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鬼道

その日は深々と雨が降っていた。

アオイはアンシャルの宿舎で窓から雨を見ていた。

アオイは『あの時』のことを考えていた。

誰しも人に触れられたくはない記憶はあるものだ。

アオイにもそれはある。

アオイが雨を見ているのは、その時のことを思い出したいからだ。

アオイはこの記憶と向かいあわねばならないと感じていた。

「雨……なんだかあの日を思い出しそうですね。こんな雨の日は特に……」

雨はだんだんと強くなってくる。

これはとても外出などできるような雨ではない。

おとなしく、ここは室内で過ごすのがいいだろう。

「アオイ? 外を見ているのか?」

「アンシャルさん……」

アオイは振り返って、アンシャルを見る。

アオイの顔には元気がなかった。

当然、アンシャルはそれに気づく。

アンシャルは女性の気持ちによく気づく。

アンシャルは鈍感ではない。

もっとも、女性の気持ちを理解できるのと、実際に行使するのかは別なのだが。

「どうした、アオイ? 何か気分でもすぐれないのか?」

「いえ、そうではないんです」

アオイは答えるが、表情が曇っているのは一目瞭然だ。

アオイはアンシャルに心配をかけさせないよう、気丈な顔を作った。

だが、アンシャルには筒向けだったらしい。

「アオイ、無理をすることはない。私たちはパートナーでもある。相手のことを知っておきたいという気持ちはあるものだろう?」

「アンシャルさん……ごめんなさい。今はまだ話せないんです」

「私でも、か?」

「ずるいです。でも、その時になったら話します。それまで待っていてください」

「……わかった。無理に尋ねるようなことはしない。私は待っている。アオイ、君が自分から話してくれるまで……」

「アンシャルさん、抱きしめてください」

「ああ」

アンシャルはアオイをゆっくりと抱きしめた。

アオイはその胸の中で悲しみに耐えた。

こんな雨の日はあの時を思い出す。

あの、二度と思い出したくないようなことを意識してしまう。

あの日も今日のように雨が降っていたのだ。

アオイは雨があまり好きではない。

それは雨の日に嫌な記憶があるからだ。

そう、悲しくてせつない思い出が……。

でも、今までだったら決してその記憶と対峙することはなかっただろう。

アンシャルが今はいっしょにいてくれる。

アンシャルといっしょなら乗り越えられる。

そんな気がする。

だから、少し気持ちの整理をつけたかった。

雨はしとしとと音を立てて、雨雲から降り注いだ。



その日、ローデは長老に招かれていた。

この長老とはヤパーナーにおける裏の指導者だった。

長老こそ真にヤパーナーを支配するのだ。

「それで、今日はどのような用件でしょうか?」

ローデが切り出す。

「今日は我々ヤパーナーの未来に関する話をしに来てもらった」

「ヤパーナーの?」

「そうじゃ」

「ほほほ」

「? 何がおかしい?」

「ヤパーナーの未来はミカドの一件でつぶれたと思っていたのですが?」

長老は不快感をあらわにした。

長老からすればヤパーナーの未来はまだ終わっていない。

ホンジョウ・ミカドなど表の支配者にすぎない。

代表ですら、傀儡にすぎないのだ。

真にヤパーナーを支配するのは長老だ。

そして闇の宗教たる『鬼道きどう』こそ、真の宗教たるべきなのだ。

「長老たる私がいる限り、ヤパーナーの未来は終わらん。いや、終わらせてはならないのだ!」

長老はまるで激高するかのように言った。

それに我々にはまだ『あれ』がある。

『あれ』がある限り、ヤパーナーの支配は不動だ。

それをローデは嘲弄するかのように笑った。

それが長老に気に障った。

「何がおかしい!?」

「いえ、ずいぶんと見苦しいなと思いまして」

「フン! これくらいわけもないわ。あがくのよ」

「それほどツヴェーデンが憎うございますか?」

「当然よ! 外国支配など、ヤパーナーからすればあってはならない! 我々は分離、独立するのだ! いや、分離、独立しなければならぬ!」

長老の言葉には力強さがあった。

この男は本気でツヴェーデンからの分離、独立を考えているのだ。

正気とは思えなかった。

この男を突き動かすのは、古代のヤポニア海上帝国の覇権である。

一時代を築きたという民族的野心がこの男を突き動かしているのだ。

「それで、どうするおつもりですか?」

「それが……このあいだの、つまり白虎城の事件以来、我々にはコマがない……そこでローデ殿を呼んだのは兵士を工面していただきたい」

長老の声が急にトーンダウンした。

つまり、野心はあるのだが、それを実行する戦力はないから、おたくから貸してくれということらしい。

実に都合のいい話である。

それを聞いてローデは再び笑った。

ローデからすれば虫のいい話でしかない。

「こちらにも兵力は限りがあります。兵力の提供はできません。我々としても戦力を貸し与えられるほどありませんので」

「そこをどうにかしてくださらんか? 頼む! この通りだ!」

このプライドの高い男が頭を下げた。

これは非常に珍しい。

ローデはさぞ優越感に浸っているであろう。

そもそもローデからすればこの男はただのコマでしかない。

どうするかとローデが思案していたところ、ローデは一つのアイディアを思いついた。

「コマはないなら作ってはいかがです?」

「どういうことじゃ?」

「カガミ・アオイ……彼女はテンペルの副長、アンシャル・シベルスクの婚約者です。彼女を術にはめて操ってはいかがです?」

もっともテンペルからの激烈な怒りを招くだろうが……。

それはヤパーナー自治区の崩壊につながりかねない。

長老はローデのアイディアに乗った。

「それは悪くない、悪くない」

長老はまるで自分で自分を説得しているかのようだった。

呪文のように唱える。

ローデはひそかにほくそ笑む。

ローデからすればヤパーナーなどそもそも使い捨てでしかない。

利用するだけ利用して捨てるだけだ。

ローデと長老は具体的な話をすることにした。 

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