですぞ?」

「はい、そうですね。ですから、私は父の跡を継ぎたいのです」

オットーは死の直前まで次期王位継承者を明らかにしなかった。

これはオットーがエリシュカとヴェンツェルの争いに発展しないように配慮していたからだ。

臣下には継承者に忠誠を尽くすと、誓約させていた。

すでにエリシュカ派とヴェンツェル派という派閥が水面下に存在したのである。

オットーの死後、対立はたちまち表面化した。

それどころか誓約した貴族たちが『あの誓約は強制されたものであるから無効である』と、堂々とエリシュカに反対したのである。

エリシュカは今追放されたようなものだ。

エリシュカは無力だった。

彼女は他国を頼るしか方法がない。

ヴァイツゼッカー大統領は一つ知恵を出すことにした。

「エリシュカ殿、確かに我々は、ツヴェーデンとしては介入できません。しかし、あなたの願望をかなえてくれるような、協力してくれそうな組織はありますぞ?」

「? それは何ですか?」

エリシュカは身を乗り出して大統領の言葉を待った。

この娘は考えていることが顔や態度に出すぎる。

腹の読みあいには向くまい。

エリシュカは大統領の知恵に期待しているのだ。

「テンペルです」

「テンペル?」

「そうです。宗教軍事組織テンペル。シベリア人の民族共同体でもありますね。彼らは宗教組織であると同時に軍事組織でもあります。その戦力は一騎当千で精鋭部隊ですな。どうですか、彼らの力を借りてはいかがです?」

エリシュカはこの話に飛びつくだろう。

そして案の定エリシュカはすがりついた。

「ですが、チェカと無関係なテンペルが協力してくれるでしょうか?」

エリシュカの疑問はもちろんだ。

ヴァイツゼッカー大統領はそれを見越して解答を用意していた。

「アンシャル・シベルスク殿がテンペルにおられます」

「え? アンシャル様が?」

ヴァイツゼッカー大統領は内心で会心の笑みを浮かべた。

もちろん、そんなことは表の表情には出さない。

そんなことでは政治家失格だ。

「どうですか、アンシャル殿を頼れば、テンペルとて拒否はしないでしょう。彼らはあなたの望みを実現してくれるでしょう。テンペルの代表はスルト殿です。私がテンペルとの交渉に入りましょう。うまくいけば、彼らの協力を取り付けることができるかと」

ヴァイツゼッカー大統領はまるで父親のような温かい表情を浮かべて、話しを終えた。

もちろん、演技である。

ヴァイツゼッカー大統領の好きな言葉は『Plaudite, acta est fabula.』(諸君、拍手喝采を、芝居は終わった)である。

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